援護役の本領

「ウオォォォォォォォ!」


 四足歩行で春嶺へ追撃を仕掛ける姿はまさに猛獣。


 跳弾で近距離にも対応できるとはいえ、縦横無尽な飛彩の動きを捌きながら未来を予測して跳弾を放つというのは、流石の春嶺といえど限界のようだ。


「ぐぅっ!?」


 今のところ紙一重で攻撃は避けているが、かすり傷がどんどん増えていく。


「——展開出しながら戦うのは苦手なんだけど」


「消エロォォォォォォォォォォォォォォォ!」


 大振りな爪撃を躱し、飛彩の背中に銃口を突きつけた春嶺だったが完全に打つ手を誤った。


 地面に掌をめり込ませた飛彩は前転の要領で、宙を歩いていた両足を春嶺の両腕へと叩きつける。


「しまっ……」


 銃が金属音を立てて地面に投げ出される。


 素早く起き上がった飛彩は右足の横蹴りで春嶺の腹部を岸刺しにしようとするが、空を蹴って背後からの銃弾を躱す。


「飛彩、やりすぎよ」


 ゆっくりと蘭華を司会の捉えた飛彩はそこで始めて攻撃の手を止めた。

 

 口を噤む飛彩とは対照的に春嶺は肩で息をしながら蘭華へと言葉を漏らした。


「……なんで助けたの?」


「目の前で死なれたら夢見悪いでしょ? 負けそうなら逃げたら? 飛彩のことは私がなんとかするから」


 先ほどまで命のやり取りをしていた相手にも関わらず当たり前に助けた蘭華のことを春嶺は信じられない者を見たかのように見つめ続けた。


 蘭華は茫然と立ち尽くす飛彩の後ろから抱きついて何度も名前を叫ぶ。


 心なしか飛彩の獣性が静まってきたようにも見えた。


 春嶺はそこに互いの信頼というものを見出す。


 命令に従い戦い続けている自分より輝いてみえる、と視えすぎてしまう目を手で覆った。



「何をしている、春嶺」



 羨望に浸った瞬間、冷たい英人の声音が春嶺を現実に引き戻した。


 自分は彼のためだけに戦う、そう誓った過去の記憶も引き連れて。


「春嶺、今じゃないか。あの女ごと撃ってしまえ」


「し、しかし!」


「——はぁ……今日の春嶺は反論が多いなぁ。いつもはもっと従順じゃないか」


 今までも春嶺はどんなこんな任務も潜り抜けてきた。だがそれはあくまでもヴィランが相手なのだ。

 研究のために人の命を奪えという今までにない指令は春嶺の心を困惑させるのに十分すぎた。


「メンタルも弄ればよかったかなぁ?」


「え、英人局長?」


「ま、僕が出るから問題ないか」


 その意味を問いただそうとした瞬間。


 春嶺はその場で気を失ったかのように視線を落とした。


 そのまま太腿に取り付けられていたハンドガンを飛彩たちへと乱射する。


「グアァァ!」


「きゃっ!?」


 蘭華を振り払い、波動を全て弾く。


 その様子を見上げた蘭華は余計なことをするなと声を荒らげそうになったが、すぐに言葉を失った。


「春嶺、君の身体……借りるよ?」


 マリオネットのように力なく動く春嶺が何者かに遠隔で操られているというのは火を見るより明らかだった。


 それが春嶺の言う「局長」なる人物であるとも直感できる。


「ここからが本当のメガフルオートさ!」


 頭上に浮かび上がる天使のような輪が春嶺の頭上へ重なり合う様に浮かび上がる。


 それは大きさを一気に収縮させ、右目へスコープの役割を果たすようにかぶさった。


「二人とも被験体にしよう!」


 歪んだ笑みすら春嶺へと移ってしまう。


 その悪意に反応するように飛彩も怒りの表情へ再び顔をしかめた。


「飛彩! もうやめて! あの子を襲っちゃだめ!」


「ウオォォォォォォォォォ!」


 再び戦闘本能に取り込まれた飛彩を止める手立ては存在しなかった。


 対する春嶺の周りには数台のドローンカメラが飛来し、状況を逐次英人へと繋いでいる。


跳弾響ブラッドバレットのもう一つの能力……僕の謹製、遠隔操作機能だ! 最強の春嶺の力を最高の頭脳を持つ僕が操る! もはや君の力も恐れるに足らんよ!」


 煽るようにドローンに取り付けられていたスピーカーが英人の声を飛彩や蘭華たちの耳に届ける。


 再び始まった一進一退の攻防を目の当たりにした蘭華は、悔しそうに唇を噛んだ。


「何よそれ……危険な目は部下に任せて、自分だけ安全なところに隠れるって?」


 もはや意識を失い、望まぬ戦いを強いられている飛彩と春嶺。

 

