第1部 3章 〜その男、苦原刑〜

技術開発本部長、星霜土メイ

 壮絶な戦いが幕を閉じたのは、もう数時間も前のことだった。

激しい波間に揉まれるようにして、飛彩はやっと視界がクリアになった。


「飛彩! 飛彩! ちょっとどーしたのよ!」


「飛彩さーん、起きないと落書きしますよー。カバンの中身もチェックしますよー」


レギオンから受けた嵐のような勢いの声に手を振り払わずにはいられなかった。


「んだよ」


 視線が恐怖を含むものに変わったことに気づいた。悪いと分かっていても、謝りたくもなかった。そもそも今は誰とも話す気分ではなかったのだ。

ため息も無愛想な態度も蘭華たちの前では意味をなさないことも知っている。別に邪険にしたいわけではない。ただ、もう気力がないのだ。そのまま無言で出口へと歩いていく。


「飛彩」


「……何だ?」


「メイさんが呼んでたわ。武器を壊したことじゃない?」


 護利隊の技術開発顧問直々に呼び出されたともあれば行くしかない。

無視して帰るのもやぶさかではないが、次の兵装の相談をするためにも、避けられなかった。


「わかった」


それ以降、何も言わずに部屋を飛び出していった飛彩を蘭華たちはただ、見つめただけだった。

気まずい沈黙に耐えかねたのか、髪の毛をふわつかせるカクリが、頰を膨らませて蘭華に詰め寄る。


「あれで良かったんですか?」


「さぁね」


「さぁねって……幼馴染でしょう?」


そのまま着替え始める蘭華は白い肢体を晒しながら、普段着へと着替えていく。


「幼馴染だからってなんでも知ってるわけじゃないしー」


少しだけ間を置いて、蘭華は振り返る。辛そうな表情に気づいたカクリは自分の発言が空気を読めていなかったと察した。


「あいつが壁にぶつかるのはよくあることよ。とんでもないものと自分を比べてるんだもん」


話しながらも着替えを進めている蘭華は、すぐに帰れるように飛彩の荷物もまとめていく。


「自分がぶつかった壁は自分しか超えられない。どんな人間の助言も届かないものよ」


そう自身も巨大な壁を前にしているかのような目をしながら、蘭華も待機室を後にした。


「でも、回り道くらいは出来るかもしれないじゃないですかぁ〜」


 技術開発本部は護利隊本部の地下にある。ヒーロー陣営にすら秘密裏に造られる装備は時に、ヒーローの持つ武器を上回る。そう言えば聞こえは良いが、結局は試験品のテストも兼ねられているに過ぎない。


「来たわね?」


ごちゃごちゃした室内には、色々な実験器具が並んでいる。個人の部屋にここまでの設備が投入されているのは、才能の証とも言えよう。


「説教は聞きませんよ」


 珍しく敬語を使っていることに、級友ならば驚くだろう。司令官にも敬語を使わない飛彩が尊敬する相手、それは技術開発本部長の座する一人の女性だった。


「私に物を頼む時は、まず『メイお姉ちゃん!』でしょ?」


「言うわけないでしょ!」


 けらけらと笑う女性は、足下まで伸びる薄緑の髪で遊んでいた。

名札に書かれている「星霜土(せいそうど)メイ」という文字はオーロラ色にデコレーションされている。

目元に隈を作りながらも、お洒落を忘れないという心構えなのだろうか。


「私がせっかく作ったバスターチェーンソー、よく壊してくれたわねぇ」


「……それは、申し訳あり……」


「まあ、別にそれはいいわ。創造は破壊からしか生まれない」


深く腰掛けた椅子でくるくる回りながら飛彩の元へ近付いていく。


「戦闘データ見たわよ。大活躍だったじゃない?」


「大したことはしてません」


 顔を曇らせる飛彩の側へとジャンプするメイ。蛇のように飛彩の周囲をうろつき始めた。


「その時インジェクター、何本打ったの?」


「……四本です」


顔を背けながら短く呟く。相手の目を見なくても怒っている雰囲気だけが伝わってきた。


「一日一本って、言ったよね? しかも昨日も守ってないよね?」


「でも、俺は何ともな……!」


「確かにインジェクターの身体への害はない。でも、限界超えたら流石にどうなっちゃうか、私でも分からないなぁ〜」


 用法用量を守らなかった末路がどうなるのかを知っているメイはワザとらしく飛彩の身体を指先でなぞった。苛立った飛彩に瞬時に振り払われながらも、メイは距離をさらに詰める。


「飛彩」


 急に優しい声音が耳朶に触れるものだから、飛彩は先ほどよりオーバーに驚いた。


「君はヒーローじゃない。比較対象が大きければ辛いだけだよ」


「諭しても無駄です。理由は前に話したでしょう?」


「わかってる。でも聞いて」


肩を掴む形でメイが立ち上がる。再び隈の深い目と目があった。


「可能性の塊が自分を傷つける真似しないの! 用法用量は正しく! これ結構ガチだから」


気恥ずかしくなった飛彩はメイの手を振り払い、出口へと歩いて行く。


「皆、意外と君を見てるんだよ」


その言葉に、飛彩の心は若干軽くなった。自分でも分かっていることなのに、曇った視界は何も映さない濃霧の中をさまよってしまうのだ。


「——話が終わったなら戻りますけど?」


「その中でも一、二を争う飛彩ファン私から、プレゼント」


 相好を崩すメイは新兵装を手渡した後、再び自分のデスクへと戻っていた。


その足取りは若干ふらついている。自分のことを心配し、さらに副作用が少なくなるように不眠不休で作られた努力の結晶を飛彩は握りしめた。


「これは……新型のインジェクター?」


「使用回数は増えた上に威力も増してる。まあ、これないと個人領域だけじゃ辛いよねー」


新しいおもちゃを買ってもらったかのような飛彩は目を輝かせていた。


「もう、メイお姉さんかっこいいー、大好きー! くらいないの?」


「……ありがとうございます!」


 部屋に来た時と打って変わってにこやかに部屋を退出する飛彩。無愛想な飛彩が喜ぶ姿を見ただけでもメイの疲れは少し癒えた。それはすぐに悲しみを含んだ笑みへと変わる。


「これで大丈夫、よね……」

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