命を賭けるは、敵味方問わず

「私は君に敗れはしたが……麗しき我が世界を君たちから守り抜こう」


 勝敗は決したと言うのに、まるで飛彩が敗北したかのような構図に一筋の汗が流れる。

 現に空に浮かぶギャブランの世界展開は消えていない。


「何言ってやがる……?」


「ほら、見えるだろう? 賭けの結果が払い出されようとしているのだ!」


 飛彩の腕に吸い込まれていたはずの残滓が空に浮かぶコインへと登っていく。


「残された命をオールインしよう! これだけ巨大な能力を防ぐ手立てはない!」


 生命エネルギーそのものを落ちてくるコインへと注入していく。

 ギャブランが死したとはいえ、その命をつぎ込んだ展開は消えることはなかった。


 むしろ、最初の範囲より狭くなったものの、威力は格段に増す結果になっているだろう。

 大地が死を恐れるように震えだした。


「飛彩! アイツは辺り一帯を壊滅させられるかどうか、っていう賭けをやってたみたい!」


「くそ迷惑な野郎だ……俺の能力であの賭けを支配下に置く! お前らは下がってろ!」


 そのままギャブランは黒い粒子となって空に消えていく。


「地獄で会おう、そっちの世界の地獄と同じかどうかはわからんがね」


「逝くのはテメェ一人だ。覚悟しとけ」


 もはや拮抗もしていない世界展開により、この地が焦土に変わるのも時間の問題だった。 

 ヒーローたちは局所的に自分の周りを守れば自身の命は助かるだろうが避難中の非戦闘員や、護利隊の面々は確実に死の未来が待っている。


「やるしかねぇ、よな」


 まるで巨大な隕石のように迫り来るギャブランの能力に左手を突き出すと、微々たるくらいだが闇のコインがボロボロと崩れて飛彩の右手に吸収されていく。


「遠すぎるか……!」


 しかしその勢いは弱々しく、賭けが成立する前に支配下に置くことは勢いからしてまず不可能であった。


「おい飛彩、お前ばかり良い格好してるんじゃないぞ?」


「熱太? いいから逃げろ、変身だって解けちまってるじゃねぇか!」


「それは出来ん!」


「テメェ、今まともに動けんのが俺しかいねぇってのがわかんねーのか!」


「関係ない!」


 その怒号は、その場にいる全員を震わせる。


「変身できるから、俺たちはヒーローなんじゃない!」


 その心がヒーローをヒーローたらしめるものにしていることくらい飛彩にはわかっていた。


「刑! エレナ! 翔香! 変身時にできる光の柱、展開のエネルギーを使って、飛彩とホリィを上に飛ばす!」


「何ですか、それ!?」


「だいたいそんな事、出来んのかよ!?」


「気合だ!」


「ダメだこいつ……」


 未だに窮地であることは変わらないというのに、熱太はいつもの調子を取り戻していた。


「そもそも、ボロボロの皆さんがもう一回変身したらどうなるか……」


「構わん! そうだろう! 刑!」


 倒れ伏しながらもずっと飛彩の戦いを見ていた刑たちは、身体に鞭打ち無理やり立ち上がる。


「私たちのリーダーは人使いが荒いわねぇ、翔香」


「だから強くなれてるのかもしれないっすよ!」


「俺たちワールドレスキューは、どんな窮地にでも立ち向かう!」


 やはりリーダーだ、と飛彩は思った。

 その鼓舞はチームメンバーだけでなく全員を奮起させていく。

 こういう真似だけは自分には出来ない、と自嘲しながらも。


「だが、全員が気ままに展開を発動すれば軌道が逸れる。この場に凄腕のオペレーターでもいない限りは……」


「なら私がやるしかないわね!」


「蘭華ちゃん!?」


「いいのか、お前までバイザー外しちまって……」


 おそらく黒斗が頭を抱えているだろうが、もはや、そうも言っていられない。

