012 尻尾切りの少女

 買い物を続けていると、同じように商品を貰うことが多かった(残りものだろうが)。

 頼まれた買い物もあるため、これ以上は持てそうにない。


「クーくん、わたしが頼まれた買い物してくるよ」

「いや、大丈夫だ。まだ持てる。あんまり別行動するのは」


「あのね、さっきクーくんも言ってたけど、子供じゃないんだから。おつかいくらいわたしだってできるんだよ?」


 不安なのは、おつかいができるかどうかではないのだが……。


「それに、クーくんと違って、わたしは! ……どうせなにも貰えないだろうし。荷物が増えることがないから頼まれたものだけ買ってすぐに帰ってこれるよ」

「……こんなことで拗ねるなよ。色々貰えたのはおれが覚醒者……じゃなくて、上位ライセンスだからだろ? 別にプラムが嫌われてるとかじゃないと思うぞ」


「分かってるよ」


 言いながらも、不機嫌である。


 プラムを一人にするのは不安だが、こうして多くの人が気にかけてくれているカムクと一緒に、プラムのことも覚えられているはずだ。

 一度、悪い意味で有名になってしまったのが功を奏した。


 そうでなくとも見た目は美少女……自然と目で追ってしまう容姿だ。

 彼女になにかあれば、町中の人の目がプラムを助けてくれるだろう。


 メアリーから説明された大都市ティンバーゲンの事情を考えれば、仲間意識は強い。

 そうそう見て見ぬ振りはされないだろう。


 ただ、同時に敵も、常に侵入しているとも言えるのだが……それこそプラムを見ていない別の誰かが目を光らせている。

 万全……なのだとしても、やはり心配だった。


「わたし、もういくね」


「あ、おい」

「クーくんこそ」


 すると、プラムが振り返った。


「特別なんだから、気をつけてね」


 小さく手を振るプラムを見届けてから、思わず呟いた。


「…………特別って、ああ、覚醒者だからってことか……」



 家へ帰る道中。


「あの家に『帰ろう』って、思ってるな……」


 帰る場所は、故郷の村以外に、ないのに。

 ただの居候なのだ、居心地が良くなる前になんとか、元の時代に戻らないといけない。


「――あれ。お前……?」


 人目につかない、薄暗く、狭い路地の先。


 見知った顔を見つけて近づく……そうは言っても彼女は顔を膝の間に埋めて座っていたので見えなかったが、悪い意味で記憶に残っている赤い髪がカムクの目を引きつけた。


 近づくと分かる……ぼろぼろだ。

 大きな怪我はないようだが、擦り傷が多く、服も(デザイン以上に)破れてしまっている。


 頭の上に、泥や葉が乗ったままだ。

 正直、顔をしかめるほど、匂いもきつかった。

 近くにゴミが多いせいだろう……それを抜きにしても、お世辞にも女の子らしい甘い香りがする、とは言い難い状態だ。


「お前、なにやってんだよ」


 彼女は――アンナは答えない。


「あいつらは? 仲間割れでもしたのか?」


 釣針尻尾団、他のメンバーの姿はなかった。


 思い返せば、アンナと他の三人には距離があった。

 露骨に除け者にされていたのだ。


 もしかしたら……、商品として売ろうとしていたプラムを、カムクが奪還したことで釣針尻尾団としての仕事が失敗し、その責任を押しつけられたのだとしたら――。


 ……あり得る。


 トカゲの尻尾切りでもされたか?


 カムクが原因みたいだが、しかし罪悪感など抱かない。


 プラムを狙ったそっちが悪いのだから。


「ざまあみろだ。おれたちを騙して、プラムを売ろうとした罰が下ったんだよ」


 彼女だけがその罰を受けることに理不尽さも感じるが……あの三人には恐らく、別角度から報復があるのだろう。

 同じチームにいて三人だけ甘い蜜をすする状況はない。


 どこかで、バランスを取るために取り返しのつかない状況が待っているはずだ。


 それから……、

 しばらく待っても、彼女からの反応がなかった。


 逆恨みで掴みかかってくるか、と思ったが、それをする気力もなさそうだ。


 待ち続ける理由もない。

 だから踵を返した。


「…………じゃあな」


 立ち去ろうとしたカムクが、しかし、踏み出した一歩目で止まった。


 微かに、聞こえた。


 聞き逃せない一言を。


「今、なんて言った」


 両手で抱えていた荷物を全て落とし、彼女の髪を掴んで乱暴に顔を上げる。


 夜通し泣いていたのだろう、腫れた目元と、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃだ。


「ご、めん、なざい……ごめん、なさい……っ」


「なにが」


「あの、子を、騙して、ごめ――」


 彼女の胸倉を掴み、立ち上がらせる。

 カムクの額がアンナの額とぶつかった。


「ふざけんなよ……ッ! そんな風に泣くなら、最初から荷担なんかするなッッ!!」


「ひ、う……っ!?」


「――後悔してるんだな? 謝る気があるんだな?」


 アンナが頷いた。


「なら……荷物、半分持てよ。おれを騙したことはそれでなしにする」


「え……?」


 胸倉から手を離され、ぺたんとその場に座ってアンナが呆然とする。


「ついてくるのかこないのか、お前が決めろッ!」


「い、いく! 一緒に、いくから、待ってっ!」


 たたたたっ、と後ろから追いかけてきたアンナが、カムクの横に並んだ。



「…………私、酷い顔だったし、匂い、きつかったのに……」


「そんなこと、どうでもいいっての」



「――そっか」

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