誰が決めた


「ああ、俺には何の能力もねぇし、奥の手もねぇ!」


 意識を失っていたヒーローたちが次々と目を覚まし、飛彩の存在に驚愕する。

 助けにいくことの出来ない己の不甲斐なさを呪うヒーローたちに飛彩の言葉が突き刺さった。


「なのにヒーローどもは生放送されるわ、グッズ売られるわ、人気あるわで本当にムカつくよなぁ」


 もはやギャブランは話を聞くために手加減しているほどだった。

 児戯にも等しい抵抗にヒーローたちは胸に疼痛を抱える。不甲斐なさに血が出るほど歯を食いしばった。


「ひ、飛彩? 何言っちゃってんの?」


 気の抜けた蘭華の声。

血反吐を出しながらも、飛彩は拳をギャブランへと突き立てた。

もはや、そっと腕を添えたような動きだったが。


「でもなぁ、こいつら死に物狂いで戦ってんだよ! 俺を救ってくれたあの人もそうだ!」


 迫真の眼光。ギャブランですら後ずさりするほどの威圧感に誰もが驚いた。

 飛彩は、まるでヒーローがヴィランズによく行う説教のようだ、と自嘲した。


 いつもこの時間が嫌で仕方なかったというのに。


「ここまでボロボロになって、ヒーローも傷だらけにしちまって……やっと気づいたんだ」


「己の愚かさにか?」


 嘲笑混じりのギャブランを半ば肯定するように飛彩は頷いた。


「——復讐でも何でもねぇ。俺はあの時、守りてぇと思ってたんだよ」


「何を言うかと思えば! はっ、笑わせるぞ!」


 淡々と攻撃を受け止めていたギャブランが心底愉快そうに笑い転げた。口もないはずの兜がカタカタと揺れている。だが、それは兜を思い切り殴りつけてきた飛彩の拳で塞がれる。


