経験の差

 追い詰めている。その自負があったのにも関わらず、ホリィは緊張が解けなかった。

 さっきまで傷を負っていたにも関わらず、悠然とギャブランは語り出した。


「君の能力は私と似ている」


「何のことでしょう? 未来を決める私の能力と賭け事を一緒にしないでください」


「違う違う。私が言っているのは制約の方だ」


 その言葉にホリィの眉が少しだけ動く。ここにきて初めて動揺を見せた。


「私の能力は宣言しないと発動しない」


「——弱点をバラして大丈夫なのですか?」


「構わんさ。つまり認識し、宣言しなければ私の能力は使えない……君もそうだろう?」


「勝手に勘違いしてなさい!」


 余裕なギャブランの意図に冷静に客観視出来ていた蘭華だけが唯一気づく。

 飛彩の近くに落とされていた賭けはすでに成功していたのだ。

 それに気づかないホリィ達は、悪夢のような答えに不意打ちを受ける。


「ほら、気づいてないだろう?」


 すかさず頭上にも波動を放つが、それはいとも簡単に防がれてしまった。


「君が戦っていたのは私の分身だ。本体の私が君の能力の影響を受けなかったのが何よりの証拠だろう?」


「——っ!?」


「そういう賭けを君達が変身し終わるタイミングでやっておいたのさ」


 今までの攻勢は全て仮初めだったが、ホーリーフォーチュンの能力は分かったところでどうにもならない。未来を確定されるだけだ。


「結局、見えない未来は決められないんだ。未来は見えないからこそ楽しい」


 その時間稼ぎの言葉にホリィはどんどんと引き込まれる。分かっていても、妙な動悸にホリィは心をかき乱していった。


「だから、賭けは楽しいんだ」


 一切攻撃する素振りを見せないギャブランに気を取られ、急激な勢いで飛んできた巨大なレーザーのようなものに気づくのが遅れてしまった。


「フォーチュン!」


 視界が黒い攻撃に埋まったかと思えば、何かに体当たりされる形で横へと飛んでいく。

 凄まじい轟音が遅れてやってきた刹那に攻撃は終わった。


「ほぉら、意識外からの攻撃は防げなかったろう? 遠くに配備させていた私の部下だが……彼にも賭けをしていてね。ここで君を殺せるか否か、私は裏に賭けたんだが」


 立ち込める煙を拳圧だけで払うギャブラン。

 地上にはレスキューブルーとイエローに抱きかかえられる形で攻撃から逃れたホーリーフォーチュンがいた。


「私は賭けに負けた。お陰で大切な、非常に大切な部下が命というリスクを払うことになる」


 おそらくギャブランは部下が、自身の生命エネルギー以上を引き出すように賭けで仕向けたのだろう。ホリィや司令室に検知されない距離から技を放つために。


 戦いをより深く楽しむためなのか、わざとらしく賭けに失敗したショックを演じて地面へと降り立つ。


「ぐっ、うぅぅ……」


「デタラメね……!」


「お二人とも!?」


 避けたと言っても三人は避け切ったわけではなく、足に大きなダメージを受けていた。

 質量のない攻撃ゆえに足が千切れたりなどはしなかったが内部がズタズタに引き裂かれているような痛みに悶え苦しむ。

 命があるだけでも素晴らしい回避だったが、機動力がなくなった三人は身動きが取れない状況に近い。


「そんな、私の未来確定能力は……」


「悔やむな、経験の差だよ」


 ヴィランたちを脅かす一番の脅威となりえたホーリーフォーチュンが陥落しようとしている。

 初めて感じる死の恐怖にホリィは震えた。


「センテイア家の者として、醜態を晒すつもりはありません」


 それでも気丈に振る舞うヒーローにギャブランは感嘆の意を込めて兜を揺らした。

 世界の終わりをもたらす者の余裕を見せつけるがごとく。


 ヒーローたちですら絶望を感じている中、護利隊の士気は完全に瓦解していた。

 本当はヒーロー達が戦いやすいように援護射撃をしていなければならないが、飛彩は瀕死の重症で他の隊員も戦意を失っている。

 反響する戦鬪音が柔らかい目覚まし音にも感じられた飛彩は、いよいよ死期が近いことを悟った。


 少しずつ戻る意識とは裏腹に、身体の感覚は全く感じられず、唯一動く目だけが周りの状況を知ろうと必死に動いた。

 すぐに自分が蘭華に膝枕されていることを知った飛彩は、泣きわめく蘭華に言葉の一つでもかけてやりたかったが、どうやら口も動かない。


「飛彩、しっかりして……」


 上体が少しだけ起こされているおかげで、惨状がよく見えてしまった。

 今にもヒーローが殺されようとしている光景を見て、動かないはずの左腕が動いた。


「く、くそ……が……」


「飛彩、もういい……もういいでしょう!」


 そのまま強く抱きかかえていた蘭華は飛彩に何も見せまいと胸へと押し付ける。

 それでも飛彩は視線を戦場へと移そうと首を震わせた。


 命を投げ打って放った刃は届いたが、復讐は果たせなかった。

 復讐とは成しても成さなくても虚無だけが残る、と飛彩は涙を流した。


「こんな無様晒すために俺は、戦ってんじゃねぇ……」


「いいよ、もういいよ! 逃げようよ! カクリ! 転送の準備を!」


「やめろ!」


 遠くで戦っているギャブランの動きが止まるほどの怒号。しかし蘭華は止まらない。


「恨まれてもいい! 生きてさえくれれば、私は何も望まない!」


 凄まじい怒号にも怯まず、蘭華は再び強く飛彩を抱きしめた。

 抵抗も出来ないくせにと言わんばかりに強く。

 いくらか復讐の前の心境が飛彩へと戻りはじめた。


「——そんな顔させるつもりじゃなかったんだがな」


 遠くに見えるヒーロー達の窮地。

 少しずつ動くようになった身体を使って蘭華を押しのけた飛彩はゆっくりと立ち上がる。


「なんで……どうして戦うの飛彩!」


「あいつをぶっ殺さねえと気がすまねぇ。不意打ちでもなんでもいい、絶対に殺す」


 今こうして世界を危機に陥れているギャブラン、あの日飛彩が足を引っ張っていなかったら、ナンバーワンヒーローがギャブランを倒し、このような大災害は起こらなかった。


「これは俺の……俺が招いちまった結果へのケジメなんだ」


 のしかかる辛さを抱え、よろよろと歩き出す飛彩を何度も止める。その度に手は振り払われた。

 自分より弱いヒーローを憎んでいたはずなのに、何が飛彩を突き動かしているのか蘭華には分からなかった。

 飛彩の双眸には仇しか映っていない。這いずって進む飛彩を蘭華が必死で止める。


「あんな知り合いぐらいの相手より自分の命優先してよ!」


 その言葉を聞いた飛彩は動力源を失ったかのように止まり、ゆっくりと口を開く。

揺るぎない気づきだった。飛彩の根底から、魂を作り変えてしまうような。


「——そうか……やっとアイツらが気に入らなかった理由がわかったよ」


心の奥底で眠っていた原初の記憶。それに気づいた飛彩は自分の事ながら笑えてきてしまった。

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