第18話 実行
チャイムが放課後を告げる。
皆が疲労の吐息を漏らす中、常葉はすぐさまスマホを取り出して藍川に連絡を取った。
すぐに返信が来て、常葉はカバンを背負って教室を出る。
直前、振り返って涼を見てみたが、今朝と相変わらず、なにやらぼんやりと考え事をしているようだ。今日中、ずっとあんな感じだったといっても間違いでは無いだろう。
声の一つも掛けたいところではあるが、常葉にはそれ以上に優先すべきことがある。
涼から視線を外し、下駄箱へ急いだ。
靴に履き替え、駐輪場へ向かう。自転車のキーを挿してロックを外すと、サドルに跨ってペダルを漕ぎ始める。向かうのは、学校の裏手にある小さな空き地だ。そこは背の高い木が何本も立っており、外からは中の様子を覗うことができない。間違っても森と呼べるほど広くも無いし木も生えていないけれど、常葉はここを森と呼んでいた。
そして、盗聴するにはもってこいの場所だ。
ここは資料室に仕掛けた盗聴器には、当然だが、電波が届く範囲というものがある。この森は、ちょうどその圏内ギリギリの位置にあり、かつ木々に囲まれているためばれにくい、という二つの利点があった。
森の手前で自転車を降りて、引きながら中へ入っていく。砂利と落ち葉を踏み散らす音が響き、上の方で羽を休めていた鳥たちが飛び立っていった。
中心部の辺りにちょうど木の生えていない空間があり、そこに自転車を止める。常葉はカバンからアクリルケースを引っ張ってきて、中から受信機を取り出し、自転車のカゴに入れた。
一応、父親に使い方は教わっている。昨夜のことを思い出しながら、その通りに操作をしていくと、どうやら正常に動作したようだった。まずは一安心である。
この受信機にはスピーカーがついていないため、音を出力する機器は別で用意しなければならない。常葉はカバンからイヤホンを取り出して繋げる。耳にあてがうと、ホワイトノイズが鳴っているのが分かる。
おそらく、成功である。
そこでふと、大事なことを常葉は思い出した。
アクリルケースに入っているもう一つの物の存在を忘れるところだった。最後に残ったレコーダーのようなもの……ようなもの、ではなく、これは正真正銘のICレコーダーだ。
つまるところ、盗聴した音をそのまま録音することができる。
これを受信機に繋げて、準備完了だ。
言い逃れようの出来ない、完全に犯罪キットの準備完了でもある。
そうこうしている内に、外から自転車の音が近づいてきた。
常葉は立ち上がって、カバンを地面に置くと、ゆっくりとそちらへ歩いていく。
葉や枝の影から様子を覗うと、白いブレザーが見えた。女子生徒だ。
一人の女子生徒が自転車を引きながらこちらへ歩いてきている。何度も入ってきた方を振り返っては、道路に誰もいないかを確かめている、様に見える。
常葉は影から出て、彼女の前に姿を出した。
「藍川さん」
「……早いわね」
藍川は常葉の横を通り抜けていき、自転車を同じ場所に並べて止めた。
常葉は入り口の方を見る。ここからだと、本当に外の様子は見えない。従って、外からは絶対にここを見ることができない。立ち入ってこない限りは、不可能だろう。
それに幾らか安心感を覚えた常葉は、回れ右をして中心部へ向き直る。自転車にもたれながら、まるで説明を促すような不機嫌そうな視線で、藍川は常葉を見ていた。
まあ、不機嫌そうなのはいつものことだが。
「これが盗聴器?」
と常葉の自転車のカゴに入ったものを差して、藍川は言った。
「そう」常葉も自転車の方へ近づく。「後はもう聞くだけの状態になってるから、大丈夫」
「ふーん……」
と言って、カゴの前まで移動すると、興味深そうに盗聴器を眺め始めた。
「じゃあ、早速始めようか」
「そうね」藍川は顔を上げる。「これからが本番。もう後戻りはできない」
「法律的に?」
「気持ち的に」
そりゃそうだ。常葉だって同じこと。確かに盗聴という行為は極めて犯罪的であり、そういった意味で法律的にも後戻りはできないが、そもそもそんな危ない橋を渡ろうと決めたのは、それ相応の目的と覚悟あってのことなのだ。
カゴに近づいて、常葉はほったらかしのイヤホンを持ち上げると、片方を藍川に差し出した。
何も言わず、藍川はそれを右耳に入れる。
常葉もそれを見届けた後、左耳にイヤホンを装着した。
ホワイトノイズが流れた後、ガラガラ、という音がした。
常葉と藍川は、一瞬顔を見合わせると、ほぼ同時に息を呑んだ。
……資料室の扉が開いたのだ。
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