あの日
心の赴くままにたどり着いた先は、廃墟同然の枯れた風が吹き抜ける小学校だった。
「はっ……あの人が答えてくれるって? 甘ったれてんじゃねぇよ」
ナンバーワンヒーローが殺されたこの場所は、異世の侵略を受けた場所として立ち入り禁止とされている。
ヴィランが何故か撤退したこともあり、完全に異世化したわけではないが、どうにも嫌な雰囲気が漂う場所となっていた。
今は警備員もおらず、古ぼけた立ち入り禁止のテープだけが人払いをしているらしい。
「だいぶ汚くなったもんだ」
雑草が伸び放題のグラウンドを抜けて、瓦礫と埃にまみれた廃校舎を進んでいく。
この場所の時間は止まったままだ、とため息が泳ぐ。夢が始まったこの場所なら終わる場所もまたここだろう、と感じていたのかもしれない。
「結局、俺はヒーローになれねぇ凡人。アンタも助け損だよ」
毒づいた心はすぐに押しつぶされた。
そこはまさしく、あの日ヒーローを死なせてしまった場所。
流れ込んでくる記憶の奔流に飛彩は必死に抗うも、その場に崩れ落ちる。
「——やめろ」
有無を言わさず走り抜ける過去の記憶が飛彩を苦しめた。
「やめてくれ! 俺だって、俺だって好きでアンタを死なせたわけじゃないんだ!」
廃校に響く慟哭を慰める者も咎める物もいない。それでも記憶が飛彩の全てを責めた。
今までの人生は、全ては贖罪の旅だったと、心の奥底にしまっていた罪の意識が溢れ出す。
夢も希望も全ては自分が罪の意識に押しつぶされないように抱いた、自衛の幻想だったのだ。
「俺だってアンタの意志を継ぎたかった! ヒーローになろうと努力したんだ!」
叩けば壊れそうなひび割れた廊下は、すでに血で滲んだ。
「なぁ、教えてくれよ! 何で俺なんかを助けたんだよ! こんな苦しい思いしてまで何で生きなきゃなんねーんだよ!」
虚空に響く飛彩の声。枯れたはずの涙は再びとめどなく溢れた。
「守れやしねえ約束や夢で俺を縛り付けないでくれって!」
あの時、飛彩の感情はいくつもの想いが混ざり、何も見えない灰色になっていた。
「俺はヒーローとは違う! ヒーローにはなれない! 本当は分かってたよ、嫌ってほどその違いに!」
助けられたあの時、本当はどうしたかったのか、もはや思い出すことは叶わなかった。
ヒーロー達がもたらす希望と安堵は、どうあがいても飛彩がもたらすことはない。
希望からの転落はより多くの涙を伝せた。それが周りへの警戒も溺れさせてしまうかのように。
「青いな。それが青春というものか?」
刹那のうちに飛彩の周りを取り囲む黒い領域。飛彩はこれを幾度となく味わってきた。
「
小さな空間の裂け目を突き破るように現れた漆黒の鎧を纏う騎士。
人型のヴィランズは例外なく黒い鎧を纏っている。
まるで空間に穴が空いてしまったのでは、と錯覚するほどの闇が悠々と光を塗りつぶして現れた。
「ハイドアウターの情報通りに攻めるのは愚策か……強者の気配をいくつか感じるぞ」
何故、誘導区域外にヴィランが現れたのか、ハイドアウターのことを何故知っているのか、など疑問が尽きない中で飛彩は何も喋ることは出来なかった。
死んでも良いと思っていたが、この闇にだけは殺されたくない、と全身が叫んでいる。
「おっと、すまんな。領域を広げすぎた。人間には耐えきれんだろう」
収縮する世界展開は、現れたヴィランの周囲三十センチほどまで縮む。
あそこまで凝縮された展開に踏み込めば、闇の濁流に押し潰されて消えてしまうかもしれない。
「はっ……はっ……!?」
「さて、私は弱者と戯れる趣味はない。私は行かせてもらうよ」
自分を見限った世界に復讐する機会だ、行かせてしまえ、と飛彩の中の悪魔が囁いた。
しかし、その悪魔は一瞬にして殺された。返事よりも先に手が出る飛彩によって。
「オラァ!」
展開を持たない者が攻撃したところで、敵の展開に縛られる。
それを知らぬはずはないのだが、自棄になっていたこともあり飛彩は暴走する。
「面白い! 無鉄砲な奴は久しぶりだ!」
すると、ヴィランの背後から円形のオーラがコイントスのように跳ねた。
一瞬気を取られはしたが、すぐさま力を込め直して
「賭けるぞ! 君の拳が弾かれる方に! 私は表を宣言する!」
天井につく寸前。
落ちてくる闇のコインは、空中で止まって謎の壁画が描かれた面が二人に見える位置で止まった。
「表、だ」
「う、うおおぉぉっ!?」
その瞬間、飛彩は廊下の端まで吹き飛ばされた。
目にも留まらぬ勢いで壁に叩きつけられた飛彩は受け身をとるも、激痛に喘ぐ。
「良い賭けだった、弱者よ……必ず勝てるゲームだったがね」
足音を立てながらゆっくりと歩き出すヴィランは懐かしそうな様子で辺りを見渡す。
ところどころ黄金で縁取られた漆黒の鎧のせいで、飛彩の視界は黒へと染まっていった。
「あの日も、君のように歯向かってきた愚か者がいたな」
「あ、あの日……!?」
消え入りそうな意識をつなぎとめながら、飛彩はヴィランを睨む。
