ヒーローへの渇望

 ドアの向こうに消えたのを確認すると同時に、二人は踵を返して歩き出した。


「けっ、なんで邪魔すんだよ」


「バカッ! 私が足踏んでなかったら蹴り飛ばすつもりだったでしょ!」


 水面下の攻防は、蘭華がすんでのところで食い止めた。でなければヒーローとの戦いにも発展していただろう。


「クビになったらヒーローになれないんじゃない?」


「分かってる……あーくそ、次会ったらぶっ飛ばす」


「毎回言ってるわよソレ……でも、あいつの能力を敵に回すのは危険すぎる」


 怖くない、そう否定しても肯定してもダサいことに気づいた飛彩は渋々小く頷いて歩み出す。


 ホリィの一件だけでも膨れ上がっていた感情は、飛彩の心の中で完全に明確なものとして形作られていた。

 何であんな雑魚や性格が腐った奴が、認められてしまうのか、と。


 そうして二人が待機室まで戻ると、モニターには全国各地で戦うヒーローの姿が映し出されていた。

 基本的には録画で戦闘を観察し、自分に活かすというものではあるが、中には生放送のものもある。

 どう現実を否定しても、この世界は異世からの侵略を受けている。


 一部奪われて暗黒と化した場所もあるが、ヒーローが誕生してからは何度も勝利を重ねており侵略を免れているのだ。

 護利隊という捨て駒の兵士を大量に犠牲とする事で。これは目を逸らせない事実だ。


「けっ、またクソみてぇなもん映しやがって。俺らんとこにはいらねぇって言ったよな?」


「私は見るんだから。それに一般人には最高の娯楽ってやつらしいし」


 はっ、と吐き捨てるように自分のロッカーへと手を伸ばす。

 蘭華の言う通り、ヒーローとヴィランの戦いは最高のエンターテイメントとして扱われている。


 ヒーローの武器をおもちゃにして販売したり、スポンサーをつけたりと、世界を守るのにも金が必要ということだ。

 もちろん、護利隊の存在や都合の悪いことは全て映らないようになっている。

 飛彩は蘭華がいるのも気にせず着替えを始めた。返り血を落としてあるとはいえ、スーツからは血の匂いが絶えない。


「とっとと着替えて出てってよねー」


「あー、はいはい」


 昔からの付き合いの二人は特に気にする様子も見せない。

 男女混合の待機室にも、もう慣れた。このようなところにまで経費削減の波が押し寄せるのだから、世界を守る仕事と言っても世知辛い。


 蘭華はモニターを見て、その後ろで飛彩が着替える。


「あっ、あそこの戦いも映ってるみたいだよ」


世界展開リアライズ! 救界戦隊レスキューワールド!』


 このヒーローの変身に必要な時間は三分。

 よって護利隊の隊員が死に物狂いで三分を護りきったのだ。

 さっき飛彩たちが戦ったガルムのような雑魚ヴィランならともかく、基本的にはヒーローの世界展開と拮抗する展開の力を持った知能ある侵略者が現れる。


 飛彩と蘭華は血反吐が出るような訓練をくぐり抜けてきたが、実戦投入されてからはまだ数ヶ月しか経っていない。

 今まで戦ってきた敵は強敵揃いではあったが、今こうして二人は生きている。

 ホリィに対して随分と先輩風を吹かしていたことを思い出し、蘭華はクスリと笑った。


「……モニター消せよ」


「無理。支援系の私は情報を頭に入れないと……それで窮地を救う事だってあるはずよ」


 それに対して一定の理解を示しつつも、やはり本能で受け入れられない。上半身裸の飛彩は無理やりモニターの電源を消した。


「ちょっと! 私の話、聞いてた?」


「俺たちに守られてるような雑魚の何がヒーローなんだよ」


 怒りがこもった呟き。

 そう思う護利隊は非常に多いが、飛彩は特段その気持ちが強い。


