第32話 宣戦布告
動画を公開したのが金曜日。そして、土日の休日を挟んで、月曜日を迎えた。
案の定、学校は大騒ぎになっていた。
常葉が登校した時点で、生徒のほとんどがPVの話をしている状態だった。駐輪場や廊下、もちろん教室でも、かなり盛り上がっている。
そう、盛り上がっているのだ。誰も否定的に語っていない。
しかしそれも当然といえば当然で、公開した動画の高評価の数は圧倒的で、ネガティブな意見は全く見られなかったからだった。
だが、それも教師側の立場となれば話は変わるようで、校門前に立っていた教師や廊下ですれ違う教師たちは強張った顔つきで、どこか不機嫌そうで緊張しているような面持ちを見せていた。
「まずまずってところかな……」
もう十分なレスポンスと言えるが、最終目標を考えると、余裕ぶるにはまだ早い。
常葉は気を引き締めて2‐Fの教室に入ると、自分の席に腰掛けた。
いつも如く涼の方へ視線を向けると、相変わらず何か分厚い本に視線を落としていた。おそらく何かの参考書なのだろう。
するとそのとき。
ピンポンパン――と。
校内放送の合図が鳴り響いた。
『全校生徒にお知らせします。今朝のHRは無しとし、代わりに、体育館で緊急集会を開きます。HRの時間になったら体育館に集合し、いつものように整列し、着席してください。繰り返します……』
ピンポンパンポン。
「なるほどね……」
常葉は少し得意げに口角を上げる。
ブー、ブーと、ポケットの中でスマホが振動した。
言うまでの無く、藍川と諏訪からの歓喜――あるいは決意のメッセージだった。
体育館はざわついていた。
緊急集会と銘を打った時点で生徒の大半は何の件で召集されたのか察していたし、教師陣もいつもとは違って険しい表情をしていた。
体育館の入り口からゾロゾロと上級生たちが入ってくる。そのほとんどもざわざわと落ち着かない様子で近くの生徒と話していた。
そんな中、常葉は堂々とした様子で座り、会の始まりを待っていた。
名簿的に前の方にいる常葉は後ろを振り返り、生徒たちが入場してくる入り口を見やる。
たまたま、会長が入ってきたところが目に入った。当然向こうはこちらに気付いていないし、気付いてもらおうとも思わない。
会長はそのまま皆から離れ、教師陣の集まる脇のスペースを歩いていき、舞台袖の手前まで歩いていった。
そこにいる人たちを見ると、常葉はどことなく解放された気持ちになった。
会長を含む彼らたちは「新生徒会」のメンバーたちだった。
常葉たちがPVを作っている間に生徒会選挙があったのだ。
当然ながら、常葉が続いて立候補するわけもなく、従って、常葉は今生徒会役員ではない。
会長がまた「会長」に立候補するのは予想通りだったが、きっと前期と今期では心持が違うだろうな、と常葉は考えていた。もちろん、ただの想像に過ぎないが。
全生徒の入場が終わると、一人の男性教師が舞台端の階段を上がって教壇に手をついた。ついでマイクのスイッチを確かめ、口を開く。
「全員、静かにしなさい」
穏やかではない声音だ。それを一部の生徒が察して黙り、その沈黙が波紋の様に広がって、しばらくすると体育館は静粛に包まれた。
この静粛は、あまりにも空気がピリピリしていて、とても居心地が悪い。
「それでは、これより緊急集会を始めたいと思います」
そう言って、その男性教師は階段を降りて舞台から去り、代わりに別の教師がすれ違いに階段を上り始める。その教師の顔はいかにも不機嫌で、心のなしか挙動の一つ一つに荒さが感じられた。
黒河内はそんな態度のままマイクをスタンドから抜き取って、教壇の前へと出た。
全校生徒をぐるりと見渡し、ゆっくりとマイクを構える。
「みなさん、おはようございます」
何となく低めの声だ。
ワンテンポ遅れてねめっとした気だるい「おはようございます」が全校生徒によって返された。
「今日はわざわざすみません。ほとんどの生徒には関係のない話です。一部の生徒が好き勝手な行動のせいで、みなさんの貴重な時間が奪われています」黒河内は一拍おいた。「皆さんはおそらく、何の話なのか分かっていると思いますが、改めて言います。今日は、インターネット上にアップロードされた動画の件についてお話したい思います。その動画では、この学校の許可なしに、学校内で撮影された映像を使用し、あろうことか、この学校に勝手なイメージを植えつけることを趣旨するような、そのようなことが行なわれていました。言っておきますが、これはとんでもないことをやっています。とてもただ事ではすみません。自首しなさいとここで言ったとしても、きっと彼らは手を挙げないでしょう。しかし貴方がそのつもりであるなら、こちらも然るべき手段に取ります。現段階で既に、あの動画を不適切動画としてサイトの方へ通報を済ませています。君たちの目的が如何様にせよ、我々は教師陣を怒らせてしまった時点絵で、君たちに未来はない。よほど大目に見ても停学は免れない。私としても退学でも足りないぐらいと思いますが、それを決めるのは私ではない」黒河内はまた一拍置くと、怒りの滲んだ声音を元に戻した。「ここにいる関係の無い――ほとんどの生徒にお願いがあります。もし少しでも情報があれば、我々教師陣に遠慮なく言ってください。この件が原因で、この学校の評判が下がる可能性も大いにあります。そうなったとき、進学希望を希望する皆さんは苦労するかもしれない。先ほど関係のない生徒とは言いましたが、そういう意味では、皆さんにも少なからず影響はあります。ですから、もう一度お願いしますが、もし少しでも情報があれば、教師に言ってください。よろしく頼みます」
立て続けに黒河内は喋り倒し、ようやく一息をついて、マイクをスタンドに差し込むと、舞台を降りていった。
体育館の空気は先ほどより尚更緊張しつつあった。
あの温厚な黒河内が誰がどうみても怒っていたからだ。皆息を呑み、これがただ事ではないことを自覚し始めていた。
しかし。
常葉は当然、臆するわけがない。
大体、あのPVが学校に悪影響を与えるという発言が、常葉には甚だ理解しがたかった。動画サイトのコメントをどこまで信用するかによるが、少なくとも中高生風のコメントが大多数を占めていたはずだ。そんな彼らが大絶賛したのだ。一体どこが悪影響なのだろう。
大人の――教師の視点をあたかも常識の見解であるかのように言うのはやめて欲しい。
ふと会長の方を見ると、複雑な表情で壇上を眺めていた。
喜びでも怒りでも悲しみでもない。
難しいな、と思う。
けれどそんな表情も今日限りにして、会長には思い切り笑えるようになって欲しい。
仲直りは、もうすぐそこだ。
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