蘭華の本職は狙撃手ではなく偵察。敵の分析やヒーローの先頭を補助するのが本職だ。


「構いやしないわよ! わ、私は今までず〜っと飛彩とコンビで戦ってきたの! 付き合いは私の方が長いんだから! だから飛彩の窮地には駆けつけて当然!」


 縄張りを荒らされた猫のようにフシャーとホリィを威嚇する蘭華。

同じような強化スーツを着ている時点で、もはや見え見えの嘘だったが熱太たちは何も疑わない。


「ヒーローになるためにそういう活動をしていたのか!」


「さすが飛彩くんと蘭華ちゃん……!」


「君たちはもう一度、学力検査を受けた方がいいんじゃないか……?」


「もう話してる余裕はねぇ。腹くくるしかねーぞ」


 重傷の状態で変身することも危険だが、自身を弾丸として空を駆けていく飛彩とホリィもまた覚悟を決めなければならない。


「蘭華、計算結果は出たか?」


「うん、展開時の出力を、これの通りに調整してもらう!」


 全員に見せた小型モニターの数字は複雑で刑やエレナを除いて頭がパンク寸前だった。


「——要は気合いだな!」


「てゆーか、展開に出力とかあるんすか?」


 気の抜けた翔香の言葉で、作戦の失敗を予感する。

 ため息をつきながら刑が自分に合わせるようにと参謀的な働きを買って出た。


「自殺願望者に付き合う気はない……みんな、慎重に頼むよ」


「よぉ〜し! 準備はいいかお前らぁー!」


「全く、重傷なんだから少しは落ち着きなさいよ……」


 指示された通りの陣形で陣形に並んだ瞬間、飛彩はホリィを急にお姫様抱っこした。

 モニターを放りそうになった蘭華は声にならない声を上げつつも人類を天秤にかけておし黙る。


「ホリィ、お前立つだけでもやっとだろ?」


「それは……」


 いつの間にか呼び捨てにされていることも気づけぬまま、飛彩の剣幕に圧倒された。


「お前の能力で、あの賭けのところまでたどり着く未来を確定させる必要がある」


「は、はい……」


「飛彩はそういうキャラじゃないでしょー! それ後で私にもやってよねぇ!」


 とうとう気持ちが爆発した蘭華。そのせいでホリィは顔を赤らめる。

 飛彩はよくわかっていないようだったが。


「モテモテだね、飛彩くん」


「んだよ」


「——まだ君にぶっ飛ばされてないんだ。必ず戻ってきてくれ」


「はっ、当たり前だろ。歯を食いしばって待ってろ」


 吹っ切れた刑は、自分を変えた飛彩に礼を告げる。

 戦友の激励は飛彩の意志を強めた。


「飛彩」


 打って変わって優しい声音で呼びかける熱太に、鳥肌がたちかける飛彩は苦笑いしながらも、いつもの調子ですぐに悪態を吐いた。


「今生の別れの挨拶みてぇな空気を出すんじゃねぇ」


「……俺たちの約束を遂げる日か来たな」


 その一言はヒーローを志したもう一つの理由、過去の記憶を強く想起させた。


「これが最後なんて俺はゴメンだ……必ず帰ってこい。これからも一緒に戦うためにな! では、頼んだぞ! 飛彩!」


「あぁ、今度は俺の活躍を眺めてろよ、熱太!」


 その瞬間、飛彩とホリィを中心として展開が発生する。

 上空に降り注ごうとする巨大なコインを睨み、飛彩は不敵に笑った。


 ヒーローよりも目立ち、ヴィランを自らの手で討つ。

 ということに焦がれた飛彩はもういない。大切な人たちを自分の手で守ることが出来る自信こそ飛彩が何よりも求めていたものだったのかもしれない。


「さぁ……主題歌流すなら今からだぜ?」



「「「「世界展開リアライズ!」」」」



 その叫びと共に急激な勢いで空へと伸びる光の柱。その上にホリィが展開をはり、一気に急上昇していく。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る