―第1幕―
第01話 一之瀬常葉
ほんの数分前に春休みが終わり、日付は今日が始業式であることを告げていた。
今は深夜の零時八分。
にも関わらず、
真っ暗な部屋でパソコンのディスプレイだけが明るく光るこの部屋は、さながらフィクション作品でありがちなハッカーっぽい雰囲気があるものの、当然常葉にそんなスキルは無い。
大体、常葉は今日から高校二年生になる、健全な一男子高校生なのだ。
そんな特殊能力があってたまるか。
とはいえ、常葉が始業式を数時間後に控えているこの状況でも尚、パソコンに向かい続けている理由は何かと問われれば、多少特殊ではあると言えるかもしれない。
高校の入学祝に親戚から譲り受けた高性能デスクトップパソコンのディスプレイには現在、なにやら小難しいソフトが立ち上げられ、ゲーム画面っぽいものと「うわぁっ!」というテキストがデカデカと表示されていた。
「駄目だ……この調子じゃ絶対に編集終わんないぞ……」
焦る手がマウス操作を狂わせ、字幕サイズがはみ出るぐらい巨大になってしまう。
「ああっ」と叫んで修正するが、今度は小さくなりすぎてしまい、思わず常葉はマウスから手を離して、PCチェアに思い切り体重を預けた。
暗闇の中にうっすらと見える天井を仰ぎながら、常葉は深く溜息を吐く。
「ああ……こんなことなら『明日新作動画上げます!』とか言わなきゃよかった」眉間に皺を寄せる。「いや、違うな……春休みの課題とかいう存在を、もっと早く思い出していればよかったんだ……。配信なんかしてる場合じゃなかったんだよなぁ……。しかも結局課題も終わってないし」
常葉は今日から高校二年生になる、健全な一男子高校生だ。
だが、他の男子高校生と少し違うところがある。
それは、彼が動画サイトで最近話題の配信者であること。
SNSのフォロワーや、動画サイトの登録者数は、同年代のソレとは比較にならないほど多く、もう少し伸びればお金だって稼げてしまうほどだった。
常葉のネットでの活動名は「ばんぶー」。
これで検索をかければ、大量の動画がヒットするだろう。
もちろん、常葉の通う学校に、この名前を知る人は一人を除き誰もいなかった。
――いないが。
一之瀬常葉という名前であれば、同級生然り、上級生でもある程度は知っているだろう。教師となればほぼ確実だ。
しかしそれそもそのはずだ。
短期間で――それも誰が見ても異常なほど――成績が落ちすぎたせいで、何かあったのではないかと大勢の教師から心配されれば、そりゃ有名にもなる。
当然、それが配信活動を始めたせいなんて言えるはずも無く。
……まあ、最近はほとぼりも冷めてきて、特に困ったことはないのだが。
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