第2部 4章 〜虐殺ノ王〜

新たな目覚め

 その数分前。



 地下で飛彩の移送準備を始めていた英人はわざとらしく変身した春嶺の様子を飛彩にも見せていた。


 一通りの準備が終わったことと、春嶺が変身したことで自分たちの完全な勝利を確信したのだろう。


「見ろ、君のお仲間も少しは出来たようだが……」


「なっ!? ら、蘭華!?」


 先遣隊に不適切な人物であることから、カクリの能力で転送されてきたことに得心はついたものの自殺行為にも近い行いに飛彩は歯噛みする。


「いつでも守ってやれるわけじゃねぇんだぞ……?」

 

「ははは! 怒れ! 悲しめ! 感情を昂らせろ! それがいいデータになる!」


 目の当たりに影を落とし俯いた飛彩の顔を覗き込むように英人が近づく。


 こうしている間も左腕の情報は計器へと反映され、能力の解明へと近づいてしまっている。


「……殺すぞ?」


「はぁ?」


「ぶち殺すぞ、テメェ!」


「はっ! 左腕を折られ、囚われの身になった君に何ができるんだよぉ!」


 嘲笑うように向けられた拳が飛彩の右頬へ打ち付けられた。


 ただの研究者にしては鍛え上げられた英人の拳は、飛彩の頬に鈍痛として残る。


 もはや能力は畏怖の対象でなくなったと考えている飛彩は都合よくも自身の能力に発動してくれと願い続けていた。


 切り抜けるには間違いなく封印されていた左腕(オリジンズ・ドミネーション)が必要となる。



(力を貸しやがれ……蘭華を死なせるわけにはいかねぇんだ!)



 叫びは心の中で何度も行われた。左腕を見つめて懇願するように意識を研ぎ澄ませていく。


「諦めなよ!」


「かはっ!?」


 再びの殴打は何度も行われた。

 英人はもちろん心を折って自分の研究をやりやすくすることしか考えていない。


 嗜虐的な笑みを浮かべる英人は反抗できない相手へ攻撃するのが至福の時と言わんばかりに飛彩を殴り続けた。





 その時、揺れた脳が真っ暗な部屋の角へと視線を向けさせた。

 さらにそこから感じる視線が頬の痛みを忘れさせるほどの恐怖として飛彩を撫でた。


「——こいつらじゃなかったのか」


 だが、飛彩には全て納得できた。

 確かに飛彩を春嶺はマークしていたが、四六時中というわけではない。

 さらに能力の代償が見せる幻というわけでもない。



 ずっと身体の、そして魂の奥底から「それ」は飛彩を呼んでいたのだ。



 飛彩の懇願に、恐怖に呼応して現れた『それ』は飛彩の無力を消すために現れた。


 心の奥底にあった願望が形作られたものなのかは分からない。


 ただ『それ』は飛彩に何も感じさせないために現れたのだ。


 蘭華の窮地が飛彩の中を漂っていた『それ』を完全に目覚めさせた。


 自らを蝕んでいた恐怖に向き合った飛彩は諦めるように、闇から覗く赤い眼光にその身を委ねる。


「どうなろうと構わねぇ……蘭華を救えるのなら」



「まだおしゃべり出来るのか?」


「うるせぇな……死にたくなけりゃあ失せろ」


「はぁ……?」


 恐怖の本質を知りながらも、それを受け入れた飛彩は真紅の展開を身体から発して繋がれた管や拘束具などを吹き飛ばして解き放たれた。


「なっ!? なんだこれは! こんなもの報告には……!」


「俺の仲間に手ぇ出したんだ……タダで済むと思うんじゃねぇぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 紅く光る眼光と共に天井へと飛んだ飛彩は右足を天井に叩きつけ、何度も何度も蹴り上げていった。


「な、何だあれは……!?」


 地上を目指す飛彩は英人には目もくれず天井を蹴り進んでいく。

 目覚めさせてはいけないものを復活させた、ただそれだけが英人の思考を席巻した。






 そして現在に至る。


 春嶺と蘭華に挟まれる位置に現れた飛彩は紅いオーラを纏い、誰が見ても正気を失っているということがわかる赤い眼光をしていた。


封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーションじゃない?」


 現れた飛彩の左腕は何の装甲も纏っていない。

 迸るオーラの発生源は真紅の装甲を装備した右足。


 新たに目覚めた展開だということは一目瞭然だが、一人の人物が何個も世界展開リアライズを保持した例など存在しない。


 その事実は蘭華だけでなく春嶺をも震え上がらせた。


 ヒーローからはかけ離れた風貌となった飛彩は機械的なフォルムとなった右足に力を込めて春嶺へと飛びかかった。


 折れた腕で攻撃する飛彩の気迫に春嶺は回避を強いられてしまう。


 後方へ回避した相手へとすかさず紅脚を突き立てる。


 波動を放ち、空中で軌道を変えた春嶺は槍のような一撃をからくも躱しきる。


「いい加減にして!」


 避けるために放っていた波動すら跳弾させ、飛彩の背後へと迫らせていた。


 蘭華の叫びよりも早くその場で後ろ回し蹴りを披露した飛彩は、波動を打ち返して辺りの廃墟を瓦礫へと変えた。


「化物……!」


「マ……モル……オレガァ!」


 身体を包んでいた真紅のオーラは沸騰しているように波立っていた。


 折れた腕をオーラで固定した飛彩は再び右足を起点に春嶺を強襲する。


「私は局長の最高傑作……獣なんかには負けられない!」


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」


 一斉射撃で飛彩の逃げ場すら奪う春嶺に対し、蹴り上げた右脚が波動をかき消していく。


 凄まじい膂力に呼応して、春嶺も能力を最大限に発揮して波動を連射する。


 長い銃身が光るリボルバー 、さらにそれを二丁拳銃に切り替えた春嶺と飛彩の速度は全くの互角だった。


「飛彩! 何やってんのよ! 落ち着いて!」


 右肩の痛みを振り切って飛彩に駆け寄ろうとする蘭華だが、熾烈を極める戦いに割って入ることすら出来ず尻餅をつかされる。

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