一騎当千が如く

「異世にはよぉ……あんな怪物がうようよいるんだよなぁ」


 補給物資から弾薬を回収して、携帯食料を口に詰め込んで行く。

蘭華はライフルで牽制し続けていたが、レギオンは痛みを堪えながら歩み始めた。


「俺らと同じくらいのデカさで、あんな怪獣をワンパンで殺すやつがいるんだぜ」


「はぁ? それ今する話?」


「いつか観光でもしてぇもんだよな〜」


 用意が終わり、レギオンを睨むように立ち上がる。飛彩の眼光が潰れた眼と火花を散らした。


「こんな時に、何言ってんの?」


「そん時は一緒に行くか? 蘭華?」


「はっ、はぁぁぁぁぁ!?」


 戦いの中で戦いを忘れ、バイザー越しでも分かるくらいに赤面する。せっかくの精密射撃も大きく手元が狂った。


「ふっ、ふふふふふ、二人っきり!? だったらまあ、考えてあげなくもないけど……」


「そうだ、カクリも行くか?」


「え〜、いいんですかぁ〜?」


 天然ジゴロというキャラでもないのにニヤリと笑う飛彩。いつもは見せない豪胆さで大剣を担ぐ。蘭華は無言で飛彩を殴りつけた。乙女心を弄んだわりには軽い判決だ。

しかし、飛彩はそれを意に介さないまま、表情をさらに険しくさせる。


「蘭華、このコンテナどもビークルモードにして、移動し続けろ」


「え?」


「他の連中も補給が欲しくなってる頃だ。それに一箇所に留まり続けるのは危険だしな」


急に真剣な声音になるものだから殴っていたことを申し訳なく思ってしまったが、飛彩が変なことを言うからだ、とすぐに罪の意識は消えた。


「えぇ、分かったわ」


「さぁて、そろそろお前もやる気だろ?」


野生の世界において、一つの感覚だけに頼っていることは少ない。

潰れた目を補うように、他の感覚にレギオンは集中力を注いでいたのだ。


「テメェを倒せなきゃ、俺はヒーローになれねぇ! こんなとこで立ち止まってられるかよ!」


痛みを無視したレギオンは進撃を開始した。飛彩もまた過度な活躍を目指す。

残り、二分三十秒。


 無理をするなと酸っぱく言われていたが、飛彩は結局飛び出して行った。

蘭華も補給物資の入ったコンテナをビークルモードに変形させ、移動拠点として行動を開始する。

飛彩の独断行動は止めたかったが、レギオンが意識しているのは現状飛彩ただ一人、遠くから狙い撃っていた蘭華にもそれは感じられていた。


飛彩を危険な死地に送ることはしたくないが、付いていけば確実に足手まといな上に共倒れになる。


「飛彩、信じてるよ!」


「はっ……お前の信頼を裏切ったことがあるか?」


「よく言うわっ」


 悲鳴ごと命を踏み潰しながら歩いていたレギオンは、足の痛みに喘いだようで巨大な羽を広げ空へ登って行く。

この巨大な怪獣は飛行性が高いわけではない。

どちらかと言うと、旋風を巻き起こし炎のブレスの威力を底上げに使われることが常だ。少しだけ浮き上がったレギオンは少しずつだが高度を上げ始める。


「旋風と一緒に広範囲のブレスを撃たれたら俺たちは全滅する! 全チーム、羽を狙うぞ!」


一斉射撃は足元から翼膜へと移った。轟音と爆煙が空中を覆って行く。

一番のベテラン隊員は全弾撃ち尽くす覚悟で放て、と声高に命令した。


だが、レギオン全てが同一個体というわけではない。同じゴーガ・レギオンとはいえ、個体差も攻撃性能にも違いがある。


「ガァァァァァァァァァァ!」


 もはやそれは災害だった。レギオンの羽ばたきから打ち出された旋風は渦を巻き、龍のように荒れ狂う竜巻へと変わる。

弾は当たるどころか跳ね返され、隊員たちはその場で踏ん張ることを余儀なくされた。


この時は本部にも激震が走り、竜巻を巻き起こす個体がいるなんて、と科学班が慌てふためいている。現場は自分の声すら聞こえないほどの風を浴びせられ、強制停止と行っても過言ではなかった。


