初陣の結末は!?

「ゴフッ! いい加減にジロォ!」


 拳を振り上げた隙を狙った高周波攻撃に吹き飛ばされるホーリーフォーチュンだったが展開力で大きな差がついている以上、バイトバットには単純な逆転の一撃など存在しないのだ。


ただ逃げ出しただけの時間稼ぎにホリィも少しだけ呆れた様子を見せる。


「その程度のお力しかないのなら最初から侵略などしなければよかったのではありませんか?」


「アァ!?」


 おそらくホリィには他意はないのだが、近くに控えていた飛彩も吹き出してしまった。

誰がどう聞いても煽りとしか取れない哀れみにバイトバットは手負いの身体を気にせず一際大きな高周波と真空波の合わせ技を放つ。


「黙レ! 餌が我を愚弄するナァ!」


「……!」


 手負いの獣が放つ最強の技も未来確定の前では塵芥に過ぎない。

分解された挙句、ホリィの両脇を無残にも通り抜けていった。


「ナッ!?」


「もう一度聞きます。命までは奪いたくありません。撤退の意思はありませんか?」


「ぐっ……ぐぅぅ!」


 その時、プライドが目に見えて音に聞こえるものだったならば、無残に折れた姿を晒していただろう。

そう、バイトバットの心は完全に砕けて首を縦に降ろうとしていたのだから。


「……?」


だが、首が縦に動くことはなかった。


「無様に生恥晒すくらいならここで死んどけ」


いつの間にかバイトバットの背中に飛び乗っていた飛彩は頭を掴み上げ、首を横に振らせる。


「や、やめろぉ……!」


「悪いな。俺もあいつらに見せ場作らなきゃならねぇんだよ」


「貴様ぁぁぁ……」


 これにて一件落着と思いきや、ホリィは涙を浮かべて言葉続ける。

泣きたいのは瀕死のバイトバットだというのに。


「どうして! どうしてわかってくれないんです!」


 画面の向こうでは敵にかける慈悲に感動するものが続出し、老若男女問わずその優しさに心打たれるものが続出する。

優しさに心打たれるファンと演技だというアンチが大論争を繰り広げる中、戦いはクライマックスへと向かった。


「くそっ、いいから必殺技撃てよ!」


「は、離せ!」


ロデオなどとは比にならない縦横無尽の動きに必死にしがみ付く。

小太刀を羽の付け根に突き刺すももはや命の危機に暴れ回る獣を止めることは出来なかった。


「ぐあっ!」


 十メートル近い高さから地面に叩きつけられる飛彩。

未だにホリィが命の大切さを説く中でバイトバットは次元の裂け目を作り出す。


「覚エテおれ! 餌ガァ!」


 裂け目に手を伸ばすも、それ以上先に進めない違和感にホリィを見やったバイトバットだが未だに説教が耳に届くことに気づく。そう、飛彩が原始的な方法で無理やり押し留めていたのである。


「小太刀にワイヤーつけておいて正解だったぜ!」


 そこからは綱引きの要領でこちら側の世界へと引っ張るのみだ。

一瞬ホリィにはヴィランが逃げる姿に見えていたようだが、裂け目付近でジタバタ暴れる様子を力を溜めている様子だと勘違いしたようで、必殺技のモーションへと移る。


「これ以上侵略なんてさせない! 食らいなさい! ジャッジライト! カモン! トゥルーエンディング!」


 ファンシーな展開が縮小する代わりに、毛を逆立たせるほどに迸る白いオーラがホリィの身を包んだ。


「ヤ、やめてクレェェェェェェェェ!」


「往生際が悪いぞ! いい加減にくたばりやがれェェェェェェ!」


 一本釣りの要領でバイトバットを宙へ投げ出した飛彩は、そのままホリィの方へと投げ飛ばす。


「いきます! バットエンドブレイカー!」


 白いオーラを全て右拳に集約させたホリィは羽をうまく動かせずにいるバイトバットの腹部へと拳をめり込ませた。


「グギャウ!?」


「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 どんどん減り込んでいく拳から発せられるのはホリィの展開力の全て。

