008 夢魔
ベルからの注文に、ステラの思考が途切れた。
ベルとダリアの二人に、迷った末に、筋力増加の魔法を使う。
一定時間だけ、二人の筋力は現在の数値の1.5倍になる。
「……筋力が上がったからって、当たらなければ意味がない……」
そう、ステラの不安通り、カムクに二人の攻撃が当たらなかった。
二人とも、大振りの攻撃を主体としている。
ベルは、場合に応じて手数重視の戦法を使うこともあるが、距離が悪い。
カムクはまるで二人の思考を読んでいるかのように攻撃を回避、もしくは受け流していた。
性格とは反対に、ベルは冷静に、最適解を導き出す。
それゆえに、カムクにとっては二年間も共に過ごした親友のパターンと被った。
ダリアは、おとなしく見えて一貫して大振りを繰り返す。
当たれば一撃で相手を沈められるから――もあるだろうが、ちまちまとした攻撃などやっていられないという横着な部分もあるのだろう。
昔の自分を見ているように、手に取るように感情が分かる。
運が良かった、としか言いようがない。
もしもステラが支援を主体とした魔法使いでなく、攻撃に特化していたなら。
「戦いながら探るしかないからな」
「こんの……ッ、避けるな! 弱虫!!」
ぶんっ、空振った拳。
カムクがベルの背後に回り、彼女の首を締める。
「こっちは武器がないんだぞ!? 受け止められないだろ!!」
「止めるな、受けろ!!」
無茶苦茶なことを言う、抵抗するベルを押さえつけるため、カムクも動けない。
すると、目の前でダリアが剣を振りかぶっていた。
そのまま振り下ろすつもりらしい……斬るつもりなのか、この状況で、ベルごと!?
「死ね」
「あたしと目が合ってるけどぉ!?」
振り下ろされた剣を、ベルが蹴りで弾いた。
空を舞う剣が、後方で刺さって止まる。
「……今、本気だったね……?」
「捕まる程度の実力ならいらないでしょ」
「じゃあ、本気でやってもいいんだね……?」
「私と? いいよ。剣と拳、どっちが強いか、今ここで決めようか」
ダリアとベル、仲が良いのか悪いのか、いまいちよく分からない。
共に行動することが多いのが、この二人だ。
喧嘩も多いが、それ以上に楽しそうに笑う二人の姿を見てきた。
ベルの悪ふざけに乗っかるのがダリアで、悪友とも読める親友に近い関係だと思っていたが……。
この二日間、彼女たちを見てきて……この喧嘩は今までよりも過激だ。
ダリアの装備が黒く染まる。
ベルの全身が、眩しいくらいに輝き出した。
闇と光を体現するような二人の間に、
「はーい、お終い二人とも。こんなつまらないことで台無しにするつもり?」
いつものように、ステラが割って入った。
彼女の声に冷静さを取り戻したのか、闇も光も、やがて消えていく。
しかし、ダリアがベルの頬をつねったことで、ベルも触発され、ダリアの脛を蹴った。
そこから始まる猫のような喧嘩は、ステラも止めようとはしていなかった。
「今のうちに」
と、ステラが小声で促した。
「え?」
「二人、この調子だと長いから。今のうちにプラムを連れて逃げなよ」
「…………なに考えてんだ。またどうせ、おれたちを騙して――」
「個人的に、プラムを売りたくない。でも、立場上そんなことも言えなかった。でも、カムクが助けにきてくれたから。これでプラムは酷い目に遭わなくて済む」
ありがとう、と、ステラが頭を下げた。
「――信じるかよ」
自分たちのおこないを振り返って、ステラが歯噛みした。
でも、
「……お前なら、信頼はできそうだ」
「さて」
カムクが立ち去ったのを見て、ステラが背後で暴れる二人を見つめる。
「これ、本気の喧嘩じゃん」
はあ、と溜息を吐いてから。
「これでいいんでしょ?」
プラムを背負って外壁へ向かうカムクの耳に、ぱちぱちと拍手の音が聞こえた。
立ち止まる。
音を辿って見上げると――空に。
人が浮かんでいた。
少女よりは成長していて、女性と言うには幼い印象だ。
全身を白でまとめたローブのような服装、つばが広い帽子……魔法使い?
彼女の長い虹色の髪に、目が引き寄せられた。
「助けに入ろうかと思ったけど、必要なかったみたいね――君、強いじゃんっ」
後々に分かることだが、彼女の名はライト・メアリー。
通称『夢魔』である。
そして、
大都市ティンバーゲンに四人といない、レベル99のカンストランカーである。
メアリーに案内され、外壁の中へ。
「……その子たちは?」
「興味があったから連れてきたの。危険はないから安心して」
彼女の一声で、門番の目も緩んだようだ。
通常ならここで身分を証明するものを提示、もしくは門番の確認が入るのだが、彼女の案内のおかげで全てを通過できたらしい。
外壁の中には町があった。
当たり前だが、カムクの故郷である村よりも何十倍も人がいる。
いや、もっとだろう。
ここは『南エリア』『東エリア』などで区分けされている町の一部分でしかない。
全体で見たら、何百倍でも足らないくらいだ。
ここが、東の王国……。
視線をきょろきょろと回していると、くるりと虹色の髪が翻った。
「そんなに珍しい? まるで別の世界からやってきたみたいな反応してるけど」
ある意味、別世界みたいなものだ。
人の声が絶えない環境に慣れていないので、気になって仕方がなかった。
「……あんた、何者なんだ?」
門番に一言、説明しただけでカムクたちの存在を納得させた。
こうして町を歩いているだけで多くの人から声をかけられている。
「ありがとう」や「頑張って」など、民衆からの支持は絶大だった。
……村で言う、村長みたいなものだろうか。
こんな若いお姉さんが?
いや、実年齢は聞いていないが、見た目の通りならば。
「村長……うん、懐かしい響きね。ああいや、別に村出身ってわけじゃないけど。生まれも育ちもティンバーゲンだから。村、なんてもうほとんど見ないし……」
よほどの辺境でもなければね、と故郷の村を貶められた気分だったが、王国民からすればそんなものだろう。
どうしてわざわざこんな場所に住んでいるのか、と、単純な疑問で聞いているのだろうが、馬鹿にされている気分を感じてしまうのはこっちが悪い。
なにを優先し、好むかは人それぞれである。
それだからこそ、意味を見出している者だって。
便利だから、で全員がそっちに流れたら、古いものは淘汰されていく。
「村長みたいなもので合ってるよ。そこも含めて後で説明するけど……今はとにかく、あんまり警戒しないで楽しんでくれればいいから。なにか食べる? お姉さんがなんでも買ってあげる。ほらほら遠慮しないでいいから――」
「それよりも。早くプラムの呪いを解いてくれよ」
そう、カムクが彼女の後を、危険を踏まえて素直についていっている目的はそれだ。
メアリーの風貌はそのまま魔法使いと言える……のだが、彼女は呪いを解くことができないらしい。
しかし、彼女が知る別の魔法使いなら、呪いを解けると言う。
今は、その人がいる場所へ案内されている最中だった。
「呪いを解けないあたしを見てガッカリしてたけど、あのね、誰もが当たり前に呪いを解けると思ったら大間違いなんだからね」
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