「さっきのホリィとかいうヒーローだって、俺がいなきゃ死んでたんだ」


「……そうね」


 イラつきを隠せない飛彩は自分のロッカーを思い切り殴りつける。


「ちっ! 戦闘映像見せられるだけで、死ぬほど腹が立つぜ!」


「アンタだってレスキューワールドの映像はよく見てるじゃん」


「今はそういう気分じゃねぇ!」


 護利隊の動きまで含まれた極秘の映像。

 これが見られるのは護利隊に関する人間のみだ。

 それゆえに死んでいく部隊の人間だって見える。


 悲鳴や助けを求める声と共に、主観映像が消えていくのだ。

 ゴミのように扱われている自覚が二人にもあったが、それを認められるほど飛彩は穏やかな人間ではない。


 そして何より、自分の方がヒーローより強い。

 飛彩にはそう思えてならないのだ。

 ヒーローなど所詮変身出来なければただの人。


 犠牲の上に成り立っているというのに、何故スポットライトを浴びる日向で手を振れるのか。

 護利隊とヒーロー本部が決めた規則と言えど、こればかりは我慢のしようがない。


「……気は済んだー?」


「あぁ?」


「はいはい、そろそろ着替えるから出てってよね」


 あのように病んだ飛彩は止められないことも蘭華は知っている。

 昔からの付き合いで、飛彩の扱いは誰よりも長けているのだ。

 この手の論争を飛彩と続けても無意味。


 飛彩の心の奥底にあるヒーローへ憧れの根源というものを知っているからこそ、何を言っても無駄なのだと。


「飛彩」


「わかったよ!」


 そう言って待機しつから飛び出す飛彩。


 スライド式の自動ドアが開ききる前に無理矢理に出て行ってしまう。


「流石に上半身裸で出てくな!」


 ドアが閉まる前に投げられるブレザー。それは飛彩を多い隠すように被さった。

 実戦投入されるようになってから何度も味わった、何故弱いヒーローを守らねばいけないのか、という思考は心を穴だらけにするように蝕んでいる。


「俺がヒーローになった方がよっぽど良いと思わねぇか?」


 暗くなった視界の中で、その問いに答えるものは誰もいない。そう、飛彩自身も。




 翌日。世間は休日だが、ヒーローや護利隊にはそんなものは存在しない。


「あ? あの新人に密着取材だぁ?」


 不貞寝を続けていた飛彩を叩き起こしたのは黒斗からの電話だった。


「んなもん勝手にやらせときゃいいだろ?」


「そうはいかない……密着は誘導区域でも行われる」


「はぁ!?」


 素っ頓狂な声をあげてしまうのも無理はない。


 何せ護利隊はヒーロー本部でも一部の人間しか知らない、さらに言えば知られてはいけない秘密の組織なのだ。

 ヒーローの戦いにテレビクルーが参戦してカメラを向ける以上、護利隊の存在が明るみに浮かぶ可能性はゼロではないのだ。


「バレたらどうすんだよ!」


「バレないように守りきれ。それが今回のお前の任務だ」


 一方的に要件だけを押し付けられ、飛彩は枕を壁へと投げつけた。

 信頼の裏返しかもしれないが、面倒ごとは大体飛彩と蘭華のところへやってくることが多い。


「人数は最低限。詳しくは本部で伝える。ということで今から来い」


「高校生に休日出勤強制すんじゃねぇ……地獄に落ちろクソが!」


 と文句を言いつつも、急いで支度を始める飛彩。

 少しでもヒーローに近づけるかもしれない戦闘、功績を無視することは出来ないらしい。


「では十分でこい。午後から取材が始まるそうだからな」


「準備運動が全力疾走になるじゃねーかオイ!」


 荷物をまとめ、気の抜けたジャージ姿のまま家から飛び出した飛彩は律儀に全力で走り抜けていくのであった。




