白と黒の偏差値
ぴくるすん
プロローグ
「それでは、始め」
監督の教師が中間テストの始まりを告げた途端、しんとしていた教室が紙をめくる音に瞬間な支配を受けた。
一之瀬常葉も例に漏れず、男子にしては長いであろう肩辺りまで伸びた髪をピンでまとめながら、配られた問題用紙をペラとめくる。
ざっと内容を見て、思わず苦笑する。
……これはマズイかもな、と、そう思う。
もし平均点を取れたなら奇跡に近い、というレベルでのマズイ、だった。
だが、そんな事態であるにも関わらず、常葉の心中に焦りは無く、むしろ苦笑いをしてしまうぐらいの余裕があった。
いや、余裕ではない。どちらかというと、諦観という表現が似つかわしかったが、それはつまり、常葉自身がこうなることを覚悟し、受け入れていたことに他ならない。
――こうなることが分かっていて、勉強をしなかった。ということ。
別にぐれたり荒れたりしているわけではない。
常葉には、勉強よりももっと重要な、やりたいことがあったのだ。
それでつい、学業が疎かになってしまっただけのこと。
もちろん褒められるべき行動ではないことは、かつて成績上位に上り詰め、教師からの評価も軒並み優等生であった常葉自身が、最もよく分かっていた。
とはいえ進級したての四月頃はまだマシだった。劇的な変化があったのは、それからの一ヶ月だった。そして今は五月中旬だ。
前々から変化はあったが、その一ヶ月が、常葉の曖昧な部分をより明確にし、それを受け入れる場を与えてくれたと言って差し支えなかった。
間違いなく、常葉の人生の中で最もドラマチックな出来事だったといえる。
それに、運命的とも言える出会いにもめぐり合えた。
一ヶ月間、苦楽を共にした顔をぼんやりと思い浮かべる。
常葉と一番近い距離で戦った彼女――藍川は、今頃同じようにテストに苦しんでいるのではないか、という想像。
たった今同じ教室内にいる親友――涼だって、今この瞬間にも唸り声をあげてもおかしくはないだろう、という妄想。
しかし入学から間もない一年生の彼女――諏訪であれば、きっと初回のテストぐらいは乗り越えてくれそうだ、という楽観。
そして、生徒会長なら。
会長なら考えるまでも無く、テストぐらいへっちゃらだろう。
そしてテストが返却された後で、常葉の酷い点数を見て、さぞかしガッカリするんだろう。
けれどガッカリした後で、「しょうがないんだから」と笑ってくれるに違いない。
そんなことを、考えた。
「帰ったら、作業の続きだ」誰にも聞こえないよう、小声で呟く。
常葉の頭に、既にテストの文字はなかった。
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