第1部 間章 〜personal information1〜

情報と経歴1

 飛彩が目を覚ます数日前。


 情報の隠匿やヒーローたちへの口封じ、飛彩の治療、諸々の後処理がひと段落ついたころ、黒斗は嬉々として開発に熱を入れるメイの研究室を訪れていた。


「入るぞ」


常に物が散乱している室内は、封印されていた左腕オリジンズ・ドミネーションに触発されてか何らかの試作品が幅を利かせていた。


「あらあら司令官、女性の部屋にノックなしかしら?」


「よく言う。モニターでここに俺が来ることは予想済みだろうに」


 くるりと椅子を回し、黒斗に向き直るメイ。


 少し前は目の下に隈を作り、せっかくの美人が形無しになっていたが今は肌つやもよく長年の悩みが解決したようなにこやかさを見せている。


「で、何の用かしら?」


「——最初に言っておくが、これは尋問でも命令でもない。ただの私個人の興味だ。裏表もない」


「ふふっ。そんな前置きしちゃって。飛彩のことが心配なんでしょ?」


「ぐっ……だ、黙れ! 私は上官として部下の情報を把握する義務が……」


 くるくると椅子を回しながら茶化すメイに対し、黒斗は頬を一瞬だけ紅潮させるも鋼の精神で平常心を取り戻す。無理やり回転椅子を止め、眼前へ書類を突きつけた。


「護利隊に飛彩が所属した時からの諸々の記録だ……で、お前はいつから知っていた?」


 部屋の空気が張り詰めたことで、メイの視線も幾許か細まる。


 先ほどまでのふざけた空気は消え去り、黒斗の眼光も眼鏡の奥で鋭さを増した。


 最初に尋問ではない、と語ったようにこれは脅迫でも何でもない。

 少なくとも黒斗はそう思っていたが、常に自身が纏う緊張感が悪い方向に行ってしまったと内心反省した。


(これでは聞くものも聞けまい……)


 と、改めて言葉を変えようとしたが、メイは耐えきれなくなったのか思いっきり吹き出して笑い始める。


「ふふっ、あはははははっ! めっちゃ飛彩の心配してるじゃん! 本当にいいお兄ちゃんだねぇ?」


「わ、笑うな!」


「はいはい、飛彩を辞めさせようとしたのもこれ以上傷つけないようにするためだったんでしょ?」


 無邪気に笑ったかと思えば、長い足を組み直して大人の余裕で微笑みかけるメイに黒斗は頭を抱える。

 特段女性経験があるわけもない司令官にとって、自分ペースに乗ってくれない相手はとにかくやりづらいようだ。


「勝手に言っていろ。とにかくお前の持っている情報を寄越せ。権限を使わないでいるうちにな」


 ここでいう権限は、全ての組織に開示するという意味も含まれていた。

 黒斗の立ち位置としてやるはずのない脅しに、メイはまたも小さく笑って知っていることを全て話すことを決める。


「聞きたいのは左腕の話でいいかしら?」


「ああ」


「じゃあ、どこから話そうかなぁ……」


 おそらくメイも全て把握しているであろう情報に軽く目を通しながら、とうとうとメイは飛彩の情報を語り出した。


 二人にとってはある程度周知の事実だったので黒斗としては前置きとして認識される。しかし、それは一枚の書類ですでに明文化されていた。


————————————————————

名前:隠雅飛彩 かくれがひいろ

所属:護利隊 司令直属班

性別:男性

身長:174cm

体重:65kg


世界展開:個人領域(パーソナルスペース)、封印されていた左腕(オリジンズドミネーション)


戦闘スタイル

小太刀二刀流、拳銃を使用したマーシャルアーツ。

インジェクターを使用した一時的な能力特化。


封印されていた左腕オリジンズドミネーションについては目下調査中。

ヴィランに対する何らかの干渉能力であると推察される。


『特記事項』

「やりたいと考えた動き」と「出来る動き」に乖離が存在しない。

凄まじい度胸によって、卓越した運動性能、いや人間の限界を引き出している。


健康診断での異常はなく、持病もない。


メモ

かつてのNO.1ヒーローが救助した少年。

その際にヒーローを死なせてしまった過去から、

代わりのヒーローにならなければ、という願望が強かった。


力を求めた結果、ひねくれた性格になってしまっていたが

その精神的弱点も大規模侵攻の際に克服した様子が見受けられる。

(未だに素直さは見受けられないものの)


言動は粗暴だが、仲間を大事にしているようで敵陣には単騎で突撃することが多い。

(これが仲間思いに紐づけられるかは分からないが……)


————————————————————

と言った報告書類は注意書きでところどころが直されていた。

黒斗やメイが熱心に飛彩の情報をアップデートしていたのが見て取れる。


「メイ、俺が欲しいのは書類を見てどうにかなる話じゃない」


 逆にこの書類に書かれていたこと全てを把握している方が気持ち悪い、と思ったがメイはその言葉を飲み込んだ。

 これを言ってしまえば面倒臭いくらい引き下がれない喧嘩になることを予感して。


「お前の思う左腕の情報と……お前がいつから知っていたかだ」


 その本題をどう話すか、頭を悩ませたメイはこれ以上のらりくらりと逃げられないことを悟った。

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