ボーイミーツガール

「あら? 私の変身に慄いたのですか?」


 基本的にヒーローは自分が守られていることを知らない。

 ガルムを飛彩が簡単に倒せるくらいに弱らせておいたこともつゆ知らず、悠々と歩みだした。


 自己犠牲的な性格のヒーローたちは自分が無防備な間、守られているなどと知ったら変身も完了せぬ間に飛び出してしまうだろう。待ち受ける未来の大概が死だ。


「……怖ければ退いても良いのですよ?」


 敵への同情もさることながら、純真な心を持つヒーロー達を守るために色々な秘密がある。


 それらを支えるために、飛彩達という多数の犠牲者がいるのだが。

 ただ、その純真さが、戦場において弱さになることも多い。


「あなたは可哀想な生き物です……」


(むむ、嫌な予感)


 蘭華の予感は的中する。

  目を伏せるホーリーフォーチュンは優しくガルムに語りかけた。


「戦いに明け暮れて、心が荒んでしまったのでしょう? 愛も知らず、友情を知らず、貴方の心は真っ黒に」


 ふらつくガルムは新たなる敵を見据えて飛びかかる。

 まさか説教を垂れるとは予想していなかったようだが、殺すには好都合過ぎた。


「小娘ェ!」


「でも、それを私達の世界に持ち込むことは許しません」


 睨む両眼めがけて爪が振り下ろされる。そこに一陣の風が吹き抜けた。


「人の話は最後まで聞いておけよ、ワン公」


 既のところで、飛彩がその間に割り込み、両腕に小太刀を突き刺して受け止める。


「力比べは苦手だ……こうも体格差があるとなっ」


「ただ……出来ることなら争いたくない」


 だが、悲しいことに、この状況はホーリーフォーチュンには全く見えていない。

 故に説教に耳を貸しているような状況に見えているのだ。


 その実、飛彩の足はどんどんと地面にめり込んでいく。


 インジェクターによる人造展開能力はあくまで一時的なものなのだ。


「でも……それでも! 貴方達がこの世界を狙うのであれば、私も覚悟を決めます!」


「いいから早く決めろぉぉぉぉぉ!」


 もちろんその悲痛な叫びも届かない。

 目を見開くホーリーフォーチュンはそこで自身の能力の真髄を告げた。



仕組まれた因果律ディサイドタイド



 そう短く呟く少女。

 そして飛彩には見えた。


 ガルムと彼女の半透明のヴィジョンが、少し離れたところに誕生する瞬間を。


 するとガルムは飛彩との力比べをやめ、ホーリーフォーチュンへと爪撃を繰り出す。


 バランスを崩した飛彩は倒れこみながらその一部始終を見ていた。

 避けにくい空中への攻撃にも関わらず、分かっていたかのように身を翻し、ガルムの後頭部めがけて鋭い蹴りを打ち込む。


 そして両者は映し出されていたヴィジョンの場所へと帰結した。


(ありゃあ、まさか……)


 ガルムも揺れる脳で必死に考えた。

 しかし、自分の攻撃が避けられる未来が決まっていたかのような現実に困惑を隠しきれていない。


「私と戦った時点で未来は決まっているのです」


 今度はガルムが一方的に痛めつけられるヴィジョン。その未来はすぐに訪れる。


「はあぁ!」


 激しい連打は一撃一撃が軽くとも、一切外れることも避けられることもない。


 攻撃の必中は、もはや避けられぬ宿命のようだった。


(化け物かよ、あの能力……ガルムの低確率の威圧なんかと比べ物にならねぇぞ?)


(世界展開下における……未来の確定?)


 百発百中の打撃は敵の動揺を誘い、動きを乱していく。


 敵の攻撃は当たらず、自分の攻撃は全て当たるという稀有な状況を当然と思うようにホーリーフォーチュンは攻撃を緩めない。


 魔法少女のような可愛らしい見た目からは予想もつかぬ格闘攻撃が敵を抉った。


(おいおい! チートじゃねぇか!)


