幾千の限界突破

 しかし、それを上回るほどの思考力で相手の動きを先読みし始める。

敵の軌道を計算し、避ける位置、攻撃を繰り出す位置を高速の戦いの中で割り出していく。

飛彩を完全に屈服させたいのか、ハイドアウターも浮かべるはずのない青筋を浮かべる気分で猛攻をやめなかった。


「その魔法がどこまで続くかしらぁ〜!」


「テメエが死ぬまでだよ!」


 直撃すれば体に穴が空く事は間違いない回転爪撃を躱し、さらにそれを摑んで反対側から飛んできていた右足へと打ち込んだ。

何度も何度もぶつかり合った鎧はとうとう力尽きる。甲高い音をたてて砕け散った鎧に兜が震えた。

あと少し、もう少しだ、と歯を食いしばり、残された二本の青いインジェクターを両腕へと打ち込んでいく。


「ボロボロの鎧なんざもう怖くねぇ!」


 だが、注入した時の一瞬の隙がハイドアウターに味方する。

残るエネルギーを全て費やし、今まで以上に勢いづいた特攻が飛彩を襲う。

それと同時に、脳内で何かが弾ける音がした。同時に飛彩の耳と右目から血が流れ、視界を染めていく。ハイドアウターは勝利を確信してさらに速度を強める。


 だが、幸運の女神が微笑んだのは飛彩のだった。痛みによろめいたせいで攻撃は空を裂く。それはまさしく偶然だった。命運を分けるには充分すぎるほどに。


「はは、情けねーな」


 運に助けられたことを嘲笑いつつ、飛彩は両腕に全てを込めた。ここで死んでも構わない、という覚悟で。


「消し飛べ!」


 勢いよく振り抜かれたラリアットで砕け散るハイドアウターの左足。

もはや残る部位は胴体と兜だけ。


「んもう! どうなってるのよぉ〜!」


「お、わ……り……だ!」


掴もうとした兜がすり抜ける。

飛彩はすでに限界だった。崩れ落ちた飛彩は全く動かない。


「くそっ……う、ごけよ……!」


「——あ〜ら?」


 もはや攻撃に適する部位はないが、勢いをつけた鎧の突撃は充分に飛彩の骨を軋ませた。


「ぐうっ!?」


「今度は私の番よぉ!」


 かちあげられた飛彩はボールのように兜と胴体の間で弾かれていく。

空中を闊歩するハイドアウター相手に、蘭華の援護も届かなかった。


「そーれっ!」


 空中で漂う飛彩めがけて二つのパーツが隕石のようにめり込んだ。

聞きなれない鈍い音に蘭華は思わず耳を塞ぐ。出来ればこのまま戦いから意識を逸らし続けていたかった。


「もう動けないでしょ〜、特に最後のは効いたんじゃない?」


倒れこむ飛彩はすでにインジェクターの効果も切れ、死を待っていた。


「さぁ、次はお嬢ちゃんよ。女の子のエネルギーは美容に良いのよねぇ」


「——ひっ」


 蘭華の畏怖の感情を鋭敏に感じ取った飛彩は拳に力を込めた。

しかし身体から返事は帰ってこない。


「こんな体になっちゃったんだから。もう暴飲暴食してやるわっ!」


その時、熱が飛彩の頬を掠める。

かすかに動く頭でその発生源を追うと、飛彩の隣に炎の長剣が突き刺さっていた。


「はっ……ブレイザーブレイバー、か」


 友が最後に行ったのは特攻ではないと飛彩は思い込むことにした。

適合している本人にしか使えない武器を置いていった頭の悪さを嘲りながらも、感謝した。


 出来るかどうかは分からなくとも、自分に何かを賭けてくれた、勝手にそう思うだけで飛彩は立ち上がれた。


「あーら、タフねぇ。個人領域には防御力上昇効果なんかないはずだけど?」


「蘭華、安心しろ……まだやれっからよ」


「ひ、飛彩……?」


 壊れたスーツから覗く素肌は打撲で変色していた。

動くはずのない身体を無理やり動かし、ブレイザーブレイバーを握る。


「飛彩っ、何やってんの! それは紐付けられた能力を持つヒーローにしか!」


「その子の言う通り。偶然に落っこちた剣にすがるなんてやめておきなさい」


「俺はヒーローと違って全人類に希望なんて振りまけねぇ! でもよぉ……」


 持ち上げることすら叶わないはずの長剣は飛彩によって再び戦場に舞い降りた。

そこからはわずかだが、力を貸すようにレスキューレッドの世界展開が発動している。


「俺は約束を守る、熱太にも守らせるんだ……俺は今だけでも、ヒーローになる!」


剣から吹き出す炎は飛彩をも焼いた。これが適合しない者が使う代償とでも言うように飛彩は苦悶の表情を浮かべる。


「バカじゃないのぉー! 自滅する気かしらぁ!」


 兜と胴体だけになったハイドアウターは飛彩の周囲をくるくると回りながらにじり寄っていく。

所詮は世界展開に使われている不適合者だとハイドアウターは甲高い笑い声を上げた。


「このまますり潰してあーげるっ!」


すでに限界に達しているにも関わらず、ブレイザーブレイバーの炎がさらに飛彩を燃やしていく。

握る両手を離したい衝動にかられながらも、力をさらに込めていった。


「お前も熱くなれ! 飛彩!」


 幻聴かもしれない。願望かもしれない。しかし、そのよく分からない声に飛彩は従った。

何よりも熱太ならそうする、そう考えて。その刹那、左腕が軽くなった気がしていた。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 今までの炎はくすぶっていただけ、というのがよく分かるくらいに周りの景色が歪む。


「それ以上近づけば、テメエは死ぬぜ?」


「……こ、こけおどしよぉっ!」


 瀕死の獣の気迫にハイドアウターは押された。

様子を見るべきだと言う理性を無視して激昂の声を上げて突撃する。

この時、蘭華の心には安堵の光が差していた。


「私にとっては十分ヒーローだよ、飛彩……だから、決めちゃえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」


「ただの人間がナメんじゃないわよぉー!」


そして二つの鎧は飛彩の領域へと踏み入った。


「らぁっ!」


 その刹那、ハイドアウターには倒れているはずのレスキューレッドの姿が飛彩と重なっているように見えていた。


「俺はヒーローになるんだ……これくらい使いこなしてやるよ!」


 反応が遅れたハイドアウターに目にも留まらぬ回転斬りが迫る。

近づいただけで胴体の鎧は溶かされ、間一髪で下がった兜も大きく斬り裂かれた。


「逃がさねぇ!」


 すかさず兜を地面へと突き刺し、何度も何度も剣を突き刺した。

一番の強度を誇っていたはずの頭部は斬られた部分からどんどん溶け、ひび割れて命が砕けていく。


「わ、私の硬度を甘く見ないでちょうだい!」

「知るかぁぁぁ!」


 骨にヒビが入ろうと、痛みで叫びたくても飛彩は剣を振り下ろし続けた。

その気迫はハイドアウターを震え上がらせる。

もはや強がる言葉も吐けず、ハイドアウターは声にならない悲鳴をあげていた。


「わ、わかった! 降参! 降参するっ!」


攻撃はやまない。


「ほら! 異世の情報教えてあげるから!」


インカムからやめろという黒斗の声が聞こえていても、やめない。


「ごめんなさい! ゆ、許してえー! 私も上司に命令されただけだったのぉ〜!」


やめない。


「ひいぃっ?」


「オラァァァァァァァァァァァ!」


 結晶が割れるような透き通った音と共に、飛彩は地面に剣を突き立てた。

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