 操り人形のようにして戦い続ける二人を止めようと立ち上がった瞬間、黒斗をはじめとする司令部から通信が入る。


「蘭華、いくらカクリとの連携が出来るからと言ってこれ以上は無理だ。レスキューワールドに応援を要請する。他のヒーローの展開があればおそらく変身出来るはず……」


「——それって助けに来たヒーローが変身し終わるまであの二人が戦い続けるかどうかに賭けるってことですか?」


 それしか打つ手がないといった様子の黒斗から小さく息が漏れる。


 司令官としても不本意だということは蘭華にも伝わった。


「カクリ、いる?」


「はい」


「まだやれそう?」


 一切諦めない姿勢の蘭華にカクリは強く頷くも、黒斗がそれを制させた。

端から見れば自殺行為で間違いない。


「蘭華、何を考えて……」


「止めないでください。私の仕事はヒーローを守ること」


 決意を固めた蘭華は転がっていた自分の自動小銃を拾い上げ、壊れかけた強化パーツを外していく。


「あの二人のヒーローを守ります。私も護利隊の一員ですから!」


 常に安全に危険な挑戦だが、それを後押しするように司令室へ入ってきたメイが朗報を告げる。


「よく言ったわ。その覚悟があるなら、貴方にこれを託せる」


 カクリの作り上げた異空間を通じて一本のインジェクターが蘭華の手元へと落ちてきた。


 いつものインジェクターとは違い、澄んだ青色で中の液体は宝石のように輝いている。


「濃縮したヒーローたちの展開力を封じ込めたものよ。これを飛彩に注入すれば、今発動している右足の展開を邪魔できるはず」


「さすがメイさん!」


 未だに熾烈な争いを繰り広げている飛彩たちを見据え、蘭華はインジェクターを強く握りしめた。


「私はずっと守られる立場だと思ってたけど……それは違う! 私も飛彩の隣に並んで戦えるように!」


「一人じゃ戦えなくても……カクリも力になりたいんです!」


 戦いの渦へと身を投じる蘭華をドローンカメラの映像越しに見つめるメイ。


 荒れ狂う厄災に対し、貧弱な意志を持つものなどここにはいない、と強い眼差しを応援として送り続けた。


「飛彩、今君に必要なのは力でも何でもない。隣にいてくれる仲間の存在を自覚することよ。誰も彼も貴方が守らなくていいの。皆貴方が思っているより、ずっと強いんだから」




 その願いとは裏腹に、飛彩は荒れ狂う戦いを続けている。

 自我は消え去り命を引き裂く衝動だけに突き動かされていた。


「ははっ! 素晴らしい! 春嶺を操る私の反応速度は人間を遥かに上回っているというのに!」


 一人地下室に残る英人はロボットのコックピットに乗り込むが如く、操縦席で三人称視点で春嶺を操っていた。


「ますます君が欲しくなった!」


 ドローンカメラにより死角のなくなった上に、プログラムで導き出される跳弾の最適解。


 春嶺の能力は英人によって大きく引き出されていると言えよう。


「だが! 右足以外は所詮生身! 撃ち抜かれて地面を這うがいい!」


「やらせない!」


 まず蘭華が行ったのはドローンカメラの撤去。


 小銃で次々とカメラを破壊し、目をつぶしていく。

 だが、飛彩が開けた穴からドローンカメラは無尽蔵に湧いて出た。


 ヒーロー本部の潤沢な資金に歯噛みする蘭華は弾切れになる恐れから次の手を考える。


「蘭華さん、私が物資を送れば……」


「カクリ、局所的にとはいえアンタはかなり能力を使ってる。援軍も補給物資もダメ。次能力を使うときは勝負を決める時よ」


 その覚悟に気圧されるカクリ。実際に蘭華は跳弾と赤き閃光が入り乱れる危険地帯へと身を投じる。


「たしかに私は力じゃ敵わない……だから頭使うのが援護役のやり方でしょ!」


 カクリが何度も止めようと声をあげるが、蘭華の覚悟が揺らぐことはなかった。


「目障りな羽虫め! 私の戦いを邪魔するな!」


 跳弾しない直線の波動が蘭華へと迫る。


 世界展開リアライズによる波動はカクリの能力で飛ばすことは出来ない。


「ナメないでよね!」


 すでに前方へと投げ込んでいた爆弾が地面を砕き、地表を盛り上げる。


 誕生した壁を回り込むように蘭華は駆け抜けた。

 春嶺の放った波動は盛り上がった地表を砕いて何処かへ飛んでいく。


「アンタより春嶺の方が強かったわ!」


「……なんだと? 貴様、聞き捨てならんな!」


 簡単に挑発に乗った英人は二丁拳銃のうちの一つを蘭華へと乱射する。

 飛彩への牽制も考えての選択だが、それがどれほど愚かしいものかプライドの高い英人には分かっていなかった。


「二丁の攻撃量に慣れた飛彩のこと、ナメてない?」


 不適な笑い声にハッとさせられた英人が春嶺を操縦し、飛彩に目を向けるとすでに目前へと迫って右足を振り上げていた。


「ウォォォォォォ!」


「くそっ!」


 すぐさま飛彩へと視線を戻し、波動の出力を上げて攻撃する英人。

 飛彩がその攻撃に怯もうが、当たらなかろうが関係ない。その攻撃の反動で後ろに下がり距離を取るためだ。


「ほら、簡単に引っかかった。アンタ本当に頭良いの?」


 その嘲笑へと視線を切ると、スタンバトンを構える蘭華が向かってきていた。

 宙に跳ぶことで反動による高速移動を叶えていた英人だが、急な方向転換は不可能な状況へと追い詰められている。


 二丁の攻撃をやめれば間違いなく飛彩に追いつかれてしまう上に回避移動の勢いが失速してしまうからだ。


 飛彩に倒されないようにするにはこのまま二丁の波動で移動するしかない。

 だが、それを続ければ背後で待ち構えている蘭華に電流を打ち込まれることになる。


 回避の方向を変える一瞬の隙を稼がせない飛彩の猛攻はさらに速度を増した。


 戦いの中で掌の上で踊らされたような感覚に英人の顔の歪みが春嶺にも伝播した。


「この私を、コケにしたなぁ……!」


「安全なとこで機械いじりしてるアンタより実戦慣れしてるに決まってるじゃない。勉強しか出来ないタイプでしょ、アンタ?」


 さらに煽る蘭華は飛彩と挟撃するように春嶺へと進んでいく。

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