(そうね……殴るって思えば必ず当たるってことだし)


 無言で頷く蘭華を尻目に、飛彩は自分より戦闘力で劣る女がとんでもない能力を持ち、これからシンデレラストーリーを歩むことに苛立ちを隠せない。


 飛彩と蘭華の短い会話の間で、ガルムは全身を砕かれる勢いだった。


 優れた観察眼で弱点を発見して未来を確定する能力を使い、どんな状況からでも攻撃を与えている。


「ジャッジライト!」


 光り輝く道がホーリーフォーチュンから、ガルムへと伸びた。

 さらに無数に存在する未来、正確に言えば未来で行うはずの様々な攻撃の全てがヴィジョンとなりガルムを取り囲む。


「カモン! トゥルーエンディング!」


 凄まじい勢いで放たれる連続攻撃。

 夥しい光の軌跡と、拳の乱撃がガルムを押し潰した。


「えぇい!」


「グッギャァァァァァァァ!?」


 トドメの飛び蹴りがガルムの眉間へとめり込む。


 吹き飛んでいくガルムは、轟音を立てて地面へと崩れ去った。


 ホーリーフォーチュンのファンシーで可愛らしい展開が戦場を濡らしていた黒い領域を浄化していく。


「やった! 上出来ですっ!」


 それは俺が弱らせたからだ。と、透明なまま睨みつける。


 飛彩は、この瞬間が何よりも嫌いだった。


 スポットライトを浴びる存在が栄光と共に何もかも掠め取っていく。


 理不尽極まりない、その場所に立つ資格、強さが自分にもあるんだ、と思うたびに頭がおかしくなりそうなほどの苛立ちに飛彩は襲われるのだ。


 そして、それを落ち着ける術はない。


(けっ)


(ハイハイ。怒るのは本部に帰ってからにして。彼女にバレたら面倒よ)


 ホーリーフォーチュンも帰還の準備を始めており、変身を解除する。


「任務完了、これで晴れて私も……」


 一応この戦いは、ホーリーフォーチュンの最終試験という位置付けでもあった。


 無事に人類の脅威を取り除いた彼女は、これからヒーローの一員として華々しい道を歩むことになるだろう。


 だが、世界展開リアライズを解いた彼女に、未来を見る力はない。


「グッ……ギャオォォォォ!」


 手負いの獣は命の灯火を燃やし尽くし、己のプライドを引き裂いた少女へと血にまみれたあぎとを向ける。


「なっ……!?」


 待つのは死。初戦に勝利したことによる油断。

 少女の目が絶望に染まる。


「チッ、手間かけさせんじゃねーよ」


(ちょっ! 飛彩! 透明化が時間切れになっちゃうって!?)


 虚空から再び姿を現す飛彩は腰に装着していた小太刀を勢いよく引き抜く。


「そらぁ!」


 一瞬にしてガルムの頭上に回り込み、回転しながら勢いよく小太刀を振り下ろす。

 スパァン! と骨を簡単に斬り裂く小気味いい音が鳴り響いた。


「えっ……ど、どういうこと?」


 ガルムは今度こそ地面に倒れ伏し、一切動くことはなかった。鮮血が辺りを赤く染め上げていく。


 忍装束は返り血に塗れ、より凶悪そうな様相へと変わっていく。

 ヒーローの世界展開には飛彩たちの強化スーツを視認しないプログラムが組み込まれているが、悲しいことに少女は変身を解いている。

 透明化も解除した飛彩の姿は丸見えだったのた。


「敵を殺したきゃ、首と身体を切り離せ……そう習わなかったか?」


 イキリきった決め台詞に決まったとニヤつく飛彩に対し、蘭華は頭を抱えた。


「ど、どういうことです!? 私一人の任務では?」


 初めて年相応に慌て出す少女。

 蘭華の情報通り、護衛の事は一切聞かされていない様子だ。


「あぁん? ちょっと顔がいいからって、調子に乗って、ん、じゃ……」


 ここにきて少女の顔を間近で見た飛彩。

 戦闘時はちゃんと視認出来ていなかったが、少女は思春期の男子の言葉を詰まらせるくらいの美少女である。


「なっ……なっ……!」


 さらにポヨンと弾む胸が視界に飛び込んでくるグラマラスな身体の持ち主でもあった。


(バカ! 見惚れてんじゃないわよ!)


「お、おい! や、やめ……」


 少女の目には、血まみれの忍者が見えない何かに引っ張られていくシュールな光景。


 だが、瞬きした刹那そこには誰もいなくなっていた。


「あ、あれは、一体……試験官のヒーローとか?」


 廃墟に残された少女は、疑問を膨らませたまま回収チームに拾われ、その場から去っていく。



 これが、飛彩と彼女の出会い。後に世界をかけて戦う彼らの運命の出会いとなった。


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