ヒーロー現着!(注意:変身は数分後)

 眼球の奥まで小太刀では届かないが、確実に視界を奪えているだろう。

事実、レギオンは何が起こったのかわからず、異世とこちらの世界の間で立ち尽くす。

そのまま大きく斬り裂いた目の中央から流れる血の瀑布が森に濁流を作っていった。


「やった!」


「まだまだ飛彩さんの猛攻は続きますよー!」


「カクリに言われなくてもわかってるわよ!」


 全身の毛が逆立つ感覚。飛彩の眼光と残った他の複眼が火花を散らす。


「やっと俺だけを見てくれるってよぉ!」


すかさず右手の小太刀をしまい、太ももに装着していたハンドガンを発砲した。

これも護利隊特製の対ヴィランズ用の弾が込められている。


「熱視線は嬉しいけど、俺は人見知りでね」


 冷静に撃ち込まれていく銃弾には貫通力が高い弾丸だった。いくら硬いと言っても眼までが硬いわけじゃない。

脳まで弾が到達すれば戦闘不能とまではいかないが、ヒーローなしでも対応できる。

そう思うと、引き金を引く指にも力がこもった。


「ギャオォォォッ!?」


 流石のレギオンも悲鳴のような方向をあげた。もはや顔の右半分にある目は潰れ切っている。

すでに到着していた護利隊の増援から歓声が上がった。蘭華やカクリ、黒斗までもが飛彩の活躍に歓喜した。

そもそも近づくのが難しいレギオンに侵入してきた瞬間に接近する方法がここまで有効だったとは思いもよらない。


「全く、ヒーローのような真似を」


「ふふっ、今の内にサインもらっておかないと、後悔すると思いますけどね」


 それほどの活躍であることは間違いないが、飛彩とヒーローの間には大きな隔たりがある。

カクリの発言を聞き流した黒斗はモニターに表示された事実を淡々と述べた。


「総員、聞こえるか? ……彼らが、到着した」


その一言は、人を安心させる。どんな絶望的な状況だろうと希望を見出させ、奮起させる。



「ホーリーフォーチュン、現場に到着しました」



 飛彩たちと同じく学生服で出動を余儀なくされたホリィ。

美しい金髪がヘリコプターの風に煽られ、大きくなびいている。

目を開けられないほどの風だが、ホリィはレギオンから目を逸らすことなく睨みつけていた。



「アイム ア ミスタ〜〜〜〜! ジーニアス!」



 お決まりのセリフとマッスルポーズ。

筋骨隆々としたオールバックの男は作戦も聞かず飛び出して行く。

見た目通りの豪胆な性格が、不安を払拭してくれると人気なヒーローなのだ。


「ジーニアスさん?」


「作戦は君が聞いてきてくれ! レディ!」


「ちょ、ちょっと!」


「私は一秒でも不安が蔓延ることが許せんのだ!」


 すでに第一誘導区域は敵の展開に大部分を埋め尽くされていた。

そんな惨状をジーニアスは笑い飛ばした。このくらいの不利は今までも跳ね飛ばしてきた、と。


「行くぞ! 世界展開リアライズ!」


空へと伸びる光の柱。それはすぐに敵の展開を押し返していく。ホリィも先達の姿を見習おうと駆け出して行った。


「皆さんごめんなさい! 作戦は変身した後で! 世界展開リアライズ!」


 第一誘導区域のあちこちにセットされているカメラや撮影用ドローンが一気に二人へズームする。

護利隊のスーツを着ている者を映さない特殊なカメラはヒーローの活躍だけを世界へと発信した。


生放送される戦い、そしてカメラの向こうでは歓声が上がっているだろう。


 そしてヒーローのみを応援する市民たち。

変身している間は、コマーシャルや昔の戦いのハイライトや、ヒーローの能力やインタビューを流している。


この変身に何分もかかっているなんて視聴者達には全く届いていないのだ。

それに巨大な敵を前にした時、ヒーローを嫌う護利隊の面々でも安堵に包まれてしまう。が、守る時間は同時に絶望をもたらす。


「同時変身で六分も? 私たちだけじゃ無理でしょ!」


 驚愕する面々の後ろで光の柱が勢いよく空へと伸びた。

黒い波のように空間へ広がっていたレギオンの展開が止まる。展開による拮抗状態が造られようとしていた。