「ああ。子供を抱えて死んでいった愚かなヒーローを今でも覚えている」
身体は痛みを忘れ、倒れこむ飛彩に力を与えた。
床を這いずりながらヴィランへと飛彩は少しずつ進んでいく。
「お前か……お前だったのか!」
世界から希望を摘み取った飛彩、そして手を下した張本人が再び同じ場所で相対している。
「まだ闘志があるのか。やはり勇猛さと愚かさは紙一重だよ」
これ以上は時間の無駄だと判断したヴィランは飛彩に見切りをつけ、廊下に大穴を開ける。
日差しが届くことはなく、光がヴィランを避けていった。
「弱者に構う時間はない。そこでゆっくりと死を待つがよい」
「待ちやがれ、クソヴィランが! テメェの、テメェのせいで俺たちは……!」
背を向けて、世界に飛び出そうとしていたヴィランは、急に振り向き飛彩を闇の領域で包む。
「うっ、うわぁぁぁぁぁぁ!?」
「弱者よ。私の名は悪の賭、ギャブラン……ヴィランという名称は嫌いなんだ」
濃すぎる展開能力が飛彩の視界を埋め尽くす。
何も見えない世界で、ギャブランの声だけが響き渡った。
恐怖が暗闇が飛彩を覆い尽くし、生きる意志をも黒く染めていく。
「では私は行くが……せっかくだ、賭けていこう」
グラウンドの上空まで飛んでいく闇のコインを置いて、ギャブランは飛んでいく。
「君が立ち上がるか、否か……私は裏にしておこう」
夜の闇に消えるギャブラン。
それと同時に飛彩を覆っていた展開も薄まっていく。
傾きかけた太陽がやっと辺りを照らし出した。
しかし今、外傷よりも深刻なのはトラウマを抉り出されたような精神への傷と飛彩の身体は震えて止まらなかった。
「くそっ! くそっ! 止まれ! 止まれよ!」
死にたくない、そう思ってしまった。
それと同時に何もかも投げ出して楽になりたいとも思ってしまった。
よろよろと立ち上がっても、すぐに片膝をついてしまう。
身体が生きることを拒むかのように、息を肺の中へ上手く取り込めない。
「負けを認めるには早ぇだろボケが!」
恐怖を振り払うも、即座にまた恐怖が飛彩を覆う。
「あいつだ! あいつが来たんだ! 戦わねぇわけにはいかねぇだろ!」
ヒーローとして復讐という感情に縛られてはいけない、そう思っていたが心を動かす動力源はいつもそれだったと認める。
「もう死んだっていい。ギャブランを倒す。それが俺だ! 俺が本当にやりてぇことだろ!」
そしてコインが、地面に落ちた。
なんとコインは裏も表も示さずに、立っていた。
それは新しい可能性を示しているのかもしれない。
復讐の鬼に堕ちるという死にも近しく、ギャブランの賭けになかった新たな可能性だ。
それが、ナンバーワンヒーローを失った時に抱いた感情かどうかの答え合せをする間もなく一歩を踏み出す。
「借り物の力だろうが関係ねぇ……あいつを殺せれば、俺は、俺は……!」
よろめきながら飛彩は、校舎の外に向かったギャブランを懸命に追いかけていった。
そのころ、第三誘導区域に近づいていたギャブランは賭けが終わっていないことを不思議に思っていたがすぐに思考の片隅へと飛ばした。
「さて、これが結界か」
誘導区域かつ異世化を食い止める大きな杭をギャブランは引き抜く。
ヒーローを倒しても、これがある限り侵食が進むことはない。
それを見越してギャブランは一つの区域を壊した。
同時に、第三誘導区域内に無数の時空の狭間が発生するものの飛彩のわずかな時間稼ぎが功を奏したのか、先遣隊が到着する。
「おや、弱者の群れか。ハイドアウターの情報によれば、こやつらが足止めしないとヒーローは変身している間に殺されてしまう、という話だったな」
兜を揺らし笑うギャブランは、余興と言わんばかりに領域を広げた。
時空の亀裂がさらに数を増して広がっていく。
それと同時にいくつもの光の柱が宙へと登っていった。
「敵の展開がなければ、ヒーローたちは展開できない。ならば餌を撒くだけだ」
銃弾の雨を物ともせず進むギャブラン。戦いを、強者を求める戦士は進撃をやめない。
「さて、絶望を味わわせたいのだが……」
その言葉と共に現れたのは第三誘導区域はおろか、都心部を埋め尽くすほどの巨大なコイン。
それにより街は夜の闇に包まれたも同然となった。
「この地は灰燼と化すか、否か……私は表に賭けよう! もちろん、灰燼と化す方にだ」
コインは回転しながら急上昇し、太陽めがけて飛んでいく。
東京近郊を覆うほど巨大な範囲に対する展開故に、結果がもたらされるのも時間がかかるというわけだ。
「まあ、これは私の時間制限とも言えるか。まあ、三十分もあれば平気だろう」
その全てを終わらせるには短すぎる時間だった。
範囲内にいる全ての存在の寿命となる未来が掲示され、それを防げるかどうかはヒーローたちに託される。
「さぁ! 楽しませてくれ、ヒーロー達よ」
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