それ

「くうっ!?」


「蘭華さん! 大丈夫ですか!?」


「なんとかね……でも結構やられちゃったわ……」


 咄嗟にカクリはがランカをワープさせたが、裂け目に消えるよりも早く衝撃が飛来したのだ。


 蘭華の右上半身を覆っていたスーツはボロボロに破れて、柔肌を覗かせてしまっている。


 右腕の感覚は消え失せ、銃を握ることも出来ない。

 さらに急なワープだったためか着陸地点が開けた場所しか選べず、春嶺にも捕捉される位置となってしまっていた。


「もうおしまい。貴方がワープで消えるよりも先に、撃ち殺せるから」


「どうかしら? ワープさせるのは貴方かもしれないわよ?」


 世界展開リアライズを持つものは、飛彩を除いてカクリの異空間を歩くことは出来ない。

 つまりハッタリである。それにワープされながらも春嶺ならば跳弾を用いて、蘭華を射抜くことなど赤子の手をひねるようなものだ。

 どれだけ努力を重ねても凡人では超えられない壁がある。

死の間際にそんな絶望的な感情にさせなくてもいいじゃない、と蘭華は毒づいた。


「最後に一つ聞かせてちょうだい」


「何でも答えてあげる。時間稼ぎになるからね」


 これで少しでも隙を見せてくれれば蘭華にとっては僥倖だったが、獲物を見つめる狩人の気迫は少しも揺るがない。


「ただの人間のくせに何で私に挑んだの?」


 思考力を総動員し、この場をやり過ごすことだけを考えていた蘭華は春嶺の質問を受け流そうとしていた。

 だが、春嶺の放ったこの質問だけは、真摯に向き合うべきだと感じたのだ。

これを言っておけばたとえ死んでも悔いはない、と。



「飛彩が好きだから」



「は? たった、それだけ……?」


 信じられないことを聞いた様子の春嶺は明らかに動揺していた。

すかさずカクリが正確に蘭華の手に閃光手榴弾を送り込んだ。


 それを手のひらで感じた蘭華は心の中で礼の念を抱きつつ、動揺している狙撃手相手に言葉を紡ぎ続ける。


「飛彩はいつも命懸けで私を守ってくれる。だから私も飛彩を命懸けで守る」


「た、戦いは誰かに従って行うもの! そんな感情的な……」


「悲しい女ね、アンタ」


 ありえない話だ、と春嶺は露わになった瞳を大きく見開いた。


「うるさい! お前に……私の何が分かる! 局長は私を救ってくれた! 居場所をくれた! 命を懸けるのは私だけでいい!」


 再び強く突き付けられた銃口。

 蘭華は隠し持った閃光手榴弾の安全ピンを抜こうとしたが、威圧的な狩人が震える小動物のように感じられる。


 心の内に抱えるものを推し量り、春嶺も望んで戦場に身を投じたわけじゃないのか、と勝手にシンパシーを覚える。


「違うわ。貴方は利用されてるだけ」


「うるさい!」


「邪魔になったら簡単に捨てられるわよ?」


「ありえない! 私は最高傑作なんだから!」


 揺れた感情を収めるように深呼吸を繰り返した春嶺は、不都合な現実から目を逸らすように蘭華へと強く銃口を突きつけた。


「……さよなら」


 しかし、銃弾が蘭華を襲うことはなかった。

 それを確信していた蘭華だったが、急な地震に二人は大きくバランスを崩す。


「……?」


「何か……くる?」


 鋭敏な感知能力を持つ春嶺だけが自然由来のものではないと気づいたのだ。

 遅れて蘭華も地下からの接近に気付き、地面に触れていた手のひらの感覚を研ぎ澄ませる。


「地下から何かが登って……?」


「英人局長!」


 急に春嶺が取り乱し駆け出した瞬間。




「それ」は真紅のマグマが如き光を吹き出して、地面を突き破って現れた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る