031 二百年ぶり

 町を襲撃しているモンスターから隠れていた子供たちから聞いた。

 バロック・ロバートがプラムを囮にして、モンスターの一網打尽を計画していると。


「プラムが、言い出したのか……?」


 子供たちが頷いた。

 町のために自分の身を危険に晒してまで救おうとしてくれているプラムに向ける視線は憧れのそれだ。

 子供たちにとって、プラムは英雄になっている。


 子供たちだけでない。

 町の未来がプラムに託されたことを大人全員が知っている。


 彼女が失敗すれば、この町が制圧されてしまうだろう。

 たった一つの町でも奪われれば隣接している残りの町も順番に、モンスターの手中に収められてしまう。


 命を懸けたルール無用の領土戦だ。

 都市の勢力図が、一気に赤く染まっていくだろう。


 やがて大都市がモンスターの巣窟になるのも遠くない――。


「だから、この都市の未来はあの子にかかっている」


 大人たちが両手を合わせて祈っている。

 ……たった一人の女の子に、託すことか?


 たとえ、プラムのレベルが90以上でも、重過ぎる期待だ。


 レベルが全ての世界では、いい大人が十五歳の少女に縋るようになってしまう。


 力を持つ者が強大な敵に立ち向かうべきだ、という考えを否定する気はなかった。


 弱い者がどう足掻いても倒せない敵というのはいるし、無謀にも挑んで命を落とすくらいならば、倒せる者が出た方が犠牲も少なくて済む――しかし、だ。


 それが当然であるとまかり通り、弱い自分たちは下っ端根性で強い者たちにへらへらと媚びをへつらうそんな世の中なら、いっそのことモンスターに壊されればいいだろう。


 カムクなら。

 祈るだけでひたすら待ち続けることなんてできない。


 きっと、これから未来を担う子供たちの中にもいるだろう。

 だけど、動けない。

 それは、そういう世の中であるという風潮が邪魔しているからだ。


 低レベルが高レベルに立ち向かうのは間違いか?


 下位ライセンスが上位ライセンスに意見を言うのは違反か?


 人間か、モンスターか。


 元を辿ればそうやってくくっていたからこそ、今の現状があるのではないか?


 カムクが子供たちに訊ねた。


「プラムは、どこにいる?」



 ……どこでねじ曲がっていた?


「おれは、プラムを、守りたかっただけだ……」


 それがいつからか、自分よりも遙かに強くなったプラムを見返すことが目的になっていた。

 自分の方が強い、だから剣を置いて、後ろにいればいい――。


 黙ってそこで守られていろ。

 これもこれでプラムの意思を度外視した自分勝手な意見だが、本音だった。


 彼女に剣は似合わない。


「なのに、おれはついさっきまで、プラムになにをしようとしていた……?」


 師を殺され、それが本当にプラムがやったことなのかどうかも怪しいのに――しかも分断された師が、本人であるという確認も取らぬまま、犯人をプラムだと決めつけていた。


 ……もしも、本当にプラムがやったのであれば、それでも彼女の味方をするのがカムクが昔から彼女に誓っていたことではなかったのか?


 プラムに比べたら、プラム以外はどうでもいいと言い切れる。

 彼女さえいれば――プラムが笑顔で生き続けてくれるなら、それでいい。


「……この町に染まり過ぎてるな」


 人との繋がりがカムクを狂わせた。


 でも、後悔はしていない。

 ただ、手に入れた上で必要がないと分かった。


 それだけでも、一度でも得た意味はあったのだから。


「繋がりはお前だけでいいんだ――」



 彼女を助ければ、都市を襲うモンスターを一網打尽にできない。

 一体でも逃してしまえば、今後も同じことが繰り返されるだろうし、被害がさらに増えてしまう。


 プラム一人の犠牲で長い目で見て多くの人々が助かるのであれば、安い買い物だ――誰もがそう考えるだろう、誰もがそれを期待し、問題の解決を祈っている。


 彼女を助けたら、多くの非難の声と共に都市を危険に陥らせた大悪人として歴史に名を連ねることになるだろう――幼馴染み一人を助けるために、全世界の人間を危険に晒しているのだから、世間の非難は当たり前だ。


 その上で言ってやろう。


 下位ライセンスだからだとか、彼、彼女よりも低レベルだからとか。


 誰が決めたかも分からない基準点を鵜呑みにして思考停止している奴らに。


 ――知ったことか。



「待ってろよ」


 そして。


 彼女の小さな呟きに、考えるまでもなくカムクの体が動いていた。


 プラムへ伸びる赤い腕を掴み、折ろうとした寸前で相手が知った彼女の姿をしていることに気が付いた。

 はっきりと見て、その上で、カムクは容赦なく彼女の腕を折る。


 ごぎんっ、という思わず顔をしかめてしまうような音が響いた。

 間髪入れず、握った拳が彼女の顔面に突き刺さる。


 みしみし……ッ、と骨格が変わるような、痛々しい感触がカムクの拳に伝わったが、


 彼は既に、視線を向けていなかった。


「大丈夫か!? プラム!!」


 カムクが指で彼女の涙を拭う。

 すると、細く、小さなプラムの手が、震えながらカムクの手を握り締めた。


 そのまま自分の頬へ持っていき、温かさを求めるように頬を転がす。


「うぅぅうぅ。く、クーくぅぅんっっ!!」

「ちょ、おい!? あーもう、涙と鼻水拭いてからにしろよな……」


 言いながらも、カムクの口角が分かりやすく吊り上がっていた。



「変わってないね、二人とも。……本当に、あの日、逃がしてくれた姿そのままだ」


 カムクが視線を上げると、全身が青色に染まった、二メートルを越す長身の男がいた。


 頭頂部から長い尻尾の先まで、一直線に並んで伸びている逆立ったたてがみ。


 人ではない……、モンスターだ。

 カムクは彼を知っている。


 とは言っても、カムクが知る姿は、もっと小さな、ぬいぐるみのような彼だったが。


「……よう、ゴーシュ。お前って長生きなんだな」

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