「ちっ! 何の尺合わせだっ!」


 下に向かって降りようとしていた飛彩は考えを改める。もうさっきの功績を憶えているものはいない。

誰もがやってきたヒーローに対して安堵と希望を抱いている。それが自分とヒーローの差だとも理解していた。


「……六分か」


「そーよ、やばいから早く戻ってきて!」


「……面白ぇ。カクリィ! 俺の追加兵装送れるか!」


 乱射され、ぐちゃぐちゃになった複眼を足場に、頭頂部へと駆け上っていく。


「無理無理無理無理! 無理です〜! そんな遠いところで繊細な動きなんて出来ません!」


「だったら今ここで、限界を超えてみやがれぇぇぇぇぇ!」


小太刀を用いた命綱無しのアクロバット。ボコボコした鱗に足をかけながら小太刀を突き刺して器用に移動していく。そのまま左目側へ飛び込んだ。


「止めるなよ! 気分が乗ってきたんだからよぉ!」


弾倉が空になることも厭わない連続攻撃。それは確実にレギオンの足を止めていた。他の部隊も足の関節などを銃撃、さらに爆撃し、動きを鈍らせる。


「ジーニアスが変身すれば勝てる! それまで持ちこたえよう!」


「ああ、わかった!」


 飛彩の活躍などそっちのけでジーニアスにすがる隊員たち。


それはまさしく希望の体現だった。六分という地獄の時間がヒーローを待ちわびる希望の時間に変わる。

だが、そこが地獄に変わりないことを忘れてはいけない。


「ブレスだ!」


すでにレギオンの口腔には炎が燻っている。飛彩は周りの温度が急上昇していくのを感じた。


「蘭華! シールドビットがあればすぐに展開しろ!」


 返事よりも早く物資一帯を守るように防御装置を展開する。

半透明のシールドが、用意出来た部隊を覆っていった。飛彩も小太刀で剥ぎ取った鱗を抱えて、後頭部へと駆け抜けていく。


「ガァァオォオォォオォォォ!」


 紅蓮の炎が勢いよく地面へと吐き出された。

木々を薙ぎ倒す勢いの炎は直線上にあるものを消し炭に変えていった。

今のは範囲を狭める代わりに、威力を数倍にあげる熱線だったのだろう。


飛彩や蘭華も射線上にいないことから無事だったが。射線上にいた数人の隊員は言葉も亡骸も残さず散っていった。


「マジかこの野郎! カクリィ! アレはどーした? 早くしろ!」


「そんなことよりそこから降りて! カクリも! コイツを無理やり下に降ろして!」


震える声でシールドを解除する蘭華。一人の戦場がここまで心細いとは、と戦慄する。


「何度も言いますけど、そんな精密には運べませーん!」


 命を省みていないほどに戦いに意識を研ぎ澄ます飛彩はさらに舌打ちを重ねる。


自分の今の兵装では、カイザー級を倒す破壊力はない。一度降りたら、ここへ戻ることは出来ないと考えるべきだろう。


「俺の手元じゃなくていい! 俺にやったみてぇにコイツの近くへ送れ!」


 予想を上回る飛彩の命知らずさに驚きを超えて呆れ果てる面々。

だが、飛彩の感じているチャンスももっともな話だ。巨大兵装で敵の脳を直接破壊する。


実際に出来ればレギオンは確実に生き絶える。ヒーローなしで勝利した最初の事例になるだろう。


「分かりました〜! 頭上に落ちても知りませんよ〜!」


武器庫で眠っていた飛彩の身の丈ほどのコンテナ。その下に円形の空間が広がり、それは異次元空間は旅していった。


「グオォォォ!」


再び頭を振り回す動きを見せたレギオン。それと同時にコンテナがレギオンから少し離れたところに転送されてきた事も確認する。


「ニアピンにもなってねーぞ!」


「限界超えたんですから褒めてくださいよぉ〜」


普通なら落ちていくのを眺めているしかない最悪の状況だが、飛彩は諦めない。


「はっ、そうだな! さすがは俺の後輩だ!」


頭を振り回すレギオンの勢いを利用し、空中に飛び出す。しかし、想像以上の速度で吹き飛んでいったこともあり、飛彩はコンテナに直撃した。


「ぐおっ!?」


 生体認証で解除されるロック。コンテナが勢いよく開き、巨大な剣が飛び出してきた。


