027 武闘家と魔導師

「…………師匠?」


 火柱から逃れ、全身火傷をしたカムクが、人の気配がない見慣れた町を歩く。


 倒れて動かないのは死体だろう。

 人の姿をしているが、皮膚を見れば赤い爬虫類のそれがところどころに見えるので、モンスターだと分かる。


 ……だとしても、だからってこの光景が当然のものであるとは思えなかった。


 死体が多いのは、このモンスターに殺された町の人たちも混ざっているからだろう。

 ぱっと見ただけではモンスターとライセンスの違いは分からない。

 判断材料が、逆に言えば皮膚だけなのだから。


 そんな中で、見てしまったのだ。


 黒い、丸い鼻。


 風に流されて、カムクの足下に転がってくる。


 転がってきた軌道の先には。


 十数個のパーツに分断された、ついさっきまで師匠だったものが――。


「し、しょ、う……?」


 勘違いするのも無理はない。

 種明かしをしてしまえば、このピエロ・ブラックは彼を捕食したモンスターが化けた姿だ。

 師匠本人ではないし、バラバラにしたプラムもピエロ・ブラックを殺したのではなく、モンスターを殺したとしか思っていないだろう。


 バラバラにされたことで爬虫類の皮膚が分かりにくくなったのも勘違いを増長させた。


「寝てんじゃ、ねえよ……ッ、起きろ、起きろよこの外道ッッ!!」


 黒鼻外道は目を開けない。


「おれはまだ、あんたから全部を教わって、ないんだよ……!」


 ……カムクが冷静に、師匠の死体をモンスターのものだと看破しても、気付いてしまうだろう。

 捕食されたことで化けているのだ、ということを。


 つまり、この死体が本物そっくりの作りものでない限り、師匠が殺されたことだけは絶対に揺らがない。


 戻らない。


 もう。


 戻れない。


 ――そして、勘違いが最悪の結論へ繋がっていく。



「プラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァムゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!」



 その叫びが届いた時にはもう既に、


 ――若き英雄の全てが、折れていた。




 都市を一望できるランドマークとなった時計台の屋上に、バロック・ロバートが立つ。

 彼の背後には、ライト・メアリー。


「こうして二人きりで話すのは久しぶりだね、メアリー君。あの頃はまだもう少し背が低かったかな?」

「お前がメアリーの名を語るな……ッ」


 ざわっ、と足下から熱気が上がるように、メアリーの虹色の髪が浮き上がる。

 彼女の白いローブが真下からの風に煽られて、ばたばたと暴れ出した。


「魔法使いのようなその見た目で武闘家クラスとはね。いやはや、騙そうとしているのか君が手に入れたかったものを掴み取れないと知ったが、諦め切れなかったのか――」


 バロックが懐かしむ。

 メアリーの姿は『彼女』にそっくりだった。


「過去に囚われ過ぎだ、ライト・ブルーフラワー君」


 彼女の帽子が宙を舞う。

 地面にくっきりと、靴の形で沈んだ痕が出来ていた。


 時計台そのものが、ほんの少しだけ沈んだかのような衝撃が走る。


「女の子が、拳を握るものではないよ」


 バッチィイイッッ!! と音を立て、バロックの手の平に彼女の拳が収まっていた。


 受け止められたことに呆ける、一回りも年下の少女に向けて、


「見えない、とでも? 私にとっては遅いくらいだ」

「ッ!?」


 瞬間、見えたのはメアリーの手の甲から腕へ伸びる黒い斑点模様。

 それがあっという間に、肩から頬にかけて伸びてくる。


「カンストランカーにしては不用意だねえ。私のスキルの全てを把握していない内に触れるだなんて」

「え、エクストラ、スキル……!?」


 メアリーの膝ががくんと落ちて地面につく。

 次第に、呼吸もままならなくなってくる。


「これ……、呪い……!?」


 幼い頃からプラムを蝕んでいた、あれである。


 もしも魔法使いや魔導師、もしくは魔法系最大クラスである賢者であれば解くことができるのだが、武闘家であるメアリーには、自分自身で解くことができない。


「呪いを与えるだけならエクストラスキルでなくともただのスキルで会得できるさ。これはそう低レベルなスキルではないよ」

「じゃ、じゃあ……っ」

「それを教えて、手の内を晒すと思うかい? 用心深い私は君たちみたいに見せびらかして説明するような、剛胆な心は持ち合わせていないのでね」


 バロックが、視線をメアリーの後方へ向け、


「さて」



「侵入に成功した君たちにとって、これはもう用済みなのではないか?」


 屋内からこちらを覗いていた獣の瞳が、ゆっくりと近づいてくる。

 日の下に出てきた少年の姿……だが、頬に見える赤い皮膚が、モンスター……襲撃者のレッドオプションであることを証明していた。


「どういう取引を交わしたのかは知らないがね、そういうのは契約者が生存していなければ成立しないものだ。侵入する目的が達成できた今、交わした契約は重荷であるように見えるが、どうだろう? ――眼下に見える『これ』については、動けないようにしておいた。なにもしなくともやがて死ぬだろうが、どうせなら捕食してみたらどうだい? 両者にメリットがある契約は頷いた上で踏み倒すものだよ」


「……どういう風の吹き回しだ?」


「ここで疑う必要はない。単純に利害の一致だ。私にも思惑はあるが、まだ駆け引きをする段階にはきていない。席を用意するが、三つも椅子はいらないだろう?」


 少年の僅かな唇の隙間から鋭利な牙が見えた。


「ま、って……っ!」


 メアリーの懇願は、呪いによって強制的に断ち切られた。


「義を通すつもりではいたが、悪いな。どうやらお前が復讐したい相手は一筋縄ではいかないらしい。牙を向ければオレたちにも被害が出そうだ……、つまりだ」


 メアリーの髪が、少年の小さな手に、くしゃ、と掴まれる。


「都市への侵入に手を貸してくれたことには感謝する。その上で、踏み倒させてもらう」


 ぐいと頭を持ち上げ、メアリーの白い首筋に、少年の鋭利な牙が迫り――、



 ……気付けば、少年の視界にある、空と地面が反転していた。


 彼の頬には、靴裏の痕がくっきりと浮かんでいる。


「メアリーは渡さない……っ!」


 師である彼女の帽子を拾って被った少女が、クラスアップした魔導師としての力を振るうために、杖を構えた。


「あの居場所を取り戻すためには、誰一人も欠けちゃいけないんだからっっ!!」

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