消えた飛彩

「あー、話し過ぎて疲れちゃった」


「お見舞いに来たのに申し訳ありません。そろそろお暇しましょうか」


「隠雅飛彩は幸せ者だ。貴方達のような見目麗しい方々に想われているのだから」


「春嶺も十分可愛いでしょ。飛彩狙ったら承知しな……っていうか飛彩はお見舞いに来た?」


 入院日数が少なかった蘭華のお見舞いに来れなかったのは仕方ないとしてもカクリの病室には来ていただろうと話を振るが、首を横に振られてしまった。


「もしかしてあの暴走が原因で監禁されているとか?」


「いや、それはないってメイさんが言ってた……でもまあ対外的に謹慎とかにはなってるかも?」


 学校を休んでいたこともあり、今も能力の解明に駆り出されているのかもしれないと推察した一同だったが、あの暴走振りを体感したホリィ以外の三人は幾ばくか緊張を覚えてしまう。


「大丈夫……明日、私が飛彩の部屋行ってみるから」


 ずるいと反対意見を述べようとするも、カクリや春嶺に緊張が走っている様子からホリィも口を噤む。


 帰宅する前に戦闘記録を確認しようと考えさせられるほどだ。


「まあ、あいつのことだから顔合わせ辛いとか思ってるんでしょーけど」


 入院や事後処理で会えないのも仕方ないとは覚悟していたが、嫌な予感はそれだけではない。


 メイが問題ないと言っていても暴走による危険性がある以上、何らかの処置があったはずだ。


 いろいろ思うところはある少女達は自分たちは気にしていないし、これからもいつも通り一緒にいたいという慎ましやかな願いをぶつけたいだけなのである。


「勝手に距離を置かせるようなことは絶対させないんだから」


 カクリや春嶺の無事も確認できた女子会が解散された後。


 蘭華は暗くなった夜道を歩きながら明日訪れるのではなく、今飛彩の部屋に突撃してみようと考えを改めた。


 粗暴な飛彩ではあるが、うじうじと悩む癖があると読み切っていた蘭華は今こそ優しく包み込むべきだと下心も覗かせつつ帰路を歩いていた。


「私もカクリも隣で戦えるってこと、教えてあげるからね」


 マンションの中に入り、エレベーターが静かな起動音を上げる。


 飛彩と蘭華の部屋は隣同士なのでその実家に帰るように寄れるのだ。


 蘭華自身家に戻ってくるのは久しぶりだったので飛彩が謹慎しているかどうかも把握していない。


「飛彩ー、いるの?」


 ドアをノックし、迷惑を顧みずインターホンを連打する。


 寝ていたら反応しないことが常なので蘭華は作戦をいつも通りのものに切り替える。


「怒んないでよねー」


 自室に入り、制服が汚れることも厭わずベランダ越しに飛彩の部屋へ侵入する蘭華は人気のない閑散とした部屋に気づく。


「あれ?」


 蘭華と同じく数日間家を空けているような物の散らかり具合に嫌な予感が過ぎる。


 電気は消えており、水道が使われた形跡もこの数日間はなく部屋は乾ききっている。


「飛彩? 勝手に入っちゃったけど、いる……?」


 控えめに声をかけても部屋の中を声が反響するだけだった。暗い部屋をくまなく探しても飛彩はいない。


「……謹慎じゃあ、ない?」


 目を覚ました時に飛彩のことをメイへ訊いた時は、処罰などが下されていないと聞かされ安心してしまい詳しくは問いただすことはしなかった。


 しかし蘭華の飛彩への気持ちを知っているメイならば隠し事をせず包み隠さず教えてくれているだろう。


「もし、メイさんが教えてくれなかったんじゃなくて知らないんだとしたら……」


 嫌な予感を覚えるよりも蘭華は早く部屋を飛び出した。


 同時に連絡を入れるはメイではなく司令官である黒斗。


「ヒーロー本部はこの一件で汚点がある。強気には出てこない……だとしたら黒斗司令官なら何か!」


 本部へと走りながら連絡を入れるが一向に電話の向こうの相手が応じる気配はない。


 司令官の立場ゆえに多忙なことは理解できるが、なぜ今出ないんだと感情は反感を覚える。


「もう! いつも座ってるだけでしょあの人!」


  愚痴をこぼしながら夜の街を走り抜ける蘭華は恨み言を夜空に放ちながらぐんぐんと進んでいった。





 飛彩が行方不明になっている、とメイですら騒然となった頃。


 飛彩は特殊部隊の車両に揺られて西へ向かっていた。


「悪いな黒斗、最後までわがままばっかりでよ」


「……今に始まったことではない」


 本来ならば隊員同士が向かい合って座る後部座席部分も大量の武装が積まれている。


 狭そうに座れる場所へとかろうじて腰を落ち着けている飛彩と黒斗。


 車が振動するたびにガチャガチャとした音を立てて雑然と武装がコンテナに入っているのが想像出来る。


「待ってろよ。皆……」


 犯した不始末を真摯に受け止めていた飛彩は心の紆余曲折を経て、一つの結論に辿りついていた。




「正気か飛彩!」


 時は少しだけ遡る。


 春嶺との戦いが終わるやいなや、飛彩は黒斗と本部の司令室で対峙していた。


「ああ。二言はねぇ。異世に奪われた領地へ攻め込む」


「待て……待て待て落ち着け」


 予想だにしていない言葉に黒斗は頭を悩ませる。


 飛彩の性格上、大切な仲間を傷つけてしまったことを引きずるとは思っていたが予想の遥か上をいく責任の取り方に呆れることしかできない。


「許可など出来るわけがないだろう! 異世化している場所に乗り込むなど!」


「そこなら年がら年中、次元の裂け目が出来てる。だったらこっちから異世に入るのも可能なはずだろ」

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