突然の……?
ヒーロー陣営も退却の準備を進めており、迎えの車と共に去っていった。
しかし、護衛部隊がいるという記録は抹消されてしまうので飛彩と蘭華の帰りは途中まで徒歩を余儀なくされている。
こんな都心の片隅に追いやっておいて、回収ポイントまで歩けという指示に組織の黒さを改めて思い知らされた。
並んで歩く飛彩たちはなるべくゆっくり歩いて残業代をせしめようという様子で。
「はぁ〜、ヒーロー様はお高い車で帰れるのによぉ」
「こういう人がいない場所だから良いけど、この格好じゃ街中歩けないからねぇ」
常に透明化の力を発動するわけにもいかず、体の線が丸わかりな強化スーツに今更蘭華は恥じらいを覚える。
狙撃銃で胸の辺りを隠すようにしてあるくも、飛彩は頭の後ろに手を回したまま何も気にしていないようだ。
先ほどのヒーローとまではいかないが蘭華の胸のふくらみも決して小さくはない。
それなのに一切意に介していないことがどうにも腹立たしいのか、蘭華は頬を膨らませてそっぽを向いていた。
「さっきのヒーロー、美人だったよなぁー」
「ぬっ!」
「いたっ!? なんで蹴るんだよ」
「別に〜」
飛彩としては世間話のつもりだったが、蘭華はさらにつまらなそうな表情へと変わる。
少女の機微に疎い少年はバイザーを額にずらして不思議そうに顔をしかめた。
「で、誘導区域出口までにどのくらいあるんだよ? 報告終わったら何か食いに行こうぜ」
とりあえず話を逸らした方が良さそうということくらいはわかるのか、おずおずと違う話題を切り出す。
「そうね……十分は歩くかも」
蘭華は腰に装備していたタブレット端末を見て答える。
飛彩と一緒に食事に行けるのは自分だけ、その優越感をホーリーフォーチュンに抱き、何故か勝ち誇ち誇った様子だ。
「帰っても小言吐かれること間違いなしだからなぁ。帰るのがめんどいぜ」
「それは飛彩のせいだから。私知らないからね」
「はいはい。ま、どやされたって━━」
直後、二人の背筋に悪寒が走る。
とっさに振り返った先には数歩の間合いに、黒い穴のような亀裂が空中に発生した。
その空間を虫食いのように食い破ったそれは、破滅の足音を少しずつ連れてくる。
「そんな!? ヴィラン反応なんてなかったけど!」
異世からの侵略者を呼び寄せる区域に発生する亀裂は全てヒーロー陣営に筒抜けであり、前もって飛彩たちやヒーローにも伝えられる。
それがないイレギュラーに蘭華は冷や汗が止まらない。
「ちょうど良い。観測されてねぇなら俺が好きにやって良いんだよなぁ?」
「ば、ばか! そんなこと言ってないで急いで撤退するわよ」
「あー、残念だがそりゃ遅いぜ」
亀裂の縁に現れる黒い光沢を放つ手が、亀裂を打ち壊しながらゆっくりと姿を現した。
「ふむ……こちらの世界もあっちと変わらないようだな」
(喋る鎧……シュヴァリエ級、鎧のヴィラン!)
先ほど戦ったガルムと異なり知能が高く、膂力や俊敏さで劣る代わりに展開能力に長けたヴィランの一般的な存在だった。
硬質そうな鎧は黒と紫が混じったような不思議な色合いを見せており、博物館に飾られている中世の騎士がそのまま歩いているかのような不気味さを漂わせている。
「飛彩、さっきのガルムより強い……多分、ランクHくらい」
経験則から敵の大まかなランクを弾き出す蘭華だったが、心の中は撤退で一色となっている。
ヒーロー抜きでヴィランと戦うのは自殺行為に等しいのは護利隊の常識になっていた。
変身途中がいかに好きだらけでも、変身したヒーローの強さと制圧力は払った犠牲に対してお釣りが来るほどである。
「本部は?」
「まだ気づいてない。多分展開力を調整できるヴィランなのかも……」
「おもしれぇ。強そうじゃねぇか」
「バカ言わないで! 個人領域(パーソナルスペース)で逃げよう!」
こそこそとした会話だが、耳のないヴィランは展開域から音を拾い集める。
とるに足らない人間にガルムと比較されたことが気に入らないのか、足元の黒い水溜りのような領域が荒波を起こし始めた。
「マテ、人間。今カラ私ノ世界二ナルコノ場所デ、ドコニ逃ゲルト?」
意識を完全に向けられていることもあり、敵の展開力に影響されないようにするだけで精一杯らしい。
戦いつつ援軍を呼ぶしかない、という厳しい状況に蘭華は歯噛みした。
(く〜、ホーリーフォーチュンが残業してってくれれば……)
「我ハ『悪の変装、チェージ』デアル……展開力ヲ低ク変化デキル我ヲ誰モ感知スルコトハ叶ワヌ!」
蘭華の読み通り、展開力を操作できる暗殺者のような能力であることが語られる。
通りで全ての検知器をすり抜けてきたのか、と技術部に文句を言はねばと焦りが高まった。
それに対し、飛彩はワクワクした表情から一変していた。
バイザーを額へ上げて、ツールがもたらすアシストを外してしまう。
「ちょ、ちょっと飛彩!」
「ヌ……?」
「強いやつかと思ったけど雑魚だろお前?」
吐き捨てたその言葉に、まるで時が止まったかのような静寂がもたらされた。
「ハァ?」
この時ばかりは蘭華とチェージの心は同じ疑問で埋められる。
「だってそうだろ? 変化の悪って言っても小さくできるだけだし」
小太刀二刀を腰から抜き、構えた飛彩は脱力した素晴らしいコンディションになっていた。
ホーリーフォーチュンの活躍に対する怒りを晴らそうとしていたが、それにも値しない雑魚が相手という感覚が力む両腕から余計なものを抜いて。
「それに片言で話す『化け物』は知能の低い雑魚だって相場で決まってるぜ?」
「殺ス!」
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