聖なるエネルギーによってバイトバットは内側から浄化され、存在そのものが消滅していく。


「お、オノレェェェェェェ!」


 貫通し、殴り抜けた勢いのまま地面へ着地するホリィ。

地面への衝突時にも能力を使って無事に立ち上がる。



「次は善なる存在になりますように」



 死にゆくヴィランに捧げる祈り。

それを間近で見た飛彩は気に入らないのか唾を吐き捨てる。同時にバイトバットも爆散し、黒い展開は全て消滅した。


「ご覧ください! ホーリーフォーチュン! 鮮やかな初勝利です!」


 日本各地から上がる歓声は第三誘導区域にまで聞こえそうな勢いだった。

仕事を終えて一安心というホリィも胸を撫で下ろしている。


「けっ……! 面白くねぇ」


ドローンカメラやテレビクルーが一気に接近し、スポーツのヒーローインタビューさながらの質問を開始した。


「今回の初陣はいかがだったでしょう?」


 後ろでほとんど気を失っていた状態で撮影を敢行していた一人のインタビュアーがホリィへとマイクを向ける。


「皆さんの応援がなければ勝利はなかったと思います」


 そんな綺麗事が飛彩は何よりも嫌いだった。

誰からも認知されないとはいえ、ヒーローインタビューの真横に立っている飛彩に黒斗は胃が締め付けられる思いになる。


「綺麗事言ってんじゃねーぞクソが。誰が守ってやったと思ってんだよ……」


と毒づく中、飛彩の視線はホリィの豊満な胸部へと向いてしまった。

先ほどまでかっこつけて毒を吐いていた少年は、一歩二歩とどんどん後ろへ下がっていく。


「ちょっと飛彩! またあの子の胸見たでしょ!」


「み、見てねぇって! つうか喋って大丈夫なのかよ?」


「もうこっちのヘリは撤収中! スナイパーライフルで監視してるんだから!」


「やめろよ危ねぇな!」


 どちらにしろ飛彩の仕事も終わっている。

蘭華にどやされる前に自分も撤退しようと歩き出す中、いつの間にかオフにしていたバイザーの中のテレビ番組をオンにする。


「これからはヒーローの一員として恥ずかしくない戦いをお見せします! これからもよろしくお願いします!」


 大盛況のままヒーローインタビューは終わり、そのまま民衆の熱狂を映すニュース特番へと番組は切り替わる。

スクランブル交差点は熱狂の渦に包まれたヒーローファンが大盛り上がりを繰り広げ、スポーツバーならぬヒーローバーでもホリィを称える声が絶えない。



「守ってくれてありがとう!」


「可愛い上にめっちゃ強い! もう推すしかないっしょ!」


「憧れちゃいましたぁ〜!」


 次々と聞こえてくる称賛の声に辟易した飛彩はその番組を閉じた。

そのままゆっくり振り返り、変身を解除して歩き出したホリィを見やる。


かたや世界を救ったヒーローとしてもてはやされる少女。

かたや誰にも見えない影として戦い続ける少年。

自分と彼らの圧倒的な違いを認めるのが悔しいのか、飛彩は振り返らずに走り出した。


「……ダセェ。ダサすぎて死んじまいそうだ」

視界の戦闘補助ツールをオフにしようとした瞬間、発動する機能を間違えたようで個人領域(パーソナルスペース)が一瞬にして消える。


「あ」


「あ、じゃない!」


 すぐさま遠隔で蘭華が張り直してことなきを得たが、ホリィには一瞬だけ何者かの後ろ姿が見えてしまっていた。


「もしかして、あの忍者のヒーローさん……?」


追おうとしたホリィを取り囲む取材陣が一気にヘリコプターの方へ案内したことで、その場を調べることも出来ずに悲しそうな表情を浮かべる。


「——会って、お礼を言いたいのに」


 勝手な勘違いを膨らませる少女と、一人悔しさを募らせる少年。

迎えにきた護利隊のビークルとホリィを乗せたヘリコプターは金輪際逢うことがないかのように逆方向へと進んでいった。


「——ったく、いつもより胸糞悪ぃ」


生放送というリアルタイムで反応が返ってくることも飛彩の苦しみを助長させた。


「飛彩、任務完了だな」


「おー、黒斗。こりゃあボーナスものだな」


「そうですね司令官。私も目立つようなことしたくなかったのに〜」


「何にせよ。二人ともよくやった。当分非番にしてやるから。ゆっくり身体を休めろ」


 そのまま通信機で会話を続ける三人。

窓の外の殺風景な風景を眺める飛彩は、誰も成し遂げたことのない生放送でヒーローを守るという奇跡を称賛されるも生返事を続けるのであった。


「あーあ。俺だけでもやれたのによ」


 その呟きを通信機が拾うことはなく、虚空を泳いで夜の闇へと消えていった。

 これがヒーローと護利隊の関係。


そう、世界は彼らの助力もあって守られているのである。


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