010 すれ違う常識

「おれは絶っっ対に反対だからなッッ!!」


「別にっ! クーくんの許可なんてもらおうと思ってないもんっ!!」


 プラムの呪いが解けたのが昨日のこと。

 それから丸一日、このやり取りの繰り返しだった。


 それは今日になっても進展がないまま、ひたすら繰り返されるばかり。


 カムクと隣り合わせで戦うために強くなりたいプラムと、

 プラムを守るために強くなりたいカムクの二人では、当然、衝突する意見だ。


 二人はよく知りもしない大都市の町中を、目的もなく歩く。


「待てよ、プラム!」

「待たないよっ、というか、ついてこないで!!」


 大声で喧嘩してるため、巻き込まれたくない人々が二人に道を開けていた。

 混雑しているわりに、二人の周りだけ、広いスペースができている。


「どこいく気だよ……道、分かってないだろ。それにまだ、体だって――」

「クーくんには関係ない」

「……っ」


 関係ない?


 ……お前のために、どれだけおれが苦労したと……ッ!


 そう咄嗟に口走りそうになって、寸でのところで止めた。


 ……恩を売りたいわけではなかった。


 実際は、カムクではなくガラス瓶の彼女がプラムの呪いを解いたのだ。

 カムクがしたことと言えば、助けを乞うただけ。

 思えば一度として、守れてはいなかった。


 村火事と盗賊団の襲撃の時だって、気付けば平原にいたが、誰かに救われた結果だろう……人身売買の商人にプラムが攫われた時も、ステラが見逃してくれたおかげだ。


 カムクが自分の力だけでプラムを守れたことがあっただろうか。


 ――ない、のだ。


 口先だけ。

 プラムは決してそんなことは言っていないが、そう責められているように感じてしまった。

 

 だから――完全にカムクの被害妄想であるが――必死にもなる。


 遠ざかっていくプラムを見失わないように、彼女の手を掴んで引き止めた。


「…………なに」


 触らないで、とまで言わなかったのは、プラムも薄らと感じ取ったのかもしれない。


「……村のみんなは、どうするんだよ……。火事で燃えて、なくなったわけじゃない。なくなるわけがないっ! おれたちの故郷なんだぞっ、家族もいる――なのに、みんなのことを忘れてここで強くなろうって、今でも思うのか!?」


