急襲

「飛彩、聞こえるか」


「あー? どうしたんだ?」


「第二誘導区域にヴィランだ。行けるか?」


 通信機越しに聞こえた声により飛彩の心臓が一際強く鼓動を鳴らす。待ち望んでいた戦いに脱ごうとしていた強化スーツを纏い直す。


「来たな! 任せろ!」


「場所は第二誘導区域。前回と違って完全な市街地戦だ」


「近いな……カクリに頼むまでもねぇか」


「通信を切るなよ。ヒーロー部隊の車両を向かわせる……」


「珍しいじゃねぇか? 熱太辺りと一緒に出動か?」


一瞬の間があったのち、黒斗は言葉を続けた。


「……コストカットの一つだ。本部の裏口につけてある、早く移動しろ」


「はいはい、任せとけって」


 歩いていた速度はどんどんと速くなり、駆け足に変わり戦闘字となんら遜色ない機敏さで廊下を駆け抜けていく。

 準備運動がてら、歩いている関係者が目で追うことも出来ない動きで地上の出入り口から飛び出した。

 戦いに全神経が集中し、自身を飲み込んでいた恐怖を振り切ることが出来た飛彩は久しぶりに生を実感する。

 視界に飛び込んできた装甲車へと近づくが、自分以外の隊員が召集されていないことに気づいた。


「おい、黒斗。俺だけなのか? まあ、別に構わねぇけどよ……」


 中に誰かがいるのはわかるが、出迎えもいなければ車内もスモークガラスのせいでよく見えない。

 小うるさいエンジン音がむしろもの悲しさを感じさせてくるほどだ。


「お前が最後だ。早く乗れ」


「へーへー」


 速く戦いたいと逸る気持ちが飛彩の集中力を逆に見出していた。

 きっといつもの飛彩だったならば、もう少し冷静だっただろう。

 車内に目を向けず、扉を開いて乗り込もうとした瞬間。


 飛彩の眉間に銃口が突きつけられた。

 見たこともない組織の隊服を視認するよりも速く、飛彩は逆に突撃し乗り込んだ勢いで右足を前に蹴り上げ、銃口をあらぬ方向へ向けさせる。


 車内に乗っているのは襲撃者が三人、ヴィランでもないが敵対者なら容赦はしないと蛇のように車内へ滑り込む。


「黒斗、ヤベェぞ! どっかの組織が仕掛けてきてやがる!」


 人が立って歩くには充分すぎる装甲車の中で、飛彩の声は右に左に後ろに前にと縦横無尽に動き回っていた。

 襲撃者の膝を内側へと蹴り抜いて上半身が下がったところを顎に掌底を打ち込む。

 そのまま吹き飛ぶ襲撃者が後ろにいた仲間ごとなぎ倒して倒れていった。


 飛彩に銃口を突きつけた襲撃者が再び飛彩に狙いを定めるも、倒れていた敵兵を掴んですかさず投げ飛ばした。敵兵二人が車外へと転がっていく。

 運転手を無効化すべく今度は車外へ飛び出した飛彩だが、もう他の兵はいないだろうと勝手に決めつけて何の警戒もなく飛び出してしまった。


「勝った……と思ったんでしょう?」


 柔らかな声が飛彩の耳に届いた瞬間、スーツの薄い部分へと有線のスタンガンが飛来する。


「しまっ……」


「勝利した瞬間こそが一番油断する瞬間」


 女の襲撃者は躊躇うこともなく引き金を引いた。高圧電流が音を立てて飛彩の身体を駆け巡っていく。


「ぐああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!?」


 その場へと倒れ込んだ飛彩はわずかな力を振り絞り、黒斗の名を呼ぶ。

 しかし自分にだけ通信を入れていたと思っていた相手は、襲撃者に優しく語りかけた。



「上出来だよ」



「どういう、ことだ……? 黒斗? 早く応援を……!」


「早くそいつを連れてこい」


 聴き慣れた声は機械的な音声に一度代わり、全く別人の声音へと変わった。

 その時飛彩は騙されたことを悟る。消えゆく意識の中、見上げた襲撃者の髪の色は桃色で忌々しげにその名を呟いた。


天弾てんだん春嶺はるみね……!?」


「ごめんね、これも命令だから」


 冷めた目と乾いた声音、さらに飛彩の意識を刈り取るべく顎に入れられた蹴り。


 その全てが暗殺者のような振る舞いを見せていた。そこにいるのはヒーローの天弾春嶺ではなく。

 絡繰英人の私兵であることは自明の理だろう。


 消えゆく意識の中、呪詛の言葉を春嶺にぶつけた飛彩は口を少しだけ動かして意識を手放すのであった。


「完璧だよ、春嶺」


 以前の研究室とは別の空間に用意した飛彩を調べるための特別な建物の中で、実験動物となってしまった飛彩が様々な管でいろいろな機会に繋がれている。

 心底楽しそうにしている英人と、再び前髪で目を隠し陰鬱な雰囲気を漂わせる春嶺は分厚いガラスの向こうにいる飛彩を見つめていた。


「これでヒーローの研究に革新が起こるぞ!」


「期待しております、局長」


「ああ任せておけ! まあ、失敗してもこいつの能力を取り出してお前だけでも最強のヒーローにしてやる」


