飛彩、見参

 砲弾のような拳が振り下ろされると同時に、ギャブランの頭上に次元の裂け目が現れる。


「ナイスだカクリ!」


 そこから飛び出してきた人影は、ギャブランの振り上げた左腕の関節めがけて小太刀を抉るように突き刺した。


「貴様っ!?」


「反応できないもんには賭けも成り立たねぇかあ?」


 強化された斬れ味の小太刀でもギャブランは斬り裂けない。しかし、装甲が薄くなっている関節部なら話は別だった。


 一太刀を浴びせた影は着地しながら、ギャブランを睨みつける。


「……飛彩」


 常に創り出される闇の中で輝く飛彩のスーツ。味わった敗北を、幼少期に植え付けられた後悔を、その全てを晴らすために飛彩は再び戦場へと舞い戻った。


 ヒーローになるという目的も何もない。ただの復讐の鬼。それが自分にどんな変化をもたらすのか、何もわからぬままに。


「飛彩ぉ〜!」


 飛びついてくる蘭華を後ろへと下がらせ、左腕を軽く押さえながらも飛んでくるギャブランの覇気を真っ向から飛彩は受け止めた。


「あの時の弱者……ハイドアウターを倒したのはお前だったか」


 辺りを包む夜の闇と、それを照らす光の柱が拮抗し薄明かりが校舎を照らす。

死兵たちはゾンビのように行進を始めた。


「とりあえず雑魚どもには退場してもらうぜ」


激・注入ハイパーインジェクション!』


 一日一回を限度とされている奥の手を序盤から惜しげも無く披露した。

小太刀を構える飛彩の右手の下の部分に闇を振り払う世界展開が現れる。


 そのままブーメランのように放たれた小太刀は、地を這うように駆け巡り、蘇ったヴィランの脚部を斬り飛ばしていく。

 飛彩に与えられたインジェクターは一時的に超高濃度の世界展開を攻撃一発分に創り上げるという離れ業なのだ。

 倒れこむヴィランズに数少ない残りの兵士たちが銃弾を撃ち込んでいった。蘭華もすかさず応戦する。


「雑兵と侮っていたが……死兵ではどうにもならんか」


「これで邪魔は入らねぇ。今度こそお前をぶっ倒す!」


 再び闇に包まれる辺りには、ギャブランの鎧に描かれる黄金の線が鈍い光を放ち、飛彩の強化スーツの駆動部が青い光を放っていた。短い会話の後に始まった二人の攻防は闇の中に軌跡を残していく。


「私のレートは高額だぞ?」


ヒーローの変身が終わるまで、あと一分三十秒。


「素寒貧にしてやるよ!」


「それは楽しみだ!」


 重鈍な一撃を素早く躱す飛彩は、ただの人間とは思えない動きでギャブランの攻撃をいなし反撃を繰り出す。

青い光の奇跡が何度も闇の塊を穿つ。


 ギャブランも負けじと、地面と一体化したように揺るがない巨壁となって飛彩の攻撃を弾いていた。

並の相手であれば、一分半という時間は余裕でヒーローを守り抜ける。


 しかし、相手はカタストロフ級。

 攻撃を受けないようにギャブランの拳や蹴りを叩き落としていくも、防御する拳にどんどんダメージが蓄積されていく。


「くっ!」


「ふっ、君では役者不足だ」


 音速で繰り出された蹴りは空を割り、飛彩の腹部へとめり込む。立った状態で、後方へ吹き飛んだ。


「ちぃっ!?」


 性能の上がった強化スーツと、後方に勢いを逃すステップを踏んでもダメージは残る。

 世界展開を拮抗させ、同一の条件下で戦える者でなければ同じ卓に着くことすらできない、と告げてくるギャブランを飛彩はバイザー越しに睨み返す。


「不相応な客は断りたいんだがね」


 間髪入れずに放たれたギャブランの踵落とし。大きな隙のある一撃に、再び関節部へと攻撃を繰り出そうとするも飛彩の目に飛び込んできたのは、すでに宙を舞っていたギャブランのコイン。


