絶望の領域

 しかしギャブランを自由にした時点でもはや対等ではないのだ。


「ぬるい!」


 二人の武器は簡単に弾かれ、体勢を大きく崩した刑には掌底が見舞われた。


「なにっ!?」


「ぐううっ!?」


 肉弾戦では歯が立たないと改めて理解する二人は再び武器を構え直すが、ギャブランの後ろで回り出す三つの絵柄に気づいた。


「賭けは多種多様であるべきだ。そう思わんかね?」


 すぐに絵柄が動きを止め、拳の絵柄が揃う。それと同時に攻撃を受けた三箇所にも同じ絵柄が浮かび上がった。


「スロットの報酬をプレゼントさ」


 二人の握る武器と、刑の胸部に輝く謎の絵柄。

 そして、スロットという情報が推察に過ぎないが刑を突き動かした。



「熱太ぁぁ!」


 渾身の力で武器をはたき落とそうとするが、一手遅かった。

 触れ合うお互いの武器と刑の身体に浮かび上がっていた紋章が吸収されていく。


「ほら、スロットの報酬が支払われるぞ?」


「ぐはぁっ!?」


 絵柄をつけられていた刑と武器が、何度も何度も響く殴打音と共に吹き飛んでいく。

 武器が触れ合っていたこともあり大きな衝撃に耐えられなかった熱太は自身の武器に斬り裂かれた。


「ぐっ……どうなっているっ!?」


 刑と武器が、何もないところで一方的に殴られているような様子はあまりにも異様で負傷した熱太の心を恐怖で冷やした。


「攻撃に転じる賭けもあるさ……今の賭けはスロット。出目に応じて私の攻撃を受けた場所に追加攻撃を与えるというわけだ」


「……まだ能力があったか」


 吹き飛んでいた刑はそのまま意識を手放す。

 一撃でも受ければ即死に近い攻撃を何発も入れられた時点で刑はもう戦闘不能だろう。


「とは言っても、今の出目は倍率が一番低い目だ。君たちにとっては運が良かったかな?」


 一番低い倍率で最強の硬度を誇るヒーローの武器が砕け、一人のヒーローが戦闘不能に陥れられる。

 一発一発の攻撃がどれほどの重さなのか再認識させられた。


「まだだ……まだだぁ!」


 未だに余裕そうな態度を見せるギャブランに対し、熱太は武器を失って傷が癒えない中一人で奮闘している。

 他の地域で戦うヒーローも自分の持ち場で精一杯だった。もはや救援を見込むことは出来ない。


「さて、そろそろ私の賭けの時間が迫っている」


「一番初めにあった大きな反応は、やはりお前が……」


 自らを火炎で包み、自爆特攻にも似た大振りの攻撃は、悠々とギャブランに制されていく。


「残り十分程度だ。もうすぐ辺り一帯は焦土に変わるだろう」


 意識を失った刑や傷ついた仲間たちを見やる。

 熱太が奮起しなければいけない場面だが、無理が祟って身体が言うことを効かない。躱され続ける攻撃に、心も折れかけた。


「無様に生き永らえることもなかろう? 介錯は任せたまえ」


「——くそっ」


 すでに負けを認めてしまっていたことに気づいた熱太は、為す術もなく砲弾のような拳を受け、変身が解除された。


「がはあっ!?」


 吹き飛ぶ熱太が宙を舞った。


 このまま地面へ落ちれば、間違いなく首の骨が折れて死ぬだろう。


「そんな……」


 意識のあるヒーローは、この場にホーリーフォーチュンしかいない。


 しかし、激痛よりも先に恐怖が身体を支配した。動こうとする意思はもはや去勢に過ぎない。


「なんで……なんでなの! 私しかいないのに! 私がやらなきゃいけないのに!」


 倒れ臥す数々のヒーローたち。新たな骸にとなる熱太が地面に落ちる。


「世話かけてくれるぜ」


……そのすんでのところで熱太の身体が何かに抱えられた。


「——まさか」


 己の窮地を救った忍者のヒーローが来てくれた、ホリィはそう考える。

 そんなヒーローは存在しないことを蘭華はバイザー越しに見つめていた。


「黒斗、聞こえてねーかもしれねーが、これ外させてもらうぞ」


 バイザーが外れたことにより、ヒーローの知覚にノイズが生じる。

 熱太をゆっくりとおろした後、だらりと垂れ下がった自分の強化アーマーを飛彩は剥ぎ取った。


「な、何やってんのよ飛彩!」