 その言葉だけで春嶺の頬は染まった。

 最高のおもちゃを手に入れたような英人だが、興味の中心はいまだに春嶺にあるようだ。

 それだけで春嶺は自分の存在意義というものを噛みしめられるらしい。


「随分と……お熱い連中だなぁ……」


「お早いお目覚めだねぇ。隠雅飛彩くん……こちらのマイクを切り忘れていたようだ、失礼したね」


「鎌わねぇよ。ここは暇そうだしな」


 全ての自由を奪われた状況でも飛彩は不敵に笑う。


「テメェらだったんだな? 俺を監視してたのは?」


 そこで春嶺は驚いたように顔を上げる。

 英人も瞳を興味深げに細めた。何せ個人領域パーソナルスペースを改造した隠密尾行装置を人間に見破られるとは思っていなかったのだ。


 ヴィランの展開というエネルギーがないために本来のものより性能は劣るが、それでも人間相手には充分能力を発揮する。


「ますます興味深い」


 灰色の髪をオールバックにまとめている英人は、顔を覆っていた両手でそのまま髪型を直す。

 興奮冷めやらぬ様子の英人に飛彩はただただ不快さを示した。


「さあ、君の瞬時に変身できる能力について研究させてもらおうか」


「メイさんだけで間に合ってるぜ? 男にいじり回されるのは趣味じゃないんだけどな」


「ああ」


 思い出したように様々な研究機器の一つについているスイッチを起動した。

 わずかな畜力のあと、飛彩が縛り付けられている椅子から閃光が迸った。


「ぐあぁぁぉぁぁぁぁ!?」


「君は黙ってくれていればいい。喋ってほしい時はこちらから命令する」


「テメェ……覚えて……」


「だから言葉はいらないんだって」


 再び飛彩の身体を電流が駆け巡り、とうとう意識が遠のいていく。

 そう何度も何度も気絶させられてたまるかと左腕に力を込めた。

 飛彩自身ヴィランの展開なしに変身を試みたことはなかったが、カクリの能力がいつでも発動するのと同じだと推察していた。


「おぉ、早速使ってくれるのかい?」


「ナメた口きけねぇようにしてやるよ!」


「あー、残念だがそれは無理だね」


 能力について対策していない英人ではない。安全に研究するために飛彩の対策は十分に設計しているのだ。

 左腕に繋がっていた管が、飛彩の展開に反応すると包帯のようなものが突如座席の下から飛び出し、飛彩の腕に巻き付いた。


「それは展開を妨害するために様々な世界展開リアライズの展開力を含ませている。自身の能力も定まらないだろう?」


 万事休す。もはや飛彩には打つ手がなくなってしまった。


「安心したまえ。命までは奪わん……まあ、上手くいかなかったらどうだかわからんがね」


 強気な英人はすでに飛彩を手中に収めたがゆえに恐るものは何もないという様子だった。

 そもそもヒーロー本部に対し、護利隊は強く出ることが出来ない。


「君の能力を研究し尽くし……全てを手に入れてみせるよ。そうさ、私に解剖できない能力はない」


 ミュージカルのようにお大振りな演技をする英人に対し、飛彩は依然として強気な態度を見せる。


「へっ……気取ったやつはバカっぽく見えるんだよなぁ」


「貴様!」


「落ち着け、春嶺。君は休んでいなさい……ここからは私たち研究畑の仕事さ」


 多少の無礼も気にならないのは、凄まじいお宝を手に入れたから、ということなのだろう。


「申し訳ありません……では、他の研究員たちを呼んで参りま……」


「無駄だと思うぜ?」


「……まだ減らず口を叩きますか?」


「おいおい、飼い犬のしつけはよくしておけよ?」


 飽き飽きした様子の英人は再び高圧電流を飛彩の体に流し込む。

 そもそも言葉を交わす必要はないのだ。さらに言えば興味の対象は飛彩ではなく能力そのもの。

 意識を失っていようと調べられるものなのだ。


「へっ……こんなんでやられると思うか?」


「うーむ頑丈だねぇ」


 時間を稼いで展開力を研ぎ澄ますことで脱出のチャンスを飛彩は伺っていた。

 感じていた謎の視線が春嶺たちのものだったと分かった以上、自身の能力は何よりも頼もしいものに変わっていた。

 さらにそこへ都合よく警報が鳴り響く。


「ヴィラン侵攻の兆候あり! 総員、避難準備を……」


「おいおい、萎えるなぁ。まあ、でもちょうどいいか」


 警報のおかげでどこかの誘導区域の中、もしくは地下にある研究施設に閉じ込められている、ということは把握できた。

 さらにヴィランの侵攻のおかげで敵の展開力を利用して変身しやすくなる。

 ここまで敵の展開が届く、ランクの高いヴィランが現れてくれと縁起でもないことを飛彩は祈った。

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