「遅い、一分の遅刻だ」


「抜かせ」


 司令室に飛び込んだ飛彩は軽く息を切らしつつも、余裕が感じられる態度でズカズカと歩み寄っていく。


「で、どうすんだ? 計画は?」


 敏腕エージェント気取りの飛彩は応接用のソファにどかっと座り込んだ。

 ため息を吐きながら司令の椅子から立ち上がった黒斗はタブレットPCを乱雑に投げつける。

 よそ見をしながら受け取った飛彩は、ホリィの密着取材スケジュールを確認した。


「はぁ……インタビューや訓練撮影ねぇ。こんなの何が楽しいんだ? AVならとばすぞ?」


「ヒーローとヴィランの戦いが産む経済効果は凄まじい。放映権やらグッズ販売やら我々の考えが及ばないものもな」


下手な冗談を聞き流した黒斗はそのまま重要な事項だけ告げる。


「昼間行われる収録は後日行う特番用のもの……問題は夜の収録なんだ」


「おいおい。まさかヴィランとの戦いを生放送でもする気か?」


「……」


 来客用の和菓子を勝手に食べ始めた飛彩は嘲るようにケラケラと笑っていた飛彩の顔色はみるみるうちに青くなっていく。

 黙りこくって眼鏡の位置を直した黒斗の様子に食べていた饅頭を落としそうになる。


「黒斗、まさか……」


「そのまさかだ」


 勢いよく立ち上がった飛彩はソファを蹴り飛ばし、荘厳な司令の机に両手を叩きつけた。


「ふざけてんのか!」


「仕方ないだろう。話したようにホリィ・センテイアは資産家の令嬢なんだ。メディアの注目度も高い。本部やスポンサーたちは新たな稼ぎ頭に押し上げるつもりなのだろう」


 上層部の意向は理解できる。

 それはもちろん上層部の立場になって考えてみればの話だ。

 現場の黒斗や、さらに実働部隊として戦う飛彩からすればたまったものではない。


「じゃあ何か? ヒーローだけじゃなくテレビのクルーも守りながら戦えってのか!?」


「ああ。言ったように人数は最低限でだ」


 次々と告げられる無理難題に飛彩はその場で頭を抱える。


「もちろんクルーやカメラには護利隊が映らないように細工を……」


「そういう話をしてるんじゃねぇ!」


 怒りの根源は簡単な話だった。

 ヒーローの変身時間がとてもかかるというのに、上層部がただの一般人も一緒に守れると甘く考えている点にだ。


「戦場は遊び場じゃねぇんだぞ?」


「——遊び場くらい安全にするのがお前の仕事だ」


 切れ長な瞳から発せられる厳しい視線を受けると、自分が間違ったことを言っているような気にさせられることが飛彩は嫌いだった。

 どう足掻いても断れる話ではない事象に飛彩は文句をぶつけることを諦めて再び来客用のソファに座り込んだ。


「クソが……で? 何で今日ヴィランが来るって分かってんだよ?」


「すでに第三誘導区域に微弱な反応を検知している。おそらく午後七時くらいにヴィランが現れるだろう」


「あらかじめ潰しとくやつじゃねぇか……痛い目見ても知らねぇぜ?」


「痛い目を見ないようにするのが……」


「ああ、はいはい! 分かった分かった! 俺らの仕事だって言うんだろ!」


 やりゃあいいんだろ、とこぼしながら戦闘時の計画に目を通し始める飛彩。

 ますますヒーローに嫌悪感を抱きつつも、この無理難題を乗り越えれば転属の可能性が高まる、とプラス思考に自身を追い立てる。


「はぁ……こっちは死ぬ気で守る方法考えてるのに、あの女は優雅に収録中ってか? 本当にヒーローさんは羨ましいぜ」


 ソファに深々と座り直した飛彩だったが、ブリーフィングは隊員の部屋でやれと蹴り出されてしまった。

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