ラブコメの神様
その日の晩は、えらく寝付きが良かった。
別にそこまで疲れていたわけでもなかったが、やはり精神的ショックが大きかったのだろうか? 布団に入り、目を瞑るとすぐに深い眠りについた。
「…………?」
はずだったのだけれど。
ぱちぱちと何度も目を開いて閉じてを繰り返して、状況を確認する。そもそもさっきまで布団にいたはずなのに、今は普通に立っているし。
どこにかって?
見覚えのあるその光景は、まさしく放課後に立ち寄った藍神神社とやらだった。
「ふんふん、これはあれか、夢か」
「まさしく、そのとおりだ」
俺の独り言に誰かが返事をした。まあ、夢だし別に返事があっても不思議ではないけれども、それでも俺は驚いてしまう。
声は本殿の方からしたような気がしたけど。
「どうした、早くこっちまで来い」
「は、はあ……」
言われるがまま、声のする方へと歩いて行く。どういう夢なんだろうかこれは。
賽銭箱の前辺りまで来た俺は、前方に人影を発見した。着物を来た黒髪の女性。大和撫子とか、水も滴るいい女とか、そういう言葉が似合いそうな和風の雰囲気があった。
「あ、あのう、あなたは?」
何で俺、自分の夢の中で畏まってるんだろう。
「儂か? 儂に名はない。ただ人は、というより儂は自分のことをラブコメの神と呼んでいる」
……自称かよ。
いや、というか。
「ラブコメの神ぃ?」
古風な雰囲気にラブコメという現代風な言葉が似合わないとか、女のくせに一人称儂かよとか、そういうことではなくて、純粋に俺は疑問を抱く。
神様って言いました?
「その通り、ラブコメ……つまりラブコメディだ」
いや、それは分かっとるわい。説明が欲しいのはそっちじゃねえよ。
「んん? いやいや、分かっておるよ、どうして神なの? という顔をしておるな。
何故分かったのだなどというくだらない質問はするなよ? そんなもの、ここに来て儂の自己紹介を聞いたやつが皆同じ顔をするからに決まっているのだから」
んー、この人が喋れば喋るほど謎が増えていく。これがあれか、ミステリアスキャラってやつか? いや違うか。
「貴様はこの神社で願い事をしたな。そして、ここに来るための切符も買った」
「切符なんて買ってませんけど」
「買ったろう。袋の中にパワーストーン入ってるやつ」
ああ、お守りか。ていうか、パワーストーンとかも使わないでほしいな。キャラが何となくブレる。
「それは儀式、それこそが切符だ。ここで儂と会うためのな。で、本題には入ろう。あまり時間もない」
「時間制限とかあるんですか?」
一応、神様らしいので敬語でいくことにする。
俺がそう聞くと、神はおかしそうにくくっと笑う。
「うむ、三分」
「みじかっ! カップ麺出来てしまうよ!」
「冗談だ、しかし時間がないのも事実。こうして話しているうちにも貴様の寿命を吸い取ってしまっているからな」
「悪魔じゃねえか!」
「これも冗談だよ。さ、本題に入ろう」
話を逸らしているのはそっちだろうに。まるでこっちが悪いみたいな言い方をしやがって。
「貴様はチャンスが欲しいと言ったな。確認しておくが、彼女が欲しい、ではないのか?」
「誰かの力で彼女が出来ても嬉しくなんてない。あくまで自分の力で、自分のことを好きになってくれた人と付き合いたいんだ。俺が願うのは、出会いだ。ヒロイン候補とのボーイミーツガールだ」
「言っていたな、メインヒロインが欲しいとか」
ふむふむと、何かを考えるような素振りを見せた神は、ぽんと手を叩く。
「貴様はあれか、漫画とかは読むのか?」
「まあ、人並みには」
……嘘ついてしまった。神に。すいませんバリバリ読んでます大好きです。
「儂もラブコメの神と言うだけあって世にある恋愛譚はおおかた読破しているのだがな」
もうどんな神か分かんねえな。なんだよ、ラブコメ読む神様って。そもそも本読むのかよ。
「そもそも本読むのかよとか思っておるな? 当然だ、いい暇つぶしだからな」
エスパーかこいつ。
「どんな話にも主人公は存在する。それと同じように、メインヒロインというのも事
実存在する。そうでないと成立しないと言ってもいいくらいに大事だな」
「まあ、そうですね」
正直、何が言いたいのかはよく分からないけれど話を最後まで聞くことにしよう。
「運命の相手、というのも実際に存在はする。ラブコメでならば、それはまさしくメインヒロインと言えるだろう。ここからが本題だ。儂には貴様の運命の相手……つまるところ貴様の人生という名の物語のメインヒロインとなる相手が分かっていると言ったら驚くか?」
……なん……だと?
こいつ、今なんて言った。
運命の相手がメインヒロインで、僕の運命の相手を知っている?
そう言ったら驚くかだって?
「それがマジなら驚きます。リアクションでバク宙三回転とか出来ちゃいそうです」
「よしやってみろ」
「すいません出来ないです」
「だろうと思ったわ」
呆れたような、からかっていたような言い方をした神は、こほんと咳払いをする。
「そこで、だ。貴様の言うようにチャンスをくれてやろうと思う。具体的には何なんだって? そう焦るな、今から説明してやる。儂の力で貴様の前にメインヒロインを呼び出してやる。貴様は自分自身の力でその女をメインヒロインの座につかせるのだ」
突然の話で、正直驚いている。頭が上手く働かない。
つまり、どういうことだってばよ?
「分かりやすく言ってやろう。自分の前に現れる女と付き合えということだ」
ああ、そういうことか!
なんだよそれ超ありがたいじゃん。
そう思っていると、神は「ただし」と付け加える。このタイミングのただしは経験的にあんまりいい意味のものではない。
「もし、付き合えなかったり、万が一別の女を選んでしまった場合、儂の力で貴様の物語には未来永劫メインヒロインが出来ないと思え?」
「……えーっと、つまり?」
「ルートを間違えれば、一生彼女が出来ない」
「ルールがハードモードすぎるだろ!?」
俺がそう言うと、神はまたおかしそうに笑う。
「何を言う。それだけの大きさのチャンスを与えてやっているのだ。人生というのは、いつだって平等に出来ている。少なくとも、儂はいつだって誰にだって平等に与える。いいか、よく覚えておけ。チャンスを得るということは、同時にそれ相応のリスクも負うことになるのだ。チャンスを掴むとはそういうことだ。この世界の成功者は、リスクを負いながらも一歩踏み出しているのだ。チャンスがないなどは弱虫の言い訳でしか無い」
そして、神はこう続ける。
「勘違いするなよ、儂は貴様にメインヒロインを与えたわけじゃない。チャンスを掴んだ先の舞台に無理やり連れて来てやっただけだ。デッドオアアライブ、それは貴様の振る賽の目次第だ」
夢、なんだよね?
これは夢なんだから、そんなに気にしなくても。
「夢ではない。夢であって夢ではない。貴様の意識の中に儂が潜り込んで語りかけているのだ。これは限りなく現実だ。夢オチでなど済ませられんぞ?」
こうして、俺は踏み出してしまった。
いや、踏み出させられたのか。
「さあ、始めるがいい。ここからが貴様の運命のラブコメ譚だ」
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