第31話 始動②

「一之瀬君が、中間テストで結果を残し、特進コースに戻ることを決めてくれました。私は、この決断を正しいものと思います。皆さんも是非、応援してあげてください」


 常葉が登校を再開した直後、そんな嘘を堂々と言ってのけた黒河内は、今もまだ、悠々と資料室で指導を行なっているのだろう。

 けれど、それがちょうどいいタイムリミットになり、常葉たちに常に一定のモチベーションを与え続けていた。

 そして今、常葉は学校を欠席して、自宅でPVの最終調整を行なっている真っ最中である。

 藍川が常葉の家を訪れたのがもう三週間前の出来事で、今までの間ずっと、常葉たちはPV制作に精を出していた。何度ずる休みをしたかあまり覚えていない。


「どう?」


 と背後から声がする。

 常葉はディスプレイから目を離し、椅子を旋回させて後ろを振り返った。


「……何も、藍川さんまで休むこと無かったのに」


 常葉のベッドの上に、制服姿の藍川が腰を下ろしている。親には学校へ行くと見せかけ、学校には欠席連絡を入れたらしい。完全に不良と化している。


「またその話? 完成したところは見たいし、何ならすぐにアップするんでしょ? だったら一緒にいた方がいいと思うんだけど」

「いやまあ、そうかもしれないけど……」常葉は藍川の隣に視線をやった。「だからって、諏訪さんまで来るのは流石にやりすぎではと」

「いえいえ、私も藍川先輩と同じ気持ちですから!」


 と、諏訪は藍川のとなりに同じように腰掛けながら、そう言って胸を張った。

 まあ、今更何かを言ったところで学校のサボりは取り消せないのだから、どうだっていいことではあるのだが。

 常葉はまた椅子をクルリと回してディスプレイに向き直り、作業を再開した。


「そういえば、牧野君はどう?」藍川が尋ねてくる。

「涼は相変わらず違和感が残ったままかな。なんというか、このままだと柔道部やめそうな勢いだし」


 ディスプレイを見ながら答えた。


「そう。じゃ、急がないとね」

「絶賛急いでるよ」

「早く完成させて、結果出して、さっさと会長と仲直りしなさい」

「……分かってる」


 元々PV作戦は会長の案であるし、藍川と会長の仲は良い傾向にあるのそうだが、常葉とはずっと相変わらずのままで、未だに廊下ですれ違ってもお互い無視を貫いていた。

 今のままでは、何と言うか……顔を合わせるわけにはいかないと感じているのだ。

 心の準備ができていないともいえる。

 けれど藍川が言うように、このまま結果を出して物事がいい方向へ進んでくれれば、その準備も進むような気が、常葉の中でしていた。


「なに? 照れてるの?」

「照れてないよ」

「ふーん」

「出来たよ」

「は?」藍川の間の抜けた声を出す。

「PV」常葉は振り返って二人を見た。「完成した」

「えっ!? ほんとですか?」


 諏訪がいち早く腰を上げてディスプレイを覗き込んでくる。

 藍川も続いて立ち上がり、近づいてきた。常葉は再び画面へ向き直ると、完成したものを再生し始める。


「後は祈るだけ……かな」

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