026 プラム・ミラーベル

 プラムを赤く染めている血の量はいま殺した二体の分だけではないだろう……ここに辿り着く前に何体か殺していなければ、浴びない量だった。


「あ、レベル上がった。これ、結構おいしい稼ぎ方なのかも」

「……プラム……? お前、もしかして……レベルを上げるために、獣の民を殺したのか……!?」


「だからね、クーくん。獣の民じゃなくて、モンスターなの」


「同じだろッ! グリガラから聞いたはずだ! この世界では、おれたち人間が獣の民を家畜化してるから喋らなくなっただけで、俺たちが毎日、挨拶を交わして、くだらない雑談をして、助け合って――協力して生きてきたみんなと、変わらないんだぞ!?」


「クーくん、それ、二百年前の話でしょ?」


 この時代の人々からすればそうだろう。

 しかしカムクとプラムに限れば数ヶ月前のことだ。


 獣の民はモンスターとなり、理由があれば殺していいと言われて、じゃあレベルを上げるために殺そう、とはなれない。

 そう簡単に切り替えられない。


 相手が獣だから抵抗感が薄いだけで、仮にこれから二百年後、人の姿をした下位ライセンスをレベル上げのために殺してもいい時代になったとして、今の時代を生きている上位ライセンスが果たして武器を向けられるのか……?


 向けられない……普通は。


 プラムが異常なのか? 

 時代を受け入れられないカムクの独りよがりなのか?


「……変わったよな、プラム」

「クーくんは変わらないね。ずっと、その場で止まったまま」


 ベッドで寝たきりのプラムと、剣を振り続けたカムク。


 鍛錬を続けるカムクの背中を窓越しに見ていたプラムは、勝手に置いていかれたと思い込んで自分を卑下していたものだが……実際、カムクが進んでいたわけでもないのだ。


 すぐに追いつけたのだから、カムクが先行していた距離はほんの少しだった。


「強くなりたいってクーくんは言うけど、譲れないものばかりじゃ前に進めないよ」


 モンスターを倒していれば、カムクだってもっと早くレベルが上がっていた。

 レベル90台のプラムと、レベル30目前のカムクの差にはならなかったはずなのだ。


「曲げない信念は立派だけどね。意地も頑固も、時には崩してみなくちゃ」

「……助言、してんのか?」


「うん。だって今のわたしはクーくんよりもレベルが上なんだよ? 幼馴染みに敬語を使ってとは言わないけど、睨み付けるのはやめてよね。逆らったらいけないんだよ?」


 カムクがプラムの腕を掴む。


「やめろ……! 殺すのは、もうやめろッッ!」

「クーくんのお願いでもそれは無理」


「もうっ、離してよ」

 とカムクの腕を振り払おうとしたプラムが、むっと眉をひそめた。


 はあ、と溜息を吐いてから――プラムの蹴りがカムクの胴体を貫く。


 爆発でもしたかのような音が体内に響いた。


「がっ――――ッ!?!?」


 そう思い込むほど、プラムの爪先がカムクの腹部にめり込んでいた。


 瞬間で胃の中のものを全て吐き出したカムクがなんとか立ち上がるも、すぐに伏せるのも時間の問題だろう。

 プラムに負けられない、という意地だけで立っている。


「寝てていいよ、クーくん。殺せないならわたしが全部やっておくから」

「……やめろ……ッ、戻れ、なく、なるぞ……ッ」


 ふっ、と風で前髪が揺れる。

 刃がカムクの首の皮一枚を斬り、止まった。


 握っているのは、プラムだ。


「プラム……?」


 彼女が一瞬だけ見せた表情に、カムクが戸惑う。


「もう、遅いよ。それに……引き返せない。失うものがあるって知ったら、ね」



「待っ――」


 プラムを追って無理やり動かした足が地面を踏む。


「そこ、気を付けて。踏んだら火の柱が上がるようになってるから」


 プラムのクラスは魔剣士である。

 つまり、カムクと違って、魔法を使える剣士ということだ。


「って、今度はわたしが遅かった?」


 カチ、という音と共に、カムクの視界が真っ赤に染まる。

 幸いと言っていいのか、それは血ではなかったが、しかし不幸なことに、よく燃える。




 知ってしまえば、知らない振りはできなかった。


『都市の子供たち……に限らないけどね、危険が迫っているのだよ』

『私たちを目の敵にしているモンスターたちの軍勢「解放軍」が近い内に、この都市を襲撃するだろうね』


『なぜ分かるのかって? 私たちの情報を解放軍へ流しているスパイがいるってことさ。いや、捕まえてしまうのは勿体ない。利用すれば誤情報を意図して向こうへ届けさせることも可能だからさ……そう、まだ泳がせているのだよ』


『監視は続けているさ。「彼女」があれを完成させた時、襲撃の合図だと睨んでいる』


『あれ? 彼女? ああ、知りたいかい? ははっ、いじわるなんてしないさ。教えてもいいが、君は口が堅い方かな? 嘘だと撥ね除けても証明する術を私は持っている。だからきっと、聞いたら最後、君は自身の意思で私の元へくるだろうね』


『ライト・メアリー』

『彼女は私を恨んでいる。だから、解放軍を使って私の命を奪いにくるだろうね』



 バロック・ロバートが、限られたギルドメンバーにしか教えていないことを、どうしてプラムに教えたのかは分からない。

 それくらいプラムを引き抜きたかったと言われたら、ならどうしてそうまでしてプラムを引き抜きたかったのか……になる。


 確かに、プラムのレベルの上がり方は異常なほど早い。

 だが、それだけだ。


 各項目の数値は、高レベルにしては低い。

 その代わり多種多様なスキルを会得している。


 一長一短な彼女の才能を見抜いていたにしても、機密情報を教えてまで、欲しい人材だろうか。


『君は四人目になる可能性を秘めている……強さを持ったライセンスは間違った方向へ向かいやすい。外道のピエロ・ブラック、解放軍と繋がったライト・メアリー然りね。だからできるだけ、私の元で指導をしたかったのだよ』


『――私は元、先生だからね』




「レベル――99」


 赤い爬虫類の皮膚を持つ見た目だけは見知った顔ばかりの人に化けたモンスター……を殺し続けて得た経験値は、レベル90台のプラムにとっても膨大なものだったようだ。


 手が止まらない限り上がり続けていた数字が、ふと、止まる。



 プラム・ミラーベル。

 大都市ティンバーゲンに新たに生まれた、レベル99のカンストランカーである。

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