最終話 始点

 茶々堂の扉を開けると、相変わらずベルの音が真っ先に出迎えてくれた。

 常葉は右奥のテーブル席に目をやると、予想通り、知った顔と知った後頭部が見えた。

 店主のお婆さんも常葉の姿を見て分かっているようで、何も言ってこない。

 常葉は二人のところへ近づいていくと、


「あれ?」知った顔が声を上げた。「常葉先輩じゃないですか」

「えっ?」知った後頭部がこちらを振り返る。「何で? 早すぎない?」


 諏訪と藍川が常葉の姿を見て驚いている。

 常葉がどちらの隣に座ろうか、なんて些細なことで悩んでいると、諏訪が「荷物預かりますよ」と言ったのでカバンを渡す。すると諏訪は隣の席に預かったカバン置いた。

 藍川の隣に座るしかなくなった常葉は、藍川に断りを得るジェスチャーを手で行なって腰掛けた。


「で、早すぎるでしょ」

「別にそんなことないよ」

「どんなお話をしてきたんですか?」

「他愛もない話。そんな積もる話もないよ。かつての会話っぽいことをちょこっとしただけ」

「それでいいわけ?」

「満足だよ。いつも通りが戻ってきたって感じがする」


 常葉の言葉に、藍川は少し考えたようだったが、すぐに「そう」と言って前を向いた。


「でもよくここに私たちがいるって分かりましたね」


 諏訪が感心したように大袈裟に声を上げる。


「そりゃ分かるよ。PV作ってる間だって散々ここで会議したわけだし」

「……まあ、言われて見ればそうですね」

「で、何しにきたわけ?」


 藍川がこちらに視線すらよこさずに聞いてくる。

 常葉はその言葉を受けて姿勢を正すと、二人の顔を交互に見た。


「ねえ、またさ……この三人で何か創ってみない?」常葉は少し早口になる。「動画じゃなくても、何だっていい。僕たちにしか創れないものが、きっとあると思うんだ」


 常葉の問いかけに対し、藍川は少し口角を上げて優しく微笑み、諏訪はパッと笑顔を咲かせるだけで、二人ともそれ以上、何も言わなかった。

 けれどそれは、常葉の想像通りでもあった。

 答えはもう出ているらしい。

 だったら、次の問いを。


「じゃあ次は、何を創ろうか?」

「わざわざそれを言うために来たわけ?」藍川はそう言いながらも、笑っている。

「でも話し合う前に、まずは注文を決めないとですね」諏訪が机にメニューを広げた。


 ――明日のテストは成り行きに任せよう。

 常葉はそう心の中で呟きながら、メニューを眺め始めた。

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