第24話 徘徊

 流石に、家にそのまま帰るわけには行かなかった。

 このままでは欠席扱いになり、であれば、学校から家へ電話が掛かってくるのも想像に難くない。そうなると面倒だったので、常葉は家に向かわずに街中を徘徊していた。

 そのうち、携帯にでも連絡が来るのではないか、と思いながら、常葉は人気の無い方へ徐々に徐々に自転車を向かわせていく。

 車の通りもほとんどない、一歩通行の道路を通っていく。右には住宅が並び、左には畑が広がっている。割と家の近所ではあるものの、ここに来るのは久しい。そういえば、近くに小さな公園がある。小学校低学年ぐらいの頃によくここへ遊びに来ていたことを思い出した。

 しばらく進むとT字路に差し掛かり、予想通り、そのちょうど角に面する部分に公園があった。砂場と滑り台、そしてブランコしかない簡素な公園だが、実はその背後を囲っている森も公園の敷地内であり、この公園は四分の一面が遊具や砂場で構成され、それを囲う残りの四分の三面は木々が立ち並んでいる。

 確か「森公園」なんて名称で小さなころは呼んでいた気がする。今もその呼び名は受け継がれているのだろうか。

 常葉はさび付いた黄色のフェンスが口を開けているところから自転車と共に公園へ侵入し、砂場の横に止めた。前カゴに無造作に突っ込まれているカバンを取って、ブランコへ向かい、そのまま腰掛けた。座高的に座りづらく、チェーンもさび付いていて手が汚れそうだったが、そんなことはどうでもよかった。

 チェーンに腕を回しつつ、体の前でカバンを抱きかかえる。次いで、足で小さく地面を蹴って、ブランコを揺らしてみた。

 何だか、少し落ち着く。

 落ち着いたことで、ようやく自分がとった行動が如何に衝動的なものだったか、自覚できるようにもなってくる。

 こんなことをするメリットなんて、どこにもなかったのに。

 かといって今更学校に戻れるわけも無い。

 いや、そもそも、常葉にとってそんなことは今どうでもよかった。

 配信活動が完全に潰されたことに、動揺せざるを得ないのだ。

 昇降口では咄嗟のことで何も考えず黒河内を犯人呼ばわりしたけれど、しかしいま冷静に考えてみも、あの口ぶりからして、やはり黒河内ぐらいしかやりそうな人間はいない。

 常葉はそういった個人情報の管理は、配信関係においてはかなり慎重に行なってきたつもりだった。そう易々と漏れるものではないと、常葉自身が自負していた。

 だからこそ、漏れるとしたら。


「……会長か」


 昨日、会長は常葉の動画のことを知っていた。ならば、それを黒河内に言う――あるいは知られることもあるだろう。会長が自発的に報告したとは考えたくないが。

 いや待て。

 だとしても、会長が常葉の活動を知っていることがおかしい。何故会長にばれたのだろうか。何者かが会長に常葉のことを教えたと考えるのが最も可能性が高そうだ。偶然見つけてしまったというのは、流石に無いように思える。

 その時、胸ポケットに入れていたスマホが振動した。

 欠席関係の連絡が来たか、と思いきや、見てみると、


「藍川さん?」


 チャットアプリを開いてみる。


『いまどこ?』

『藍川さん、学校じゃないの?』

『抜け出した』

『え?』

『いいから、場所』


 と、有無を言わぬ雰囲気だったので、常葉は素直にマップを送った。


『わかった。すぐ向かう』

「来るのか……」


 流石に二人同時に欠席するというのは黒河内に怪しまれないか心配ではある。

 あるけれど、今の常葉にとってはとても助かることだった。

 生き甲斐に近かった配信活動をなくした常葉は、精神的に酷く疲弊していると言っていい。高校生の分際で生き甲斐などと、と思われるかもしれないが、常葉にとっての配信活動は、それぐらい大きなものだった。初めて見つけた「やりたいこと」だった。

 それをこんな形で失うとは当然ながら予想もしてない。

 あまりにも突然だし、残酷だ。

 黒河内に関わらなければ良かったのか?

 いや、それは結果論だ。

 しかもそれでは、会長のことはどうなるのか。放置するのか?

 そんなことできるわけがないだろう。


「……結局、自己責任ってことか」


 常葉は意味もなく空を仰ぐ。

 雲ひとつ無い快晴であり、呆れるほどの青色が――真っ青が広がっていた。

 それはまるで、どんよりと灰色に濁った常葉の心中を嘲笑っているかのようにも思える。

 常葉は、苦笑いとも自嘲ともつかない曖昧な表情を浮かべ、力無く空へ微笑んだ。

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