 今の飛彩は個人領域の透明化も使わず、ヒーローの認識阻害も解いた。

 つまるところ、そこにいるのはただの人間に過ぎない。


「飛彩、くん?」


「あのバカ……」


「そうか、あの時の弱者だったか」


 白日の下に晒される真実。

 ホリィは今、バツが悪そうにしていた飛彩のことを全て思い出した。

 知らない、のではなく答えられなかったことを。


「飛彩くん、逃げてっ!」


 少しだけ張っている展開下にいる飛彩からは何も感じない、何の世界展開もないとホリィはすぐさま感じ取っていた。

 どうやってここまで来たのか、何故あんなにボロボロなのか、などは、緊張が走るこの瞬間には全く考えられず、現れた一般人を救おうとホリィは力を込める。


「お友達ですもの……このようなところで……!」


 這いずって進むホリィを見ながら、蘭華は狙撃銃を取りに戻った。

 飛彩がやる気ならアシストするのが自分の仕事だと言わんばかりに。

 未だに敵の展開が強く、本部と連絡が取れないことが唯一の救いだと蘭華は冷や汗をかいた。


 しかし。


「これは連帯責任ものね」


「ああ、そうだな」


「司令官!? メイさん!? どうして?」


「メイさんと協力して、そちらに連絡用のポータルを飛ばしましたー!」


「カ、カクリまで……」


「戦況は最悪ね? 動けるのは飛彩だけでヒーローは全滅なんでしょ?」


「しかも、敵の大量破壊を目的とする展開能力の刻限が迫っている……飛彩が勝てなければ、私たちも終わりだ」


 どこか諦めを含んだ声に、蘭華は苛立った。

 今も必死に戦っている飛彩の敗北は確かに脳裏によぎってしまう。

 気合いで跳ね返せる戦力差でもないことも理解している。


 それでも最初から諦めるような態度は許せない。

 反論しようと口を開きかけた刹那、黒斗が言葉を続けた。


「もはや封印杭を使用したところで落ちてくる展開は止められん」


「え?」


「みんな、すまなかった。俺の司令官としての技量が足らないばかりに、多くの犠牲を出した。ならば共に死んで詫びるしかあるまい」


「カ、カクリだって一緒に!」


 震える声の覚悟が飛び交う。蘭華はそれを終わりだと確信してしまった。

 あれほどまでに強大なヴィランズに勝てるわけがなかったのだ、と嫌な思考が蘭華の脳を渦巻いていく。


「詫びなんて、いらねーよ」


「……聞こえていたか?」


「テメーは失敗してねえ、ヒーローの戦いも無駄じゃねぇ、犠牲も無意味じゃねぇ……俺が証明する、だから黙ってろ」


 歩き出した飛彩はギャブランと対峙する。

 どれだけ危険だと叫ばれても飛彩は振り返らない。

 そんな飛彩の様子を感じて黒斗たちは口を噤んだ。


「人間共の切り札ですら、あのザマだぞ? ただの人間がどうすると言うんだね?」


 睨みつけたまま飛彩は答えない。眼光は鋭くなり、一切の隙がないほどに集中していた。


「どのみち、賭けの結果がもう分かる。見ろ空に影を落とす、私の能力を」


「ベラベラうっせーな。時間稼ぎならあの世でやれ」


「……はっ、馬鹿め。残り少ない寿命を伸ばしてやっていると言うのに」


 見え透いた挑発に震える蘭華とホリィ。

 飛彩の思惑が分からない以上、手助けのしようもなかった。

 そんな援護などいらないと身体が発するかのように、飛彩は間髪入れずギャブランに猛攻を繰り出すが、手を添えられるだけで軽々と防がれていく。


「——一つ聞かせてくれ、弱者よ」


 猛攻、といえど人間レベルの話だ。

 ギャブランにはまだ話しかける余裕がある。


「何だよっ!」


 遠心力を利用した渾身の回し蹴りが兜に叩き込まれるが、悲鳴をあげたのは飛彩の方だった。

 もはや攻撃することも無意味で、その痛々しさから全員が目を逸らす。


「貴様、何の能力もないだろう? 何故、ヒーローの前に立つ? ただの人間の分際で!」


 膨れ上がる疑念をヴィランすらも抑えきれなかったようだ。

 よろよろと立ち上がった飛彩は軋む足を気にせず懐へと飛び込む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る