蘭華、孤独な戦い

「ジーニアスさんや刑さんが何とかしてくれますって!」


希望に縋るのも、安全な場所で震えるのも簡単なこと。しかし、今の飛彩の心はそれらの選択肢は一切存在しない。


「メイさん、強制起動を」


「ま、待ってください!」


 補助装置をつけて安定性を増しているカクリの能力だが、逆に能力の一部を完全に装置に依存しているという状態でもある。

飛彩についてきたメイが、転送空間を無理やり出現させた。


こうなってしまえば無理には止められない。

不備があれば永遠に異次元空間を彷徨うことにもなりかねないからだ。


「死んだら恨みます。だから生きて帰ってきてください……大好きな飛彩さん」


異空間に消えていく鬼は、とうとう何も答えなかった。



 その少し前、生き残った蘭華たちはヒーローよりも自分の命を守ることで精一杯だった。

隠れては撃ちを繰り返し、比較的弱いヴィランズを倒してきたがそれに連れて強豪ばかりが残り、どんどんと追い詰められていく。

敵はヒーローが現れるのを待つかのように、護利隊を弄んでいた。


「いい趣味してるわ。弱いものイジメを楽しんでる」


「おかげで隙がある。ありがたっ——!?」


 インカムから響く打撃音に蘭華は目を瞑るも、砕かれる骨の音が生々しい情景を脳に届けてしまう。

仲間が次々消えていく。その度に寿命が縮み、魂もすり減る思いだった。


「もう、こんなのどうしろって言うのよ……」


 強化スーツを纏っているとはいえ、蘭華の身体能力は一般人レベルに過ぎない。

自慢の狙撃術も、多数の敵に囲まれている以上もはや無意味だった。

ほとんどが殺され、残った兵士は震えながら瓦礫の中で隠れている。

辺りには仲間たちが残した武器が転がっているが、動けば展開を張っているヴィランに知覚される。

死んだふりを続けているうちに、しびれを切らしたヴィランたちが三本の光の柱へ攻撃していった。


「目的はホーリーフォーチュン。いい加減、ハズレは引き飽きたぞ……」


 リーダー格のギャブランの声をはっきりと聞いた蘭華は、ホーリーフォーチュンの能力を危惧していることを知覚した。

ハイドアウターから情報が漏れたのか、という疑念よりもカタストロフ級がホーリーフォーチュンを危惧した事実が蘭華に引き金を引く力を与える。


「まだ、何とかなるかもしれない……こういうとき、飛彩なら後先考えずに突っ込むよねぇ」


長く一緒に過ごして毒されてしまった、と蘭華は笑った。


「私はね、フツーに恋して、遊んで、楽しく生きていく。そういうのにずっと憧れてた」


 普通を焦がれるほど護利隊のミッションはハードであるし、相棒の飛彩の破天荒さに辟易する時もあった。

早く普通に戻りたい、それが蘭華の戦う理由。

飛彩と同じような境遇の元、戦地に放り出されてから、それだけを考えていた。

だが、次々に死地に赴き、限界を超えることで蘭華にも大きな変化が訪れている。


「でも、今はこれが私のフツー、とんでもない化け物に挑むのが青春なの!」


 光の柱へと向かうヴィランの頭に命中していく炸裂弾。

密集していたヴィランズは互いの爆撃に巻き込まれ、連鎖する。

これではギャブランもただでは済まない、と蘭華は確信した。

感じた希望も耳に届いた低い声と共に霧散する。


「良い腕だな、小娘」


装備していたハンドガンを飛彩並みの反射神経で抜き、振り返りながら乱射する。


「ふっ!」


「反応速度も度胸も申し分ない」


 銃口を握られた後は何も出来ずに吹き飛ばされた。

目にも留まらぬ速さの拳が蘭華の腹部にめり込んだのである。


「がふっ!?」


「賭けが成功してよかった。私はあの爆風を避けられるか、否か、というね」


地面で悶え苦しむ蘭華の元へ悠然とギャブランは歩き出す。


「ぐっ、ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅ〜!?」


 呼吸のたびにきしむ肋骨が、折れたこと身体に訴えかけている。

いつも飛彩はこんな痛みの中を戦っていたのか、と理解した。


「さて、あの光の柱が立ってから、そろそろ二分くらいか? 時間もなかろう」


現れたのはルーレット。カラカラと音を立てたボールが転がり落ちた数字は百。


「今回の賭けは、私の部下が再び立ち上がるのは何人だ、という賭けでね」


痛みに苦しみながらもその数字の意味することに蘭華は戦慄した。


「ルーレットってそういう遊びじゃないわよ……」


「ははっ。ルールは勝者が決められるものさ」


 この場所で死んだはずのヴィランが次々と立ち上がり、蘭華や光の柱へと群がっていく。

身体の一部が吹き飛んだ者も、物言わぬ兵士となって拳を振るった。


その範囲は、展開が広がっている第三誘導区域周辺全てのようで、攻勢になっていたヒーロー達も動揺してしまう。


「何なの、その能力!? 攻撃を吹っ飛ばしたり、部下を生き返らせたり!」


「簡単だ。これは賭けだよ」


暗黒の炎に包まれた数々の賭博道具。ギャブランは周りを悠々と動くそれで手遊びする。


「賭けに成功すれば最高のリターン! 失敗すれば、最悪のリスク! それが賭けだろう?」


「何よそれ……あんたが考えた賭けなら何でも成立するっていうの?」


 物言わぬ軍勢に取り囲まれながらも吠え続ける蘭華。

痛みや焦り、そして現実離れした能力を目の当たりにして完全に動揺していた。


「ああ、そういうことになる……そして、私はその『賭け』で負けたことがない」


 願ったことが叶う、と言っても過言ではない能力に、蘭華は絶望した。

仮にここで自爆できたとしても、賭けにより避けられる可能性が充分すぎるほどにあったのだ。


「ふざけないで……勝てるわけないじゃない」


バイザーの中に溜まっていく涙。そこから蘭華は一方敵に雑兵たちに痛ぶられていく。


「くっ!? がはぁっ!?」


「これこれ、弱者に構っている暇はない。あの光の柱をさっさと壊すのだ」


その一声で辺りにいたヴィランたちは光の柱へと向かっていく。

ボロボロになった蘭華は安堵してしまった。これでもう痛い思いをせずに済む、と。


「リスクは死兵にでも負わせれば良い。私はこの世の終わりを見物する」


 その場で左腕を振り上げるギャブラン。

結局、逃れられない死の運命に蘭華の涙は止まった。

もはやどうしようもないことだ、と達観してしまうほどの絶望だったといえよう。


「あぁー……あと少しだったのになぁ」


捻り出された諦観の息ではギャブランの拳は止められなかった。

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