013 領土戦

 数多の国と国の間に新しく町を作ることで国同士を隣接させ、道を繋げることで国から国への移動を容易くしたのが、大都市ティンバーゲンである。


 舗装された道路のおかげで、馬車で通れない山道、視界が一気に狭まる洞窟内、時間のかかる海上、リスクが大きい空路……約二百年前は長期間かけておこなわれていた旅が今では数日で目的地まで到達できるようになった。


 整備された道というだけでも道に迷う心配もなく、人が管理しているだけあってモンスターが道を塞ぐこともない。

 国の間には関所が設けられ、通行料がかかるものの、安全を保証した道へ案内してくれる。


 一部区間にはモンスターが生み出したエネルギーを蓄えた列車が走っており、外壁から真反対の外壁まで一週間かからない移動も実現できていた。


 壁に囲まれていると聞くと狭い鳥かごを想像してしまうが、予想に反して敷地内は広大だ。

 一つの国だけでも大きいのに、それがいくつも繋がっていると考えたらその広さも分かるだろう。


 全体の一割に満たしていなくとも、領土としてなら一国を得たのと同じことだ。


 充分だと思うだろう……だが、


 それは彼女が、たとえば王族で、王女だとしたらの話。


 レベル99のカンストランカーとしてなら、少な過ぎる手札である。



 レベルを一つ上げるのにかかる労力は、当然、低いレベルの方が少ない。

 レベル1が2になるのに必要な経験値と、98が99になるための経験値は比べものにならない。


 ただ、98まで上げられたのなら99に上げるのは比較的、簡単という声があるのも事実だ……主に三人の体験者の個人の感想に過ぎないが。


 上位ライセンスに多いのは、30から40レベルである。

 統計的に40から50への上がり方が、才能がはっきりと分かる壁と言われている。


 40から41になるまで、十年かかる者もいれば、一年経たず同レベルになる者もいるのだ。

 さらに、50の壁を越えても今度は60、70の壁がある。


 50レベルを越えたならレベルの進み方が停滞することはないものの、それでも一つのレベルを上げるのに五年を費やす場合もあるのだ。


 上位ライセンスへ進化する才能、レベル50へ到達する才能……さらに高みを目指す選ばれし者たちでも、何度も才能という振るいにかけられ、人数が絞られていく。


 ……三人、だ。


 そんな環境下で、レベル99へ到達した者は、現在で三人、確認されている。



 領土数、一割未満……通称『夢魔』――ライト・メアリー。


 領土数、四割とおよそ五分……『黒鼻外道』のピエロ・ブラック。


 残りの領土を全て所有する……『投資家』バロック・ロバート。



 彼らは数多の国の国王よりも立場が上だ。


 そう、大都市ティンバーゲンを管理している対等な三人である。


 ……とは言え、見て分かる通りに対等と言いながらも差は歴然だ。


 ライト・メアリーの領土は少なく、風前の灯火と言える。

 首の皮一枚で繋がっている現状の打開策は一つ……単純だが人員を増やすしかない。


 彼女が思いついたのはとにかく片っ端から声をかけて自身の仲間にすることだ。

 そうして集まった仲間たちを、彼女をマスターとして、ひとくくりにギルドと呼ぶ。


 日々繰り返されるギルド同士の領土争い……それはなんでもありの戦争であった。


 ただし……、領土が移動する時に重要視されるのは信用である。

 つまり、暴力や恐怖に効果はなく、力尽くでは奪い取れない。


 ということはだ――絶対に動かない、停滞状態が存在している。



 アンナを仲間に加えてから一週間が経っていた。


 メアリーに彼女を紹介した当初は、雲行きが怪しい反応だったものの、今ではカムク、プラムと並ぶ弟子の一人として馴染んでいる。


 ピエロ・ブラックに雇われていた釣針尻尾団だが、あくまでも一時的なものであり、ギルドの一員だったわけではない。

 加えて、後ろ暗い仕事ばかりを請け負っていたおかげで顔を広く知られていなかった。

 ギルドの人手不足がなくとも、町の人々から受け入れられていた可能性は大きいだろう。


 たとえアンナが根っからの悪人だったとしても、同じように、三人を歓迎するお祭りを開いたはずだ。

 人選に気を遣う余裕もないほど追い詰められた状態だった、とも取れるが……そのおかげでアンナが受け入れられたのなら、一割未満の領土しか持っていない現状も、最悪とも言えなかった。


 豪勢な料理が運ばれ夜通し騒ぎっぱなしの初日は、暗に三人に多大な期待がかけられているとも言えた。

 メアリーが選んだ三人なのだから……、光る才能があるのだろう、と。


 そんな重圧に気付いた者、気付かない者、気付いた上で関係ないと切り捨てる者――三者三様の対応を経てはじまった、メアリー指導の元でおこなわれる鍛錬の日々。


 リスクを伴った裏技で覚醒者となったプラムを加え、各々がレベルを上げていく毎日だった。

 ……期限もノルマも特に決めていなかったが……進捗は順調と言える。


 順調過ぎるほどに、突出してレベルを上げた者がいた。


「…………嬉しい誤算って感じかな?」


 レベル11が二人と、レベル6が一人。


 モンスターを倒すことで経験値を得る方法が主流なのだが、カムクとプラムは二百年前の当たり前を引きずっているため、モンスターに武器を向けることができなかった。

 だからメアリーが生み出した人工生命体(ただし失敗作)である形状変化する『スライム』を使った地道なレベルアップ修行へ切り替えたのだが……これが見事にはまったと言える。


 一週間、スライムを倒し続けただけで10レベル以上も上がる成果はおつりが出るほどの成果である。

 公式領土戦を近日に控えている今、『彼女』の成長はメアリーだけでなくギルドメンバー全員にとっての希望だった。


 誰もがこの結果に喜び、期待し、決して彼女を嫉んだりしなかった。


 だが、一人だけは。

 現状を、問題として浮かび上がらせる。


「…………これじゃ、ダメなんだよ……っ!」



「ねえねえアンナっ! またレベル上がったんだぁっ!」


 領土戦から帰ってきたプラムが、窓際に座っていたアンナに飛びついた。

 バランスを崩しそうになるも、プラムの体重が軽いため、すぐに体勢を立て直せる。


 ……細腕でありながら銀剣を軽々と振り回す筋力を持っている……しかも目に見える筋肉という形では現れていない。

 上位ライセンス特有の、ステータスに表示されている数値こそが彼女に内在されている本来の『力』だ。


「あ、ほんとだ……15になってる」

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