ラブコメの神様、再び


 その日の夜は、すうっと意識が潜るように眠りについた。


 疲れていたのかもしれない。ここ最近は、いろいろと慣れないことの連続だったからな。


「目を覚ませ、少年よ」


 耳から、というよりはまるで脳内に直接声が響いてきているような、そんな感覚と共に俺はまぶたを開ける。


「全く、寝坊助さんだなっ」


「かわいくないなー」


「何か言ったか貴様」


「いえ、大変可愛く思いましてこんな目覚めが出来て私めは幸せであると自分の幸福

を噛みしめていましたです!」


「よろしい」


 ふざけた調子でいたそいつは、ふんと鼻を鳴らして姿勢を正す。と言っても、偉そうに座っているのは変えずに、ただ座り心地のいいポジションを探しているだけだと思う。


 いや、というか。


「また、ここっ!?」


 今までに二度、俺はこの地に足を踏み入れた。


 一度は現実にて、二度目は夢の中でだ。


 相変わらず何を言っているのかは自分でもよく分からないけれど、俺はまたこの場所に来てしまった。いや、呼びだされた。


 藍神神社。


 その場所は、俺の記憶通りに何も変わらなかった。前と同じように、建物の奥に偉そうに座る自称ラブコメの神様、俺は賽銭箱のある場所付近で意識を覚醒させた。


「遅いのう、気づくのが。それともあれか、長めのノリツッコミというやつか?」


 退屈そうに、神はそう言った。そうなんです、ノリツッコミなんです。とか言ったらつまらん! とか言いながら雷落とされそうな雰囲気だ。


「あの、そんなことよりも、どうして俺はまたここに?」


「儂が以前に貴様に言ったことを覚えておるか?」


「はい、まあ……一応」


 何となく覚えてはいる。でも、そんなに気にしてなかったし、ぶっちゃけちょっと忘れてたところもある。


「一字一句?」


「いや、それはちょっと」


 鬼かよ。


「まあいいんだがな」


 いいんかい。


「儂もいろいろと忙しくてな。何せ、貴様のような人間どもが何人もいる。毎日毎日会っているとそりゃ疲れもするわ。最近はあんまり趣味に時間を費やせていないからストレスが溜まっている」


「はあ……」


 大変だな、神様って。


「まあ、それはいい。その結果、貴様と二度目の対面をするのにえらく時間がかかってしまったのだ。どうして二度目の対面があるのかって? そう思っているな、教えてやろうか。今までの奴らがそうだったからだ」


 気になるのはそっちじゃねえよ。何で二度目があるのかだよ。


「一度だけでは、なかなか夢だ何だと言って忘れてしまう奴が多いのだ。こっちがどれだけ夢でないと言っても、人間というのは常識的に考えて有り得なければ夢オチで済ましてしまいよる」


 ……い、言い返せない。


「説明し忘れたとかそういうのではない。これはあくまで、貴様に現実であるということを知らしめさせるためのものだ。後は儂の気分転換」


「後半私情入ってるんですけど!」


「気にするな」


「それはこっちのセリフでもないけど、少なくともそっちのセリフではないよ!」


 俺がそう言うと、くくっとおかしく笑ってにんまりと顔を歪ませる。


「で、調子はどうだ?」


 それ以外は補足もしない。ただその一言だけを俺に尋ねてきた。それでも、俺は神のその言葉の意味をきちんと汲み取る。


「どうなんでしょね。ぶっちゃけ誰が本物かとか分かんないですよ」


 今の今まで忘れかけていたので、思い出して改めて考えてみても、誰が本物なのかは分からない。


 確かに、あれから何人かの女子と出会うことがあった。それら全てがこのラブコメの神(自称)の力なのかは考えても仕方ない。そうかもしれないし、そうでないかもしれないのだから。


「そりゃそうだろ。お前は探偵ではない、そしてこの物語はミステリではない。あくまで、単純にラブコメディだ。そこら辺に問題解決の鍵が落ちていると思うなバカめ」


 バカとまで言われる筋合いもない気がするけど。ここはとりあえず我慢しておこう。


「以前も言ったろう。決めるのは貴様の心だ。推理も何もないんだよ、そんなことがしたいなら別の神のとこに行け。儂はあくまでラブコメの神様だ、見たいのは貴様らのラブコメディなのだよ。何も気にすることはない、ただ貴様の思うように進めていけばいい」


