繋ぎたいその手

 ギャプランの再出現と同時に、護利隊、ヒーロー本部の測定計器が狂ったように振り切れた。


「そんな……ありえん!」


冷静な黒斗が、士気を下げてしまうことも気にせず叫んでしまうほどの相手。

蘭華たちのインカムに絶望を告げる言葉が発せられた。


「カタストロフ級!?」


 希望は簡単に潰えるものはない。

カタストロフ級とは、体躯に関わらず、世界に与える影響によって判定される。

まさしく厄災を告げるもの、というわけだ。


「ありえない! ランクEの次はカタストロフ級だと!?」


「そ、そんなの嘘だ! ……皆! て、敵の動きが止まってる! チャンスだ!」


「待って!」


大多数が、ギャブランの元に集まってきたヴィランズに向かって一斉射撃を始める。

ヴィランを屠った炸裂弾だけでなく、大型バズーカによる爆撃も重ねて。


「世界展開を突き抜ける銃弾、興味深い! 是非とも賭けをしよう!」


宙から落ちてきた人の背丈ほどあるコインが、回転しながら落ちてきた。


「これらの弾が全て跳ね返る! 表が出れば賭けは成功だ!」


 ありえない宣言に、護利隊の面々はさらに弾丸を注ぎ込んだ。

そして、地面へと落ちてきたコインは表を空へと向けている。


「私の勝ちだ!」


あと少しでギャブランたちを爆殺しようとしていた銃弾は、飛んできた軌道をなぞり、跳ね返っていった。


「う、うわァァァァァ!?」


 校舎の大半が爆風で消える。

兵士の面々は間違いなく跡形も無くなっているだろう。


世界展開下であるにも関わらず、迂闊に攻撃した自分たちが愚かだと蘭華は理解していたが、敵の能力の強大さに、唖然とするしかなかった。


「嘘でしょ……」


 カタストロフ級の力をまざまざと見せつけられた蘭華は瓦礫の片隅で隠れるしか出来なかった。

味方の蹂躙される声を聴きながら、ただただ自分の英雄が駆けつけて来るのを待つしか出来なかった。


レスキューブルー、イエロー、ホーリーフォーチュンの変身終了まであと三分。どうやって保たせようかなどと考えられる人物は、誰一人として残っていなかった。




 ギャブランを追う途中で、護利隊の武器庫に侵入した飛彩は個人領域(パーソナルスペース)や特殊弾を次々と装着していく。

それに誰よりも早く気づいたのはメイだった。気づかれることを承知で堂々と中に入り飛彩へと歩み寄った。


「飛彩……」


「メイさん、さっきは悪かった」


 一切そちらを見ることなく吐き出された言葉は、建前だと嫌でも理解させられた。

自分の吐いた言葉が、どう飛彩の心を揺らしたのかが分からない故に、メイはさらに俯いた。

間違ったことを言ってしまった、という罪悪感だけだメイに寄り添っている。


「今は非常事態で生放送もしてない。飛彩が割り込んでもメリットなんかないわ」


「——俺がやりたいことはヒーローになることじゃなかった……」


 一瞬の動揺と瞬きの間にメイの眼前に飛彩が迫る。

バイザーのせいで表情の真意が汲み取れず、メイは困惑した。


「じゃあ、何?」


「……復讐さ」


 横を通り過ぎて去っていく飛彩に、メイは何も言えなかった。

どんな悪の道に進もうと生きてくれるなら応援しよう、と考えていた。

自らを縛る罪悪感を振り切り、飛彩の手を掴む。


「死に進む道は応援できない」


「かまわねぇよ。どうせこれで最後だ」


 力を借りるのはこれで最後、それは飛彩自身への戒めも込められた制約なのかもしれない。

すり抜けた手を繋ぎ直すために、メイはすぐさま飛彩の後を追った。


 飛彩が向かっているなどつゆ知らず、作戦司令室では相変わらず怒号が飛び交っていた。

派遣した全ての部隊から鳴り響く援軍要請。そしてそれはどんどん消えていく。

司令として力不足を感じた黒斗はどうにもならない気持ちをモニターへとぶつけてしまう。


