第2部 1章 〜Scar〜

護利隊、駆ける

 真新しい住宅街だが全ての家屋からは明かりが消え、人の気配も感じられない。

 荒れた様子もないその場所は、急に住人たちが雲隠れしてしまったようだった。


「飛彩、敵影捕捉したわ。シュヴァリエ級ランクHが三体!」


「この前の侵攻に比べりゃ楽だ……ヒーローを待つまでもねぇ」


「あれがおかしいだけで、三体は充分脅威だってば!」


 闇に沈んだ家々の間を全速力で駆け抜けていく飛彩と蘭華。

 個人領域パーソナルスペースの効果で姿は消え、足音すらも影と共に消え去る。

 この第十五誘導区域は建物の損傷こそ少ないものの、前回の侵攻の影響を受けてしまい封鎖されることになった。


 真新しい住居が並ぶ中、住人たちの悲痛な思いはヒーローのみならず護利隊の面々も重く受け止めるところである。


 誘導区域になってからも、あまり住居は壊すなとの通達があった。


 もう二度と、この地には戻れない可能性が高くとも自分たちが住んできた場所が壊されるのには耐えられないという気持ちなのだろう。


「第一誘導区域みたいに爆撃しまくれば楽なのによぉ。で、今回のヒーローは?」


「救界戦隊レスキューワールドと……」


「熱太か……!」


 その言葉で俄然と速度を上げて闇の街を駆け抜けていく飛彩。

 こうなってしまえば蘭華では追いつく事が出来ないし、予想もしていたので速やかに狙撃地点へと移動する。


「もう一人来るのに、話は最後まで聞きなさいっての!」


 同時に後方で四本の光柱が天へと登る。

 市井の人々は何らかの攻撃だと思っており、まさか変身途中だとは誰も思っていない。

 そのことを思い出すとなんだかんだ辟易する飛彩ではあるが、昔より卑屈な気持ちで戦っているわけではない。


「仕方ねぇ……変身に三分もかかる腑抜け達だ! 今回もきっちり護り通してやるぜ!」


 その様子を司令室より眺める黒斗とメイ。

 飛彩の良い方向への変化に親心を含んだような眼差しを向けてしまう(黒斗はすぐに手で覆って隠していたが)。


「司令官は飛彩をクビにするつもりだったのでは〜?」


「カクリ、茶化すな」


「そうよ。告白がうやむやになったからって一安心しちゃダメ」


「そ、それは関係ないでしょう!?」


 司令室にも幾分か抜けた空気が漂う。

 大規模侵攻を生き抜いたことに対する慢心にも感じられたが、黒斗の厳格な視線が再び空気を締めた。


「おしゃべりはここまでだ。敵は三体、ヒーローの護衛は先行していた飛彩と蘭華のみ。簡単に攻略できる相手ではない」


「でも飛彩さんにはカタストロフ級すら倒した世界展開(リアライズ)があるんですよ? 余裕じゃないですか?」


 慢心の正体。それは即時に変身できる飛彩の力にある。

 どんなに早く変身できるヒーローでも数分はかかる。それがない事がどれだけの進歩なのかはメイの身に沁みるほどだ。


「……あれだけの力がノーリスクとは思えないけどね」


 一抹の不安はいつだって杞憂であってほしい。

 そうモニター越しに駆け抜けている弟分を物憂げな視線で見つめるメイだった。


世界展開リアライズ! 封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーション!」


闇のように黒く鋭利な装甲はヴィランのそれとは違い、機械的なフォルム。鋭い鎧は打撃に斬れ味をもたらすような印象を放っている。


 飛彩は側転した勢いと世界展開リアライズして威力の増した左腕で地面を殴りつける。

過去にガルムを蹴り飛ばした方法と同じやり方で加速し、急速接近していたヴィランと一気に距離を詰める。


「挨拶代わりだ!」


注入インジェクション!』


 似通った鎧を身に纏っていたヴィランは明らかに必殺の一撃を放つ左腕を警戒していたが、飛彩が力を込めたのは何と右腕。


「目がどこにあんのか知らねぇが、バレバレなんだよ!」


 無意識に左手の一撃を警戒していた先陣のヴィランの顔面へ叩き込まれる渾身の右ストレート。

