第13話 喫茶店②

「黒河内について、どれくらい知ってる?」


 アイスを完食するや否や、口元をティッシュで拭いながら藍川が口を開いた。

 食事がいい切り替えになった。


「一応ネットで少しは調べたけど、すごい人っていう漠然とした印象しか」

「大体あってるよ。でも、ネットに浮上してない情報もある」


 それはそうだろう。

 今朝の黒河内の反応を間近で見ていなければ、こうは思えなかったはずだ。

 常葉の目的は、彼女の言うネットに浮上していない情報を探すことに近い。


「実はどこかの掲示板で話題にされてるっていう線はない?」

「絶対ない」藍川は即答する。「ほとんど調べまわったから、自信を持って言える。裁判するにあたって、弁護士の人がたくさん調査してくれたしね。裁判が終わった後も、定期的に私も調べたりはしてるけど、やっぱり進展は無いから。仮に何か発見できてたら、裁判で負けてないでしょ」

「確かに……」


 弁護士。この単語だけで、説得力は凄まじい。


「だから、どうにかして物理的に証拠をあぶりださなきゃいけない」

「ネットで呼びかけてみるってのは?」


 もしやっていないのであれば、自分が試すのもありだ、と常葉は思った。多少ではあるが、ネットでは知名度がある。


「物理的に、って言ったでしょ」藍川は背もたれに体を預けた。「それに、それはもうやった」

「え? やったの?」そこまで言って、思い出す。「あぁ……そうか」


 常葉は昨日、藍川に脅された。その時、藍川は「自分はネットで結構名が知れている」と言ったではないか。

 どういった経緯で有名なのか、また何をしているのかは、今言及するのはどう考えても意味が無いし時間の無駄だからやらないが、それはそれとして、であれば何も言えなかった。

 前の話を鑑みるに、きっと何の成果も無かったことが想像できるからだ。

 ここまで行くと本当に黒河内には何も疚しいことはないのではないかと思ってしまう。

 けれど、それでは黒河内のあの反応に対するつじつまが合わない。

 絶対に、何かを隠している。

 ……あるいは、藍川の兄に秘密があったのだろうか。

 分からない。

 調べようと思っても、ネットは駄目だ。

 ならば、物理的に証拠を掴むまで……なるほど、これは分かりやすい。


「だったら、少し観察してみるよ」

「どういうこと?」

「明日、確か黒河内の特別授業があったはずだから」


 学校側が生徒に対し申し訳ないと思ったのかどうかは不明だが、特進コースではない普通コースにも黒河内の授業が行なわれるらしい。


「何か分かることがあればいいけど……」藍川は思い出したように顔を上げた。「それから、気をつけて」

「何が?」

「黒河内は馬鹿じゃないと思う。でも、今朝のことがあるから、授業中だったとしても何かしてくるかもしれない」

「……確かに」ありえない話ではない、と納得する。「ありがとう」

「別に、心配はしてない」

「さようですか」


 結局この日は、藍川に押し切られて奢られてしまった。

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