変身時間のディフェンスフォース 〜ヒーローの変身途中が『隙だらけ』なので死ぬ気で護るしかないし、実は最強の俺が何故か裏方に!?〜
半袖高太郎
プロローグ 〜ヴィランはヒーローの変身を待ってくれるのか?〜
ヒーローが変身する時、敵は待ってくれる。マルかバツか
ヒーローが変身する時、敵は待ってくれる。マルかバツか。
今すぐにでも教えたいところだが、答えはすぐに分かるので少し待ってほしい。
「グルオォォオオオオ!」
四足歩行の巨大な獣が、荒れ果てた廃墟を瓦礫の海へと変えていた。
歩んだ軌跡は嫌悪感を抱かせる黒い水たまりのようなものに変わっていく。
さらに耳をつんざく咆哮を間近で聞こうものなら恐怖で四肢が縛られるのは間違いない。
「匂ハナイ……ハズレノ餌場カ」
狼のような見た目をしているが、眉間にもう一つ存在する巨大な目がギョロギョロとうごめいていた。
赤く染まった毛並みがいかにも、この世のものではないと訴えかけてくる。
「レックス級のランクI……異世のガルムですね?」
最低級のランクIとはいえ凄まじい覇気を放つガルムを中心に広がる黒い円形の領域で、泥土のような黒い水たまりを気にせず進む人影が現れた。
「何者ダ貴様……」
「……はい、情報通り一体のみです」
そんな恐ろしい化け物を前に、凛とした碧眼を揺らさぬ少女は通信機器に耳を傾けている。
豊満な胸部が揺れる相手はガルムにとって食べやすい格好の獲物だろう。
だが、そんな場違いな雰囲気のせいかガルムも、せっかくの餌を頬張ることを躊躇った。
「最終試験、これが終われば私も無事ヒーローになれる。それで間違いないですね?」
インカムの向こうからは「ええ」だけの短い返答。それを聞いて少女は不敵な笑みを浮かべる。
逆境に慣れている、とでもいったところか。
「難易度は……訓練より低い? でしょうか」
端麗な容姿に見合った自信たっぷりな言動。
四足歩行のガルムも自分に恐れをなさなかった者を初めて見たのか、威嚇する唸り声を止め、前足に力を溜める。
「さて、最終試験にふさわしい戦いを!」
「喰イ殺ス!」
開戦のゴングを鳴らしたのは荒れ狂う勢いで少女へと駆け出したガルムだった。
三メートル近い巨躯もあり、間合いが詰まるのも一瞬だった。
それでも少女は自信に満ちた笑みを崩さない。
誰が見ても絶世の美女と謳うであろう少女は長く伸ばした金色の髪をはためかせて、右腕を天高く掲げる。
「
そのかけ声と共に、少女を中心として煌びやかな光が広がる。
それは一気に収縮し空へと伸びる柱となった。
柱を中心にしてドーム型に広がっていく空間の中は綺麗な星が瞬き、パステルカラーのグラデーションが重なる不思議な世界だった。
ガルムの足元から二次元的に広がっている黒い領域と一気にせめぎ合い、その領土を大きく広げていく。
そんな神々しいヒーローの変身にガルムは大きく戸惑う……
「ギャオォォォ!」
……こともなく。
間髪入れず、光の柱へとガルムの爪撃が襲いかかった。
地面を簡単に抉り取る攻撃に少女が放った光の柱も揺れ動く。
厚い光の壁は、少女に何も届けないのか、動揺や悲鳴は聞こえない。
数十秒経っても少女が変身を終えて出てくる気配も一切なかった。
さて、最初の問いに答えさせてもらおう……答えはバツだ。
敵はヒーローやヒロインの変身を待つことはない。
むしろ動かない絶好のチャンスを晒す瞬間を見過ごすだろうか。
今頃、光の柱の中では、光に包まれながら服が変わり、髪が伸びたり、装飾品がついたりとヒーロー、ヒロインらしい変身シーンをこなしているところだろう。
つまり、ヒーローたちの最大のピンチは力が及ばないことでも、修行不足でもなんでもない。
『変身している間』だ。
そう、お茶の間に届けられるヒーローの映像はとてつもなく歪曲されたものが届けられている。
これから目の当たりにすることになるのは可憐な少女が変身途中に邪悪な獣に引き裂かれる悲惨な未来……
ではなく。
変身途中、どんなに隙を晒してもヒーローたちは変身できる。
理由は単純明快。その間を守ってくれる存在がいるというあまりにも簡単な理由だ。
「手間かけさせやがってぇぇぇぇぇぇぇええええ!!!!!」
破壊と咆哮が巻き起こる戦場に、あまりにも異質な叫び声が上がる。
何の気配も出さずに領域に踏み込んでくる存在などガルムは知らなかった。
獣らしい貧相な脳で考えるが、答えよりも衝撃の方が早く訪れる。
「おらぁ!」
頰に大きな衝撃を受けたガルムが柱から引き離されるも、受け身をとって即座に体勢を整えられてしまう。
しかし、襲撃者の姿はどこにも見えない。
「ちょっと、
「うるせぇ
「え〜……彼女はホーリーフォーチュン! 変身に要する時間は……五分!」
『五分』という長さに、飛彩とよばれた少年は大きなため息をつき、石ころを蹴り飛ばす。
「長ぇよ!」
「私に言わないで」
「カップ麺の方が先に出来るヒーローってどうなんだっつーの!」
文句をいう割には透明の状態で腕を回し、準備運動に余念がない。
短く切り揃えられた髪をかきあげてゴーグル型のバイザーをかけ直す飛彩の赤く光る眼光すら、世界へと溶けていく。
そんなギャーギャーと喚く少年、飛彩に対して蘭華は不可視の状態でくすくすと笑った。
同じ能力下故にお互いの姿は視認できているようで、蘭華は肩まで伸びた濡羽色の髪をなびかせている。
体の線が丸わかりになってしまう強化スーツだろうと、ガルムに視認する術はないが。
「難しい? ヒーローのこと、守れそうにない?」
「うっせ! 出来らぁ!」
そう、ヒーローは彼らがいるからこそ変身できる。
あまりにも長い変身口上。
あまりにも長い変身時間。
隙を晒しまくるヒーローが安心安全に変身できるよう、その変身途中を守る影の功労者。
戦場にヒーローでもなんでもない何の特殊能力もない存在、『
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