 拳がめり込んでよろけたヴィランは、足場が崩れ去ったかのように膝から崩れ落ちそうになる。


「あれだけ欲しがってたヒーローの力を囮になんて正気?」


「勝つための手札が増えただけだぜ?」


 味方すら撃ち抜いてしまいそうな援護射撃は飛彩の脇や股下を器用にくぐり抜け、後ろでたじろいだヴィランの顔面を爆破する。


「まだまだ致命傷には程遠いからね?」


「おいおい。油断からは程遠い男だぜ俺は?」


 しかし、ヴィランにめり込んでいた右拳は瞬時に突き返されて飛彩は屋根から山肌を滑るように地面へと転がされて行く。


「言わんこっちゃない」


「ちっ……敵に花持たせてやっただけよ!」


 大の字に寝転んだと思えば、手のひらを地面に叩きつけて素早く跳ね起きる。


 屋根の上から見下ろす三体のヴィランはギャブランやハイドアウターのように口数が多いわけでもなく、静かにかつ殺気を含ませた視線を飛ばしている。


「無口な方が仕事人みてぇだもんな……でもいいのか?」


 その飛彩の問いをヴィラン達は理解できなかった。

 戦場において敵と交わす言葉があることの方が珍しいのは頷ける。


「お前らで出尺、少なくなっちまうぜ?」


眼下で聞こえていたはずの声が、ヴィランのすぐ隣で囁かれた。


「!?」


 気づいた時には、一体のヴィランの腹部へ数十発の乱打が叩き込まれた後だった。

 広がる動揺の波に乗った飛彩は後方に控えているヴィランにも流れるような体術を浴びせ、一箇所に固めるように誘導していく。


「仲良く手を繋いどけよ? 一緒にあの世に行けるかもしれねぇぜ?」


 そのヒットアンドアウェイの速さは、強化スーツと世界展開の融合が成せる技と言えよう。

 ありえない膂力の上昇に対し、左腕以外を守りつつ攻撃に転じられるのは紛れもなく護利隊の強化スーツの賜物だ。


 ヴィランは防戦一方でその場から一歩も踏み出せずにいる。

 もはや三人の相手に対し、何十人もの兵士が足止めをしているような光景にも蘭華には見えてしまった。


「どんどん人間離れしてくわねぇ……」


 その間にも時は刻まれ続け、約束の三分が経過しようとしていた。

 小さなアラームに気づいた蘭華は援護射撃をやめ、飛彩にも撤退を告げる。


「もう充分! 街壊す前に下がるわよー!」


「頭数減らしてやるつもりだったんだがな……遊びすぎたぜ」


「軽口叩けるんだからまだまだ元気ね」


 その刹那に、後方で伸びていた光の柱が霧散した。

 そこから飛び出す赤、青、黄の戦士が飛彩達とヴィランの間へ降り立つ。



「熱い思いで世界を救う! 灼熱の魂! レスキューレッド!」



「慈愛の心で世界を救う! 麗しき魂! レスキューブルー」



「楽しい意思で世界を救う! 元気な魂! レスキューイエロー」



「地球を救う気高き魂! 救界戦隊!」



「「「レスキューワールド!」」」



 各地に配備されたドローンや隠しカメラの映像が即座に編集、都合の悪い部分を隠しお茶の間に届けられているだろう。

 

合成や演出一切なしの命のやり取り、かつ自分たちを侵略者から守ってくれるヒーローの戦いは老若男女を惹きつける一大エンターテイメントだ。


「久々に決まったな! 見たか、ひ——」


後ろに振り返ろうとした熱太の顔をエレナが引っ張って前へと戻す。


「挙動不審なヒーローは気持ち悪いでしょう?」


「む……そうだったな!」


 自分の変身を護利隊の隊員が命を懸けて守っているという事実を受け入れても熱太は特に変わらなかった。

 本当は思うところもあるのかもしれないが、あえてそれをおくびにも出さない。


 熱太なりのヒーロー感なのだろうと飛彩は小さく笑みを浮かべた。

 どんどんとヒーローとしてふさわしい存在になっていく熱太に追いついたと思えば、引き離されたような感覚にも襲われかけたが。


「こっからは譲ってやる。さっさと片付けてこいよ、熱太」

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