「ヒーローは見知らぬ相手でも守ろうとする。心底気に入らねぇが俺も、結局そうだったんだ……ガキがヒーローを守りてぇと思うなんて本当におかしいけどな」


 そのまま何度も飛彩は左手を打ち付ける。すぐに耳を塞ぎたくなる音と共に折れた音がした。


「よくわかんねーけど……俺もヒーローも同じだった、そう思うんだよ」


「もういい! 耳障りだ!」


 ここで、一つの奇跡を飛彩は自力で引き寄せた。過去を振り切る強靭な意志が。

その時、ギャブランに廃校で巻き込まれた賭けが終わる。


 輝くは表、裏に賭けていたギャブランはペナルティを負って腹部に大きな衝撃を受けてしまいトドメの一撃があらぬ方向へと逸れる。


 そう、飛彩は真の意味で立ち上がれたのだ。


「がふっ!? 馬鹿な、まだあの賭けが……!?」


 よろけたギャブランの顎へと低空からの蹴り上げを炸裂させた。大きく体重の乗った攻撃は、流石に体勢を崩させる。


「あの時俺は! 見ず知らずの人を守り、傷ついていくあの人を助けたかった!」


 想いをのせた咆哮がギャブランの身を震わす。もはやただの感情の吐露ではなく、何かが現れようとしている。


「ヒーローが誰かを守るなら、ヒーローのことは誰が守るんだ? って心底思ってたんだ!」


 子供がどうしてそんなことを思ったのか、今となっては飛彩にも分からない。

ただ、あの時自身を支配していた感情は、恐怖や怒りでもなんでもない。


 目の前で苦しむ人を助けたいというヒーローにとって最も大切な心構えだった。

 復讐を振り払った飛彩は、もう一度ここにいる仲間を、狙われたホリィを守りたい、その気持ちで果敢に戦っている。


 もう二度と目の前で誰も死なせないために。


 そして、熱太との約束より前に抱いた本心が久方ぶりに顔を出した。

 今まで子供の我儘を聞く気持ちでいたギャブランは謎の悪寒で攻撃も出来ず、呆然と立ち尽くした。


「なんだ……お前は一体なんだ?」


 感じた悪寒の正体は間違いなく世界展開リアライズ

 深淵のように底の見えない能力にギャブランはあるはずのない心臓を掴まれているかのような感覚に震えた。


 さらに飛彩は、戦いの最中だというのにギャブランへ背を向ける。

 驚愕したのはギャブランだけでなく飛彩の元へ少しでも近づこうとしていたヒーローたちもである。

 飛彩と目があった刹那、驚きのあまりその場で呆けてしまうほどだった。


「だから二度とあの日は繰り返さねぇ! お前ら全員俺が守る!」


 そのまま飛彩は大きく息を吸い込んで、仰け反りながら叫んだ。



「助けを呼べよ! ヒーローが守られちゃいけないって……誰が決めたァ!」



 その叫びにホリィたちは目を見開いた。

 それと同時に自分たちが背負っていた重さというものを、今一度自覚させられる。


 熱太は乾いた笑いを浮かべた。


「ははっ、一本取られたな」


 刑は目を伏せながら呆れ果てる。


「雑魚のくせに……」


 ホリィは何故か安心してしまった。


「……何言ってるんですか」


 再びは飛彩はギャブランに向き直り、血まみれになった左拳を向ける。


「全員俺が守る、それが俺の願い! あの時……心から思ったことだ!」



 それを通信越しに感じていたメイは目を伏せながら小さく呟く。


「——始まるのね」


「知っていたのか」


 悲しそうな顔を浮かべるメイに黒斗は摑みかかる。


「ええ、あれが飛彩がどの世界展開(リアライズ)にも適合しない理由……元々、持っているからよ」


「何故、報告しなかった! それほど重要な事項を……!」


「インジェクターじゃ、もう縛れない……あの子の、封印が解ける」


 まるで別人のような様子のメイにカクリは震える。

 全てを見透かしたかのような彼女だけが続きを知っているかのようだった。



 そんな攻勢の予感が巻き起こる中でギャブランだけが戦慄していた。

 鎧へと突き刺さってくる威圧感に既視感を覚えている。

 それはまるで異世の実力者と対峙する時と同じものだったからだ。


「お前は……人間なのか?」


「なんでも構わねぇよ。テメェをぶっ潰すのには関係ねぇだろ?」


 渦を巻くように広がる飛彩の世界展開はヴィランズが放つ黒い展開に限りなく近い灰色。

 その展開はヒーローの物とは違って即座に広がり、ギャブランの展開と混ざり合っていった。


「戯言を! 愚弄するのも大概にしろぉ!」


 そして飛彩は、蘭華に呼びかけるくらい自然な調子で、知るはずのない己の力を呼んだ。



封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーション



 その呟きと同時に左腕だけに鎧が装着されていく。

 黒い装甲は機械的でシャープに洗練された形状だった。肘や指先は鋭く光り、その左腕は見るものに重厚感を与える。


 その装甲に少しも驚きもしない飛彩は完全回復した様子で拳を握りしめた。


 すでにいつもの調子を取り戻している飛彩だったが、警戒心を最上級に引き上げたギャブランは手加減一切なしで拳を放つ。


「ぬぅん!」


 音を置き去りにする拳に対し、ありえない話だが飛彩は素早く反応した。


「はぁッ!」


 振り抜かれた拳と拳がぶつかり合う。

 拮抗する能力にギャブランだけでなく飛彩も驚きを隠しきれなかった。


 しかし、それと同時に勝利を確信する。

 そんな侮りを感じたのかギャブランは一気に冷静さを失った。


「その左腕に何があろうと関係ない! 他の部分は裸同然だろう!」


 ぶつかり合う拳を掴まれた飛彩はバランスを大きく崩し、装甲のない身体を晒してしまう。


「飛彩くん!」


 身体めがけてギャブランの前蹴りが放たれるが、飛彩は即座に左手を振り解いて蹴りを防御する。

 重い打撃音が三発響いた瞬間、熱太と刑は自分達を破ったスロットの能力だと気づいた。


「マズい!」


「さっきの連続攻撃のやつか……なるほどな」


左腕には間違いなく三つの紋章があった。


 それと同時にギャブランの後ろで黒炎に包まれた紋章が回り出す。

 すぐにそのスロットは止まり「777」という人間が見ても最大の出目だと即座に理解する。

 熱太は最小の出目で戦闘不能に陥ったことを思い出し、苦痛に顔を歪めた。


「頼みの綱の左腕も終わりだ!」


「だが、それはどーかな」


 左腕に刻み込まれた三つの紋章は薄れながら腕の中に吸い込まれていく。

 誰もが能力の発動だと思っていたが、飛彩だけはそれを気にせずギャブランへと左腕で攻撃し続けた。

 悠然と防御するギャブランは勝利を確信する。もはや好きなだけ殴らせようかと思えるくらいの余裕さに浸っていた。


「浅はかな! さあ、払い出されるぞ!」


「違ぇよバカが!」


 渾身の拳がギャブランの防御した右腕に炸裂すると、スロット攻撃の時のように何度も何度もその場に攻撃が炸裂していく。


「これは私の能力!?」


 身体の内側から炸裂するような攻撃にギャブランは己の能力と同質のものを感じ取った。


「スキだらけの賭け事だなぁ? おい?」


「ぐっ!? あ、ありえん!」


 形勢逆転する戦場で飛彩に期待が集まる。


 この中で一般市民に近い蘭華は大きく動揺していた。

 同じ人間であるはずの飛彩の超進化に、もはや認識が追いつかず夢とも思えてしまっている。

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