「そ、それは……」

「帰ろう」


 村に帰ってしまえば、プラムはみんなとの生活を望むはずだ――そう思って。


「一度でいいから、帰ろう」


 プラムは幼い子供のように、こくんと小さく頷いた。



 頭が冷えたら、自然と視界も広がった。

 町の中は、辺境の村育ちである二人にとっては珍しいものばかりである。

 ついさっきまで喧嘩をしていたのが嘘のように、今は手を繋いで出店を回っていた。


 昼時……厨房から漂ってくる匂いに腹の虫が鳴くも、店に入るわけにもいかなかった。

 お金がないのだ。

 そうなると、長距離移動もままならない。


「やっぱり、商人の馬車に乗せてもらうしかないよな……」


 プラムの呪いが消えたことで急ぐ旅ではなくなり、歩きで山を越え、森を抜け、故郷を目指す方法もあるが、道中の獣の民が気になる。


 二年間の鍛錬で戦闘技術は教わったものの、自然界のルールは教わっていなかった。

 それに、本来の旅はカムク一人でする予定だったのだ……プラムが同行することは想定していない。


 時間をかけると、呪い関係なく、プラムの身がもたないだろう。

 一刻も早く帰りたいのは山々だが、メアリーに相談するしかない。


「プラム? なにしてんだ?」


 道の端っこで。

 彼女が馬車に繋がれていた馬に話しかけていた。


 車内には誰もいなかった。

 この馬の雇い主は、町のどこかで商売でもしているのかもしれない……、すぐに戻ってきそうにはなかった。


 荷物がまだあるにもかかわらず、近づいたカムクたちを見て咎めにこないのであれば、目の届かない場所まで離れてしまっているのだろう。


「……? 繋いだまま忘れてるのか?」


 すぐに戻ってくるなら、あり得ない話ではない(それでも基本的に繋いだままにしないだろう……そもそも気付いた時点で馬の方がはずせと言うのだから)。


「そのことなんだけど……クーくん、この子、喋ってくれないの」


 不安そうに、助けを求める目を向けてくる。


「単に人見知りしてるだけなんじゃ……」

「そうだとしても、頷いたり首を振ったりはできるでしょ? 話しかけると反応はしてくれるから、言葉が通じてないだけなのかな……?」


 人語は、獣の民の間で浸透している――が、もちろん理解していない獣の民もいる。


 人間の中でも成績に優劣があるように、記憶力や理解力が、獣の民の中でも差があるのだ。

 言葉が通じない相手がいたって不思議ではない。


 実際、人語以外が分からない人間は、獣の民に歩み寄ってもらっている方だ。

 もしも人語が浸透していなかったら、カムクたちも人のことは言えない。


 たとえば目の前の獣の民が、種族の言葉で話しかけてきたら固まってしまうだろう。

 だから特別、おかしな状況ではないと思っていた。


「なあ、プラム……獣の民が、少なくないか……?」

「うん、わたしも思ってた……ここ、東の王国なんでしょ? 王国って言えば、多種多様な民が集まってる国だって聞いてたから、たくさんの種族が入り乱れてると思っていたのに――」


 想像とは違い、実際は人間ばかりだ。

 よく見ると、檻に入れられていたり、繋がれている獣がいるが、扱いが普通じゃない。


 まるで奴隷だ。

 とは言え、人身売買が裏でおこなわれているのだから、奴隷という制度自体は珍しくもない。


 おかしいのは、こうもあからさまに見えているのに誰も咎めないどころか、気にも留めない状況である。

 見て見ぬ振りをしている、わけでもない。


 罪悪感なんて欠片もない。

 日常の一部であると言わんばかりに、それがそうであることが当たり前であると示しているとも言える。


 王国内では。


 獣の民は、人間以下の存在なのか?


 自然界では獣の民が上に立つ。


 その下克上を、高い壁の内側で人間がしているのだとすれば。


「なんか、卑怯だよな……」


 親の恨みを子に晴らすような理不尽さを感じる。

 そうなると、喋らないのではなく、喋れないのでは?


 奴隷なら、主人の命令は絶対だ。

 喋るなと言われていたなら守るしかない。


 命の所有権を持っているのは、彼を買った人間なのだから。


「ひどい……っ」


 カチャカチャと音を立て、プラムが馬と馬車を繋ぐ鎖をはずそうといじくっていた。


「この子を、助けよう!」


 プラムも彼が置かれている今の状況に思い至ったようだ。

 ……彼を買った商人は、まだ戻る気配がない。

 今の内に鎖を解いて、一緒に逃げてしまえばいい。


 奴隷と主を繋ぐのは鎖一つだけ。

 物理的距離があれば手の出しようがない。


 奴隷にとって恐ろしいのは、命の所有権を相手が持っていることと、すぐに手を下すことができる近い場所に、常に主がいることだ。


 逃げられる状況はほとんどない。

 しかし、他人がいたなら話は別だ。


 こうも人の目につく場所で、放ったらかしにしているのが悪いのだ。


 …………いや。


 人の目につくからこそ、置いたままにしているのだとしたら?


 ふと、カムクが鎖から視線を上げた時だ。



「「「「「…………」」」」」



 視線、だ。


 喧騒が消え、静寂が場を支配する。


 注目されているのは、カムクと、プラムである。


 カチャカチャと、まだ気付かないプラムの、鎖をいじる金属音だけが響いていた。


 ……なん、だ……?


 ぞわッッ、と、一気に背筋が凍る。


 奴隷を助けようとしていることが悪いことであるように、批判的な目が集中していた。

 奴隷を連れ歩いていることに対して、一切、なにも言わなかったくせに……!


「……ぼう、だ――」


「え?」


『家畜泥棒だァ!!』

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