「相変わらず重いな!」


コンテナを足場にして蹴り込み、レギオンめがけて射出された剣を掴む。


「対カイザー級特殊装備! バスターチェーンソー!」


巨大な剣。さらに刃は回転する鋭利な牙のような物が取り付けられている。

これならばどんなに厚い鱗でも両断出来そうだ。ただ、残念なことに高度は落ちていた。脳を突き刺してトドメを刺す作戦は霧散していく。


「手土産無しで下に降りるのも情けねぇからなっ!」


 そのままレギオンの胸部へとチェーンソーを突き刺した。深々と突き刺さる刀身は、鱗を突き抜け、肉にまで刺さったことを告げる。

これなら斬れる、と飛彩は直感した。殺せないならば一番ダメージを与える方法に切り替える、と冷静に状況を読んだ。


「引き裂いてやるよぉ!」


 肉を断ちながら勢いよく下降していく。


落下のエネルギーを全て斬り裂くことに使用し、さらに自分自身への落下ダメージも最低限に出来るはずだと飛彩は踏んでいた。

未知の痛みに悲痛な叫びをあげるレギオン、その咆哮は攻撃も同然だった。


それでも飛彩は攻撃することしか考えていない。いくら身を捩られようとも、剣を握る手を離すことはない。


「相変わらず無茶苦茶ね……!」


呆れる蘭華と同じ心境の隊員は多い。明らかに常人離れした行動は奇行と見られ、憧れられることはない。


「最大回転だ!」


 すでに右足まで大きく斬り裂いている。噴き出す血が消し炭になった森に潤いを与えた。

何が起こっているのか分からない様子のレギオンは異世から出たところから一歩も動けていない。


足止めとしては最高の成績。だが、飛彩はそれで満足する男ではない。

飛彩自身も身を曲げて、レギオンを切り裂きながら回り込んでいく。


 カイザー級を相手取る上で、足元にいるのは最大の危険を孕む。

ただの踏みつける行為も圧倒的質量の前に必殺の一撃へと変わるからだ。

にもかかわらず、飛彩に撤退の文字はなかった。レギオンの踵に向かって斬り裂き続ける。


「ここだっ!」


 振り抜いた上で一度レギオンから離れる。

すでに落下の勢いは消えており、問題なく地面に着地した。


そのまま飛彩は大剣を振り回しながら、右足の踵より上の部分を大きく削ぎ落とした。

たまらずレギオンは右足を上げ、飛彩を潰しにかかる。


「一本じゃ満足出来ねーんだわ!」


そのまま左足目掛けて駆け出す。

レギオンは踏みつけることも叶わず、その場で足踏みしたに過ぎなかった。

しかも、それによる風圧で飛彩を加速させてしまう。


敵に送られた塩を使い、退却と同時に左足の踵近くを大きく斬り裂いた。


「グギュウゥゥゥゥゥ?!」


 誘導区域を埋め尽くす怪獣の悲鳴。

飛彩が注目を一手に引き受けているが故に被害は今のところ少なく、攻勢であることは間違いなかった。

蘭華も炸裂弾を飛彩が斬り裂いた傷口に撃ち込み、体内から爆発させる。

大きく後退したレギオンは飛彩の逃げる隙を作ってしまった。


「飛彩! もういいわよね?」


「あぁ!?」


「もう! いいわよね!」


 凄まじい剣幕、レギオン以上の視線を感じた飛彩は部隊が展開された場所へと走り去る。

他の部隊も援護してくれてはいるが、中々退却しない飛彩を疎ましく思いかけていたようだ。


「さすがです飛彩さん〜、ぱちぱちぱちぃ〜」


「それは結果論だから! 死んじゃったらどうするのよ!」


「うっせーな。お前はオカンか?」


 敵の肉を削ぎ落としまくった大剣を地面に突き刺し、一息着く。


「はぁ〜、何分経った?」


「三分よ」


 希望の到着はまだまだ遠い。力なき存在が地獄にいるにはあまりにも長い時間である。

敵の状態は視界不良と移動力の低下。悲鳴や怯みはしたものの、息絶えるのには程遠い。


「グオォォォォ……!!!!」


大量にいる兵士の中で飛彩の方向へ潰れた目を向ける。唯一敵と認めた存在だからだろうか。

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