 ニカッと笑った神は、そのまま言葉を続ける。


「全ては儂の掌の上で動いている。そんな勘違いをされても困るから改めて言っておこう。どうせ貴様は大して前回の事を覚えてなどおらんだろうからな」


 ちっ、バレていたか……。恐るべし、神様。


「儂が作るのはあくまできっかけだ。そこからは何もしていない。展開も、好感度も、全ては貴様が自分で動かすのだ。もう一度言うぞ、これは貴様自身が貴様自身のために紡ぐ物語だ」


 ふわっと宙に浮いた神は、俺の元まで近寄ってくる。空を飛ぶとか、そういう何か人間離れしたことすんなよ! 神様なんだなって思わざるを得ないじゃないか!


「貴様の好きな恋愛漫画では、主人公は物語に散りばめられた伏線なんかを辿って好きな子を決めるのか? 違うだろう? 自分の心に正直になり、思った道を進んでいる。貴様もそうするしかないのだ。貴様が選んだヒロイン、それがメインヒロインとなるのだ!」


「そうなのっ!?」


 じゃあ誰を選んでも、俺の勝ちじゃね?


「嘘だ」


「嘘なの!?」


「でも嫌だろう? 別に好きでもない子がメインヒロインとか。儂がこいつがそうだと言って可愛くもない性格もブスの女を差し出したら受け入れるのか?」


 この神様、身を蓋もないな……。


「いや、それは」


 はっきり答えれない俺も、肯定してるも同然なんだけどさ。


「つまり本物かはともかく、貴様は自分自身で決めるしかないんだ。本当に好きになった人に、気持ちをぶつけるしかないのだ。儂が見たいのは、そういう純粋な物語だよ。それが本物だったかどうかなんて、考えるのはその次さ」


 言っていることは、あながち間違いではないんだよなあ。


 さすがはラブコメの神様(自称)だ。この世にごまんとある恋愛ものを知り尽くしているだけはある。


 そして、きっとこの神様は見てきたのだ。俺と同じようにこの場所にきて、その人が作り上げていった物語を。成功したのか、そうでないのかは分からない。


 でも、失敗を恐れて何もしないのはきっと間違ってる。


 リスクを負うってのは、そういうことなんだよな。ラブコメの神様(自称)よ。


「それから貴様、さっきから儂に(自称)をつけているのはどういうことだ? まさかまだ儂のことを疑っておるのか?」


「神様マジでエスパーかなにか?」


「神だ。言っておくが、やろうとすれば、明日から貴様をハーレム漫画の主人公のようなモテモテライフに導くことだって出来るんだぞ? 逆に言えば、友達のいないぼ

っちライフにすることだって朝飯前だ」


「これからは、神様と呼ばせてもらいます」


 俺は深々と頭を下げる。それに満足したのか、神様はうんうんと頷く。


「そろそろ時間だな」


「時間?」


「いつまでもここにおれると思うな。この前も言ったろ、時間制限のようなものがあ

るんだよ」


「神様なのに、そこは融通利かないんですね」


「かっかっか、時間には神であろうと逆らえんよ。時間というものは有限だ。貴様が過ごした今日一日はもう二度と戻ってこないし、やり直しもきかない。セーブもロードもない、それが貴様ら人間の人生という物語だ。見せてくれ、精一杯足掻き苦しみ、その果てに見つけた答えにたどり着くその姿を。ハッピーエンドになるのを、陰ながら願っておるぞ」


「神様……」


 意識が薄れ始めた。


 どうやら、覚醒の時が近づいている。夢の中なのに、それが分かるなんていうのもおかしな話ではあるけれど。夢でも嘘でもない、ラブコメの神様が俺に与えた試練、乗り越える他に道はないのだ。


 そう覚悟した俺は、最後に言い忘れたことを思い出したように言葉を漏らした神様に視線を向ける。


「言っとくけど、儂とのエンディングを描く隠しルートなど、存在しないからなっ」


 んー、やっぱり。


 かわいくないなー。

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