 増幅する竜巻の勢いは抗うことの出来ない自然災害と同義である。

次々と武器を落とし、吹き飛んでいくで行く隊員たち。蘭華もビークルを動かせず、近くでうずくまるしか出来なかった。さらにそこでレギオンの口がくすぶり始めた。


「嘘でしょ! この状態でブレスも!?」


その場の全員が死を予感する中、ただの一人だけが突き進んでいた。このゴーガ・レギオンの個体は、目より耳に、つまり音に優れた個体だった。


自分の暴風を遮断しつつも、小さな人間たちの音を聞き分ける特殊な耳部を持つ。


故に自分に向かって何かがやってくる、という違和感にすぐ気づいた。自分と同じ大きさの敵をも封じることが出来る誉ある奥義。

にもかかわらず、走り寄ってくる小さき者がいるのか、と風を一時解除して耳を済ます。


そこで聞こえてきたのは超高速の回転音。薄々感づいてはいたが、自分の身体を縦横無尽に切り刻んだ奴だとレギオンは察した。


「グルォオオオォオオオオオオ!!!」


 最大限の威嚇を飛ばす。だが、そんなものに意味はない。超高速回転する刃を振るう飛彩は、気迫において完全にレギオンを上回っていた。


「見下ろしてんじゃねえぇぇぇ!」


注入インジェクション!』


 すでに四肢のアーマーに取り付けていた薬剤が一気に注がれ、影を光り輝かせる。


まずは右足。さらに間髪入れず左足。一時的に与えられた世界展開リアライズが人間離れし跳躍を披露した。


「一日一本って決まりだったか? まあ、今はどうだっていい!」


大きく振りかぶったバスターチェーンソーは空を裂くほどに回転している。

耳鳴りが止まない蘭華は視界からの情報で全てを理解した。


「あのチェーンソーで風を斬りながら進んでたの!?」


風を断ち、自分の勢いを殺さぬまま突き進むなど、誰が思いつくのだろうか。

そして飛彩は自分の足元へチェーンソーを向ける形で、足の甲を貫いた。強固な鱗もまるで役に立たない。傷口を抉るように弄くり回し、地面に縫い付けるように力を込めた。


「ギャオオォォォ!?」


 片膝を着く形で着陸したレギオン。

数メートルしか浮かんでいなかったにも関わらず、広がった砂煙が、侵略者の質量を物語る。

獅子奮迅の活躍を見せるが飛彩の狙いは、ただ地面に落とすことではない。


永遠に地面に縫い付けることだ。敵の作り出した一瞬の隙を見逃さず、地面に擦れていた翼膜まで駆け抜ける。

だが、レギオンも防戦一方というわけではない。自分の身を焼くことも気にせず足元へ炎のブレスを吹きかけた。


「チィッ!」


 突き出すチェーンソーで翼膜を突き抜ける。それが防御壁となり炎のブレスすらも防ぎきった。

流石に炎のブレスを吐くだけあって耐火性能が高い。九死に一生を得ても飛彩は休みもせず次の攻撃を繰り出した。


レギオンは羽を広げ、すかさずブレスを吐こうとするが、もはやそこに飛彩はいない。


「ここだぜっ!」


背中と翼のつなぎ目に突き立てられたチェーンソーが唸り声をあげて回転する。


「高ぇ武器なんざ知ったことか!」


武器も悲鳴をあげ、全体が軋み、限界が近いことを物語っている。


「始末書も! 説教もどうでもいい!」


 この勢いなら翼を両断できる。誰しもがそう思った。援護することも忘れて、スポーツの決勝戦を眺めるように呆けてしまった。


「テメェを! 絶対にぶっ殺す!」


注入インジェクション!』


 両腕に注入されていく薬品に呼応するようにして、回転するチェーンソーの刃は翼膜を斬り刻んで進んでいく。


これ以上近づけばレギオンも迂闊にブレスは吐けない。


「俺が……俺はヒーローだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 その時、光の柱が砕け散り、川のように流れていた闇が押し返されていった。守る期限の六分が終わりを告げたのだ。



「最強! 無敵! アイム ア ミスタ〜〜〜〜〜〜〜! ジーニアス!」


「キラキラ未来は私が決める! 聖なる世界へ! ホーリィ〜! フォーチュン!」



 三次元的に広がっていくヒーローの世界展開。

ホーリーフォーチュンのファンシーな星空が空に広がり、地面にはジーニアスの戦いやすい開けた空間が作り上げられていく。


重なっている現実世界は一時的に消えたかのように世界展開に重なって消えた。

背後に感じるとてつもなく大きな安心感。その安堵の空気感が飛彩の攻撃は止めた。


ヒーローが出た時点で撤退するのが護利隊のルールではあるが、それに従ったわけではない。先ほどまで一身に戦いを背負っていた飛彩から、期待の視線が移る。


自らに色々と乗っていた「何か」が消えたことを悟った飛彩は、武器を落とし、そのまま力なく落下していく。

今の今まで切り結んでいたレギオンも羽根など気にせず、ヒーローを睨む。


「……は?」


終わったのだ。飛彩の戦いは。出番は。


「何でだよ……何でだよ!」


落ちた地面で痛みも気にせず、戦いを睨んだ。一歩間違えれば踏み殺されるような場所に蘭華が急行する。


「さっきまで、俺を見てたじゃねぇか! 俺に全てを賭けてくれてたじゃねぇか!」


近くにあった石をレギオンに投げつける。とにかく手当たり次第に怒りをぶつけた。


「テメェだって俺を永遠のライバルみてえな眼ぇして睨んでたじゃねーか!」


 ヒーローとレギオンの戦いは、飛彩と違い、真っ向勝負でド派手な画面映えするものだ。

カメラの向こうのお茶の間ではさぞ盛り上がっていることだろう。

そう、誰も飛彩の活躍を知らない、見ない、気付かれもしない、感謝もされない。


 高揚していた戦意が抜けた後に残った絶望。出口の見えないトンネル。

ヒーローと飛彩は違う、その違いが飛彩自身には全くわかっていない。


 戦闘力も引けをとらない自分が、何故敗者のように横たわらなければならないのか。

所詮は一兵卒、認めたくない現実が飛彩に重くのしかかった。


 それだけが原因じゃないと分かりつつも、答えは分からない。

飛彩は、これより先のこと、どうやって決着がついたのかを……何も記憶できなかった。

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