変身時間を守りたい

 何も見えないのに声が聞こえる事に対し、ガルムは威嚇の吠声を放ち、周囲を圧倒した。


「——ありゃ? 音声漏れてる? あはは……すぐ調整するね」


「おいおい。セットアップは任せてんだぞ?」


「ガァァァァ!」


 反射的に音源へとガルムは飛びかかる。流石に動揺があったのか虚空が揺れた気がした。


「威勢の良い犬っころだぜ!」


 だが、それは飛彩が迎え撃つために飛びかかる震動だったのだ。

 火花を散らす音と共に、透明だった飛彩の姿が、スーツの不具合で露わになる。

 近代的な忍装束という言葉が適切であろう灰色の戦闘用スーツの両手足には、攻撃防御の両方に使用できるアーマーが取り付けられていた。


 そして目を覆うようにかけられたバイザーの奥には、闘志を燃やす眼孔が光る。

 自分の何倍も巨大な獣に飛彩は怯みもせず、抜刀した小太刀で機動力を削ぐように四肢を素早く斬り裂いていった。


「目障りダ! 人間!」


「あと五分くらいだ。まだまだ遊べるよな?」


「ナメるな!」


 いくら四肢を傷つけたと言っても巨大なガルムの機動力は落ちきっていない。瞬時に飛彩の後ろに回り込み顎門を開く。


「お前ヲ食っテから、あノ女も殺ス」


 振り返るより早くに鋭い牙が喉元に届いた。

 だが、それは一つの銃声で仕切り直される。


「グギュッ!」


 動き回っていたはずなのに的確に目を射抜かれたことに動揺するガルム。

 そして虚空から飛彩にだけ聞こえる声がインカムへと届いた。


「飛彩! スーツと世界展開リアライズの調整出来たよ!」


「ナイスアシストだ蘭華!」


「ガアァッ!」


 その咆哮がガルムの世界展開リアライズ下における能力だと気づいた時には遅く、蘭華の足が竦む。


「ガルムの威圧咆哮……!」


 特殊なバイザーを付けている飛彩にだけ見える蘭華の姿。

 強制停止状態だが、牽制で狙撃銃を乱射している。


 残念なことに軽々と避けていくガルムの爪撃が蘭華に迫っていた。


「あららー、飛彩、動ける?」


「運が良かったぜ! 個人領域パーソナルスペース、再起動!」


 その声が聞こえたのは蘭華だけだった。


 何も知らないガルムの下顎にアッパーカットが叩き込まれる。


 スーツに備え付けられた量産型展開能力『個人領域パーソナルスペース』が息を吹き返したのだ。

 その能力は単純、敵の領域内での悪影響を受けにくくなるという量産型の能力。


 おかげで動けた飛彩は、数秒透明になれるという副次効果も駆使し、ガルムに強烈な一撃を減り込ませている。


「おいおい、ヒーローが変身するの、待たなくても良さそうだ」


「やっと動ける……ありがとね飛彩。でも規律違反はやめてよ?」


 相手が余裕綽綽だということに気づかされるガルムは大きく吸い込んだ息を咆哮として放つ。

 さらに作り上げられた円形の黒い世界展開がさらに広がった。

 誰もが攻撃を躊躇いそうになるほど畏怖を感じる領域。


 だが、飛彩は水面を走るように駆けていく。


「ま、もう少し痛めつけても平気だろっ!」


 そこからは飛彩は紙一重で敵の攻撃を躱し、すかさずカウンターの一撃を打ち込んでいくというヒットアンドアウェイのスタイルに転じる。


 透明化と、能力解除を織り交ぜた神出鬼没の戦い方で、無傷のままガルムを追い詰めていった。

 特殊な音域を使う威圧咆哮を繰り出すことも出来ず、ガルムは飛彩の猛攻に防戦一方である。


「何故貴様ほどノ実力者ガ時間稼ぎヲ?」


「俺だってやりたくてやってるわけじゃねぇ……蘭華、あと何分だ?」


「おかげさまであと三十秒ー」


 それを聞くやいなや、飛彩は腰のサイドバックから取り出した薬液の詰まった注入器を右腕の接続箇所へと挿入させる。


注入インジェクション!』


 中に入っていた薬液が、ゴボリと音を立てて飛彩の腕の中へ消えていく。

 そのまま、ガルムの黒い領域の中に隠れていた右腕の影が輝き、眩い光を放つ。


「安心しろ、殺しはしねぇよ」


 共に一直線に相手に向かっていく中、スピードに関してはガルムが圧倒的に優っている。


 それ故にか、飛彩はナメられた、ということを鋭敏に感じ取った。


「クソ犬が!」


 威力が上がっている拳を地面へと打ち付け加速する。

 その場にいる誰にも思いつかない方法で勢いを増した飛彩の蹴りがガルムの顔面に叩き込まれた。


「寝てろぉ!」


注入インジェクション!』


 めり込んだ足を軸に、もう片方の足が円弧を描きながら振り上げられる。

 そのまま勢いを増した踵落としがガルムの顔面へと沈み込んだ。

 

「せいやぁぁぁ!」


「グギャッ!?」


 勢いよく地面に減り込むガルム。立ち上がろうとしても脳が揺れているせいか、動きが定まらない。

 そこからは飛彩があしらうようにしてどんどんと時間が過ぎていった。


「こんなところか?」


 駆け寄ってくる蘭華も透明化を解除している。二人とも似通った姿だ。


「ちょっとやりすぎだよ。ホーリーフォーチュンは私たちのこと知らない側のヒーローなんだから。痛めつけすぎたらバレちゃうって」


「だいたい誰だよソイツ? 新人か?」


 データベースに寄ると、今回がテスト出撃の新人であることは間違いないと飛彩に告げる。


 心底面白くなさそうな表情を浮かべているが。


「そろそろ五分経つよ! 個人領域パーソナルスペース起動!」


 その言葉と同時に透明な姿へと変わっていく二人。

 ヒーローの世界展開には透明化していなくとも、護利隊のスーツを視認できないようなプログラムが組まれているが、念には念をと言ったところか。


 ほどなくして光の柱を弾き飛ばすように一人の少女が飛び出した。



「キラキラ未来は私が決める! 聖なる世界へ! ホーリーフォーチュン!」



 フリルが目立つ可愛らしいドレスは少女向けアニメのヒロインのようだった。


 可愛らしく煌びやかな彼女に相対するガルムはぼろ雑巾のようで、虫の息に近い。

 飛彩が派手に痛めつけておいたおかげで、もう勝負は決したようなものだったが。

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