―第2幕―
第12話 喫茶店①
「
いざ到着してみると、店の前で藍川が待っていた。スタンドを立てた自転車に跨ったまま、スマホに視線を落としている。
常葉が自転車から降りて藍川に近づくと、藍川もこちらに気付いて、自転車から降りた。
どうやら駐輪場はなさそうだ。
「ん。ごめん、急に呼んだりして」
「いや、別にいいんだけどさ……」
常葉はキョロキョロと辺りを見渡す。
「……なに?」
「よくこんなところ知ってるね。初めて聞いたよ、この店」
ここはどうやら商店街の一角のようで、周りにはお店らしき建物がたくさんあった。しかしどれもシャッターが閉まっており、二人以外に人影はない。
色褪せた自動販売機が目の前に置いてあり、ほとんどが売り切れと表示されていた。何だか少し切ない気分になる。
「私だって初めて聞いたし、初めて来たよ」
そう言って、藍川は早速店に入ろうとする。
まあ、他生徒の目につかないという点では、この店は最高といえた。
常葉は急いで藍川の自転車の隣に自分の自転車を停めて鍵を掛けた。ギリギリ道路の白線内に収まることができた。
藍川が木製のドアを引く。チリンチリンとベルに出迎えられながら、藍川に続いて常葉も店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃい」
と、向かいのカウンターから店主らしいお婆さんがしわがれた声で言った。
思ったより店内は狭く、ほとんど地元民であろう年配の方たちしかいなかった。
そもそも平日の夕暮れ時なのだから、そりゃそうだ。
四人用の適当なテーブル席に、それぞれ壁に体を預けるようにして座った。
BGMが無い代わりに、どこからかノイズ混じりのラジオが流れている。
「奢るよ」
「え?」
急になんだ。藪から棒に。
「だから、奢るよって」藍川は机に広げた小さなメニュー用紙を、頬杖を突きながら眺めている。「今日はその……色々迷惑掛けたというか、助かったから。そのお礼」
「えっ」
途中から不貞腐れているような態度ではあった。
「なに? 『えっ』って」
「あ、いや、急だったから驚いただけだよ」常葉は咄嗟に口を開いた。
まさか、意外にも義理堅い性格で驚いた、なんて言えるわけがない。
「そう」藍川は相変わらずメニューを見ている。「今日は、色々話す必要があると思って」
「予想はしてた」
茶々堂という名前の通り、抹茶系のお菓子が多かったので、常葉も藍川も、適当にそれ系のスイーツを注文した。やってきたお婆さんがすぐにカウンターの奥へ下がっていく。
「そういえば、体調は大丈夫なの?」
「おかげさまでね」
少し藍川の口調が嫌味風だったのは、常葉が半ば強引に早退させたからだった。後悔はしていない。その常葉の姿勢が伝わったのかは分からないが、藍川はそれ以上特に言及してこなかった。
「あなたこそ、生徒会長とは大丈夫だったの?」
「え?」
「生徒会役員でしょ? あなた。それに、生徒会長に随分と気に入られてたみたいだから……」
藍川が少し俯いた。気にしているのかもしれない。
だから、常葉はなるべく明るい表情を作った。が、嘘を吐く気は無かった。
「大丈夫……とは言えない、残念ながら」
「えっ!?」藍川が勢いよく顔を上げる。「もしかして、今朝のこと、もう……」
「たぶん、もう知られてると思う。会長とすれ違う機会があったんだけど、反応が明らかに違ったから」
「そんな……」
「別に藍川さんが落ち込む必要なんてない」
「いいえ、そんなことない。巻き込んだのは私だもの」
「違うよ。僕から進んで巻き込まれに行ったんだから。それに、この場合悪いのは黒河内で、藍川さんは悪くない」
「理屈は分かってる」少し語尾が強くなる。「それでも、謝らせて」
そう言って藍川は頭を下げると「ごめんなさい」と小さな声で言った。
綺麗な黒髪がゆったりと肩を滑り、床へ向かって垂れた。
「顔を上げて、藍川さん」
一拍空けて、頭が上がった。藍川は髪の毛を整える仕草をする。
「『大切な知り合い』って、会長さんのことで合ってる?」藍川は常葉を見据える。
「……まあ、うん」
「そんな簡単に許していいの? 私を」
「だから、藍川さんは悪くないって」
「そうは言っても……その、つまり」藍川は急に俯いてもじもじする。「会長さんのことが、好き……って、ことよね?」
「……ん?」
「え?」
しばし沈黙が流れる。
沈黙が流れた後、常葉はようやく「大切な知り合い」という単語から想像できる、会長との関係性に気付いた。
「いや、あれは、その……そういった意味ではなかったんだけど……」
急に顔が熱くなってくる。
視線が暴れようとするのを必死に抑える。
自分が照れている理由がよく分からなかった。
勘違いしたことがよほど恥ずかしかったのか、藍川も顔が赤くなっている。
「ち、違うの!? じ、じゃあどういう意味なのよ!」
「それ言わなきゃだめ!?」
「き、気になるでしょ!?」
「お待ちどうさん」
お互い真っ赤の状態の中、店主のお婆さんが頼んだものを運んできた。それぞれの目の前に、抹茶の色をしたスイーツが現れて、甘い香りが鼻腔を抜けていった。
「ごゆっくりね」
と、お茶目にもウインクをして去っていったお婆さんは、見た目以上に足腰がしっかりとしているようで、歩行速度が速い。これは、とてもすごいことなのではないか。
と、全くどうでもいいことを考えたところで、常葉は正面に向き直った。
藍川を見ると、まだ少し赤い。しかも常葉を見ている。睨んでもいる。
逃げられないな、と思った常葉は、観念して頭の中を整理し始めた。
「じゃあ、話すけど……」
常葉は、ちょうど半年前のことをゆっくりと思い出して、脳裏に光景を浮かべた。
「去年、当時まだ副会長だった会長に誘われて、僕は生徒会に入ることになったんだけど、それまではずっと、勉強しかしてこなくて、部活にも入ったことが無かった。多分、相当つまらない顔をしてたんだろうね、僕は。それまで学校を楽しいなんて思ったこと一度も無かったし、気にしても無かったから。それを見兼ねて、会長は僕を誘ってくれたんだと思う。その時は、進学で有利になるかもって思ったから、誘いを引き受けたんだけど……それから段々、学校が楽しいって思うようになって、そのまま毎日が楽しくなった」常葉の頬は、気付けばひどく緩んでいた。「その楽しさを教えてくれた存在、という意味で、『大切な知り合い』」
生徒会の仕事はどれも刺激に溢れていた。色々な娯楽に触れるようになったのは生
徒会に入ってからのことで、結果として、配信活動という一つの趣味を見つけたのだ。
まさかそれにはまり過ぎて、特進コースをやめる決意まで抱くとは、当時の常葉は思いもしなかっただろうけど。会長に理由を尋ねられたときも、配信が理由ですなんて馬鹿正直に言えるわけもなかった。言えばおそらく、こっぴどく叱られるからだ。
「思ったより、いい話なのね」
「どんな話だと思ってたんだ……」
「結局色恋かなって……」
「いやいやいや……そもそも、釣り合うとは思わないし」
「あ」
すると突然、藍川が高い声を上げた。
「どうしたの?」
藍川の視線の先を見てみると、少し前に運ばれてきた抹茶のアイスがあった。
それは段々と溶け出していて、表面に波打った模様を浮かばせている。
「食べ始めていい?」
藍川が少しだけ申し訳なさそうに、スプーンを手に取った。
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