「勝手に賭けを始めんじゃねぇ!」


「君が! この攻撃を避けられるか、否か! 私は表に賭ける!」


 賭けとは名ばかりで、展開が完全にギャブランに味方している以上、必ず賭けが成功することを飛彩は察した。


「なら仕方ねぇ!」


 即座に飛彩は捨て身の行動に移る。

コインが結果をもたらすよりも早くギャブランの懐に飛び込んでいく飛彩。

 間違いなく攻撃は当たる。ならば、影響を最小限に抑えることが重要だろうと飛彩はあえて飛び込んだのだ。

 頭蓋を粉砕するはずの脚撃の奥へと進んだ飛彩は威力が乗り切る前の脚へと思い切り身体をぶちかました。


 さらに、股関節めがけて小太刀を伸ばす。


「何!?」


 股関節への一撃は間違いなく戦況を変える。倒せずとも機動力は大幅に奪えるはずだった。


「面白い弱者だっ!」


 だが、思惑通りに事は運ばず、背中に乗せたままの左足を軸に上へと跳ぶギャブラン。飛彩の真上から見下ろすように黄金色の部分がきらめく。


「私の賭けから逃げる者は大勢いたが、身の程以上に突っ込んでくる者はいなかったぞ?」


「はっ、お前が井の中の蛙ってやつだったんだろ?」


「ふふっ、余興程度だと思っていたが、それは撤回しよう」


 再び地に舞い降り、ギャブランはそのまま飛彩と至近距離でにらみ合う形となる。

その均衡は地面に大きなクレーターを作るほどの破壊力を持った足踏みが破壊した。


「弱者のペースに付き合った私が愚かだったよ」


一瞬にして足場が消え、宙でもがく飛彩は砲弾のような右拳をもらってしまう。


「がっ!?」


 瓦礫の山をさらに細かく砕いていく飛彩。


 その一撃によりスーツの防御性能は消え失せ、ただの布服と化した。

スーツの駆動部で輝いていた青い光も弱々しくなっている。


「遊んでしまう悪い癖が出てしまったよ」


 その返事は白煙の中から銃弾という形で返ってきた。その全てが着弾し、ギャブランの鎧を灼く。


 息つく暇もなく降り注ぐ銃弾の雨を浴びるギャブランは、自分の展開の中を高速移動する何かに気づくのが遅れてしまった。


 敵は白煙の中にいるはずなのに、自分の領域の中をちょこまか動く存在は何だと逡巡してしまう。その数秒の思考のタイムラグが飛彩に味方をした。


「そっちには誰もいねぇーよ!」


煙が晴れたその場所には、武器を握りしめさせられていた死体が一つ。


注入インジェクション!』


 驚愕を認識するより早く、死角からの咆哮がギャブランを襲う。咄嗟に左腕を繰り出すが、関節を傷つけられた腕では低い姿勢からの蹴り上げを防御しきれず腕は天へと向けられる。


 ガラ空きになった胸部へと吸い込まれるように飛彩は肘鉄を叩き込んだ。


「ぐうっ!?」


「お得意の賭けはどーしたよっ!」


 吹き飛ぶ勢いを殺してこらえていたギャブランに向かって、インジェクターの余力が残っていたドロップキックをかます。まるで賭けの反撃はないと知っていたかのように。


 防御もままならぬ状態だったギャブランは地面を何度か転がるも、動く右手で跳ね起き、身体を回転させて飛彩の蹴りの威力を身体から飛ばした。


「今度は賭けられなかったなぁ?」


「……ふん、仕組みを見破っただけで調子に乗れるか。わかっただけでは何も防げんぞ?」


「とんでもねぇ賭けは即座に出来ねぇ……仕込む時間がいるなら、速攻だ!」


 煤けた鎧を右手で払いながらギャブランは展開の範囲を学校の周囲まで縮めていく。

 今までどれだけ大きな範囲をカバーしていたのかわからないが、やはりギャブランの実力は今までのヴィランとは比べものにならなかった。


「展開濃くして、能力の発動時間を短くしようってか?」


 多大なる実力差を知ってもなお、飛彩はいつもと変わらず吠え続ける。


 そんな飛彩の様子を見て、蘭華の胸中に嫌な感覚が膨らんでいく。もう二度と飛彩が帰ってこないような気がして。


「もう子供の遊びには付き合いたくないのだがね」


「固いこと言うなって!」


 強化スーツがすでに壊れているにも関わらず吠えながら殴り合いを続ける飛彩。

ギャブランの一撃の重さは知るところのはずが、壊れた人形のように戦いを続ける。


「ちょっと……」


 大きく見開かれた蘭華の目。

 押していると思っていた自分が愚かだったと涙を溜めた。

 

 どれだけの攻撃を受けようと、何度倒れても立ち上がる飛彩。

 もはや全身の骨は砕け、命は死に向かっているはずだった。

 飛彩は元より、生きて帰るつもりなどなかったのだ。


「飛彩……飛彩ぉぉぉ!」


 その時、ギャブランの回し蹴りが思い切り飛彩の顔面へと炸裂した。

 力なく倒れ、大の字になって転がる飛彩からはもはや生気を感じられない。


 急いで駆け寄った蘭華は、緊急治療材を投与する。


「ふう、手こずらせてくれたな……」


 口から出たセリフに、ギャブランは小さな違和感を覚える。


「……ん? 手こずる? この私があんな人間に?」


 展開と共に吹き荒れる暴風は、しゃがんでいた蘭華を軽く吹き飛ばした。寝そべる飛彩も揺られて転がっていく。


「そのような事実はあってはならない。即座に終わらせよう」


 鎧に青筋が浮かんだように感じられるほどの怒気に蘭華は魂が抜けそうになるほどの恐怖を覚えた。

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