途切れた路

「ヒーローを目指すことは我々も許さないし、彼の本部も許すことはないだろう」


「ブラックリスト扱い!? ど、どうしてだよ?」


 夢へと続いていた道が、揚々と歩いていたはずの道が音を立てて崩れ去る。

意気込んでいたこともあり、心臓の鼓動が有り得ないほどに早まっていく。


「お前の抱いた夢は正しかった……だがそれに至るプロセスが間違っていた、それだけだ」


「ふざけんな! お前なんかに俺の約束を潰されてたまるかよ!」


 座っている黒斗に掴みかかる飛彩。黒斗は目をそらさず、想いを受け止め続ける。


「俺はヒーローにならなきゃいけないんだ! そのためなら辛い訓練も汚れ仕事もなんだって引き受けてきた!」


「お前がやらなくとも誰かが代わる」


「だとしても! 俺は! 皆の応援に応えたい!」


完全に頭に血が上ってしまい、拳を大きく振り上げる。


「背負う覚悟があるのか?」


 その言葉を飛彩は理解しようとしなかった。するだけの冷静さもなかったが、おかげで雑念が拳にこもる。

気がつくと天井を見上げていた。対する黒斗は椅子に座ったままである。


「私に勝てもしないのに、ヒーローを目指すか。片腹痛いぞ飛彩」


「くそっ!」


 幼少期から黒斗に勝ったことはない。飛彩はいつも訓練でこれでもかというほどに敗北していた。

そしてそれは黒斗が司令になった今もなお続いている。


「お前がまだヒーローを目指すというのなら私が力づくで止める。覚えておけ」


悔しさからか寝そべったままの飛彩を見下ろすように黒斗は立ち上がった。書類の雨を飛彩の上へと降らせる。


「お前は一応秘密を知る者。監視や不自由はあるかもしれんが、死ぬまで税金で金持ち生活を送れるぞ。学のないお前への退職金代わりと言ったところだな。もしくはこれら全てを投げ捨てて無意味な挑戦し続けるか、だ」


 もはや飛彩のプライドはズタズタに引き裂かれていた。自身に降り注いだ書類を跳ね飛ばし、飛彩は外へと駆け出した。


「飛彩、三日以内に答えを出せ」


 耳に届いたその言葉を振り払うように飛彩は司令室を飛び出した。

振り出しどころか、地獄に落とされたも同然の飛彩は施設の廊下を駆けていく。

自分を監視カメラが追っているような感覚、何かにつけられている感覚、全てが鬱陶しかった。

ありもしない視線に怯える自身が何より情けなかった。



 飛び出した飛彩と入れ替わるように司令室に入ったメイは柔和な印象をかき消すようなキッとした目で睨む。


「司令官、彼は軽く百人分は働いてくれる人材ですよね? 貴方もそう評価している」


「だからこそ残念だよ。あいつの出す損害は百では賄いきれないのがね」


飛彩の手前凄んではいたが、やはり黒斗にとっても苦渋の選択だったのだ。


「だったら……」


「勝手に援助、か? そんなことをすればクビじゃすまないぞ」


「構わないわ。あの子は弟同然だもの。インジェクターがあれば飛彩は戦える」


「インジェクターのことと言い、肩入れしすぎじゃないか?」


 そこで黒斗は以前から感じていた疑問をとうとう言葉にする。


「——うむ、質問を変えよう。飛彩に何がある?」


決意に満ちていたこともあってか、若干の動揺を黒斗はすぐに感じ取った。


「お前の庇いようは異常だ……そうだな、まるで危険なものを押さえ込もうとしているような」


震える手で机を思い切り叩いたメイは啖呵を切るように言葉を吐き出す。


「勝手に言ってればいいわ! 私は私のやりたいようにやる!」


肩で息をしながら飛び出していったメイを止めることもなく、黒斗は監視対象を増やした。


「……弟、か」



 護利隊との接触がないまま、二日が経過した。

蘭華もカクリもさらにはホリィまで出張か何かで学校には現れない。

熱太も病院で面会謝絶状態だ。


その日の授業が終わっても、机に突っ伏したままの飛彩は、自分一人がこんなにも弱いということを知らなかった。


「あの日の約束。か……」


 事実を突きつけられるまでは、応援してくれる人物や新たな誓いの事もあり、希望に満ち溢れていた。

なまじそんな希望がなければ、ここまで憔悴もしていないだろう。

その落差のせいで、飛彩が感じている精神的なダメージも大きい。


「俺のしてきたことって、何なんだろうな」


 どんな窮地だろうと諦めず戦ってきた飛彩が始めて吐いた弱音。

人は夢を絶たれると逃げ道や妥協点を探す。それは人の数だけ存在しているだろうが、飛彩の場合には死の割合が大きくなっていった。


 誰よりも吠えていた飛彩、強き意志を持っていた存在がたった一つの否定で崩れかけていた。

これは護利隊やヒーロー本部という組織の性質に詳しい飛彩ゆえに起きることだろう。

彼らに恩赦は存在しない。突きつけられた二者択一は実際のところ、一択しかないという宣言でもあった。


 ただ、選ばせることは自分で諦める宣言をさせることになる。

本当に残酷だと飛彩はさらに絶望を色濃くした。


 そんな誰も居ない教室で聞きなれない音が耳に届いた飛彩は教室の出口を睨む。

そこからは一機の小型ドローンがやってきていた。


「んだこれ……?」


「はぁい、飛彩〜」


「メイさん?」


 投影され、手のひらサイズのバーチャルモデルが飛彩の机に映し出された。

接触禁止をくぐり抜けるための最新鋭機というところだろう。


「浮かない顔してるねぇ」


「当たり前でしょう! ……っ、すみません、メイさんに当たるつもりは……」


 優しい母のような笑みを浮かべるメイは荒れる飛彩を気にせず言葉を続けた。


「いじけてるなんて飛彩らしくないよね? だから、これも受け取って」


取り付けられていた小包が飛彩の頭へと乗せられた。苛立ちながら開けると、中には強化スーツと一日の限界量分のインジェクターが添えられている。


「なっ……アンタ正気か?」


「飛彩のやりたいようにやればいいんじゃない?」


 その質問の意図が汲み取れなかった飛彩は戸惑いながらスーツをカバンの中に隠した。


「弱いヒーローにイライラするくらいなら、生放送に介入してダークヒーローにでもなっちゃおうよ。私、手伝うから」


技術開発部の人間とは思えない爆弾発言に何かの罠じゃないのかと疑う飛彩だが、ホログラムの表情ですら嘘を言っているとは思えなかった。


「——分かった、そうやって試そうとしてんのか? 黒斗もいるんだろ?」


「ち、違う! 飛彩にはそれが必要でしょ?」


 メイの本心だったとしても飛彩は受け入れられなかった。そう、気づいてしまったのだ。結局は無力な自分に。


「世界展開できなくともインジェクターがあれば……」


「うるせぇ!」


 強く当たっても無駄、現実から目を背けても無駄。

そう分かっていたのに、飛彩は駆ける足を止められなかった。

怒り、焦燥、虚無、それらがぐちゃぐちゃになった心を解きほぐせるほど、飛彩は大人ではなかった。

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