「黒斗司令官……」


「すまない、カクリ。お前は自分の仕事に集中しておいてくれ」


 とは言いつつも、この戦況の悪さはもはや敗北寸前とも言えていた。

破壊された第三誘導区域を中心に広がっていく敵の展開。

ヒーローが奮闘してくれているおかげで異世が定着していないが、奥の手を使わざるを得ないところまで押されていた。


「封印杭を使う」


「しょ、正気ですか!? 中にはまだヒーローや護利隊がぁ」


少し抜けた感じのカクリの声音だが、作戦司令室に激震が走るには充分すぎた。


「これ以上、被害を拡大させるわけにはいかない。誰に恨まれようとも構わん。味方ごと区画を封印するしかないんだ!」


 戦いは誰かが諦めなければ終わらない。

敗戦濃厚ともなれば、あまりにも重すぎる責任を背負いたくないが為に誰かが言いだしてくれ、と誰もが望む。

その引き金を引いた黒斗に全てを押し付けて、終わりにしたい。本部隊員全てがそう願うほどだ。


「責任は……私の命を」


「おいおーい」


 作戦司令室に大股で入ってくる人物に誰もが驚いた。

クビになったと聞かされていた飛彩が護利隊の強化スーツを身に纏い、悠然と歩いてくるのだから。


「捨て駒なら、まだここにいるぜ?」


「飛彩? 何故お前がここに!」


「どうだっていいだろ。それよりも援軍が必要なら、いつでも出る」


能力補助装置に入っているカクリへと近づく飛彩の前に黒斗が立ちはだかった。


「今すぐ失せるんだ。飛彩。お前はクビだと言ったはずだ」


「まだ三日経ってねぇだろ? 援軍要請が来てるんだ 俺ならいける」


敵の陣形も変わり、飛彩の高校の方角へと集まっているかのようだった。


「吹っ切れたようだが……悪い方向にだな? 武器庫に侵入した形跡がある。物資を盗むわ、カクリの能力を使おうとするわ、何度違反行為を重ねれば済む? 認められんな」


「ほー、まさか命の心配をしてくれるとは思わなかったぜ」


いつもの調子で黒斗を煽る。これが俺だ、と思いながら黒斗を押しのける。


「ふっ!」


 合気道のような動きで、通り過ぎようとした飛彩を投げ飛ばす。

しかし黒斗には全く手応えが感じられなかった。

それもそのはずで、飛彩は投げに合わせて自分から跳んだのだ。

天井に着地し、そのまま勢いよく黒斗を組み伏せる。


「お前が行って何になる! 無様に死ぬだけだぞ!」


「無様に生きるより何百倍もマシだ」


 脱退を突きつけられた時の迷子のような目をした少年はいない。

何を言っても無駄ということを悟った黒斗は逆に飛彩を利用することを覚悟した。


「お前の通う学校でホーリーフォーチュンとレスキューワールドが変身している。あと二分弱を死ぬ気で稼いでこい」


「二分か、すげえくれるんだな」


組み伏せた黒斗を尻目に、転送役のカクリの元へと歩く。


「ってわけだ。高校まで繋いでくれ」


「嫌です」


いつもふんわりとした口調のカクリとは思えぬ芯の通った声。それでも飛彩はバイザーを取り付けるなどの準備を進めていく。


「頼む」


「あそこには蘭華さんたちがいます。絶対に大丈夫です」


滲み出した涙は次第にとめどなく溢れ、カクリの頰を濡らす。そのまま想いも溢れた。


「飛彩さん、死んじゃいますよぉ〜! カクリはそんなの嫌です〜! 私に人殺しになれって言うんですか!?」


 その言葉は命を懸けて戦おうとしていた飛彩の心を揺らした。

だが、もはやどんな言葉も飛彩を止めることは出来なかった。


「だからって、奴らを放っておいていいわけじゃねぇ」


その冷たい覚悟は、今までの怒りの炎を燃やして戦う飛彩とはまるで別人のようで。

カクリも黒斗も息を飲んでしまうほどだった。

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