034 二周目

 奇襲、ではない。

 正面から堂々と、バロック・ロバートと相対する。


 ……愚策、と誰もが思うだろう。


 カムクが握る剣も、誰かが道に落とした刃こぼれした安物である。


 舐めている、としか思えない目の前の少年の姿を見て、しかしバロック・ロバートは膨れ上がる邪念を振り払った。

 本気で勝てると理想を追い求め、安易な根性論で戦場に立った子供と判断するには、彼の師の存在が大き過ぎる。


 なにか腹の内に抱えていると思っておいた方がいい。

 いくらレベル差が大きく開かれているとは言え、足下を絶対にすくわれないという確証もない。


 格上が敗北する最も大きな敗因が油断だ。

 だが逆に言えば、そこさえ意識してしまえば死角なしとも言える。


 すると、彼が剣を手放した。地面に刺さった剣が立つ。


「戦うつもりはない、と言いたいのかね?」


「プラムを見逃してほしい。……あいつは今、レベル1だ。あんたの邪魔をする力はないし、するつもりもない……交渉って言えるほど、おれはなにも持ってない。だからこれはお願いなんだ……頼むよ、町の人々を助ける、市長なんだろ?」


「ふうん。情に訴えるというわけかね? 確かにそれを言われてしまうと弱いな。都市のため人のために人生を懸けてきた私には重く響くお願いだ――」


「なら」


「残念だが、君もプラムも始末するよ。あの子に関して言えば、レベル1になったから見逃すというのは論外だ。だからこそ始末するというわけさ。異常な早さでレベルが上がるあの子のことだ、二周目も同じように上がるとしたなら……厄介だ。私を越えられたらもうどうしようもない。無知な子供が力を持てばなにをするかなど明白だろう……打つ手がなくなる前に早い段階で仕込みをしておく……鉄則だ。実を言うとね、君のことは生かしておいてもいいと踏んでいた。なによりも優先すべきは彼女を殺すことだからね――」


 バロックはカムクを見て危害はないと思っていた。

 アンナ同様に言葉で簡単に丸め込めるだろうと――だが、その読みは甘かったと言わざるを得ない。


 あの黒鼻外道の一番弟子となった彼――カムク・ジャックル。

 そして、天才少女プラム・ミラーベルと共にこの都市に現れた少年だ。


 一筋縄でいくはずもない。


「こうして私の前に勇敢にも立った君を見ていると、厄介だと判断したくなる」


 事実、彼は当然、無策でバロックの前に立ったわけではないのだから。


「私には及ばないが、それでも選りすぐりの人材から人望があるようだ」


 バロックが視線を回す。

 一人、二人……いや、合わせて四人か。


「人にお願いをしながらも、ちゃっかりと伏兵を仕込んでいるというわけか」

「…………悪いか」

「褒めているのだよ。目的のために手段を選ばない備えには共感が持てる」


 カムクはどちらかと言えばピエロ・ブラックよりもバロック・ロバートに寄っている。


 卑怯と呼ばれる外法に頼ることを内面で嫌うものの、反面、目的を据えた上でそれを達成させるための手段は選ばない。

 極端なことはしないが、目的こそが正義であるならその過程でどんな悪行を重ねようとも構わない。


 嘘を吐けば裏切りもするし、利用した上で切り捨てることも考えている。


「訂正しよう」


 バロックは、彼のことを言葉巧みに丸め込めると高をくくっていたが、不可能だ。


 それに、


「プラムよりも君を生かす方が、私にとっては不都合になるだろうね」


 バロックが先行して動いた。

 地面に刺さった剣に手を伸ばすカムクの行動が事前に察知できたからだ。


 安物の剣だが、それでも武器であることに変わりない。

 刃こぼれして切れ味が落ちようとも、鈍器として使えないこともないのだから。


 ――武器を求めて無防備になった腕を斬り落とす。

 先行したバロックの方がもちろん早い。

 剣を掴む前に彼の腕を、それが無理なら指を斬り落としてしまえば脅威は半減する。


 いや、実際は、彼の価値をレベルや数値ではなく、決して賢いわけではない頭脳に見出しているため、武器の有無、身体能力の差が戦力に影響を及ぼすわけではないが……、


 それでも、思考を邪魔する痛みを与えることは彼の対策としては万全だろう。


 だが、バロックは握り締められた彼の拳を見た。


 ……掴む気がない? 

 剣を、取る気がないのかッ!?


 カムクも、先行したバロックよりも早く剣を取れるわけがないと判断していた。


 その頭の回転の早さに、今更、驚きはしないが――バロックが目を見開いた。


 ――カムクが剣の柄を思い切り殴り飛ばしたのだ。


 地面から抜け、回転する剣がバロックの眼前に迫る。


「う……おッ!?」


 首を横に振って咄嗟に避ける……そうなると当然、次の対処に半歩遅れる。


 こればっかりはどうしようもない。

 だからこそカムクがそれを狙うために剣を捨てた。


 彼は頑なに剣士にこだわっているが、とある少女が言うには、間違いなく武闘家クラスに向いている――。

 現状、たった一つの隙を作るために剣を手放したことから分かるように、愛着もなにもない。


 他人の、安物の剣だから、ではなく、恐らくは愛用した剣だろうが躊躇なく踏み台にするだろう。

 それが悪いのではなく、剣を雑に扱う剣士志望が剣士に向いているのかは甚だ疑問である。


 己の身だけで一つ一つの困難を破っていくスタイルが、彼には合っているのだ。


「お節介はいらねえって、言っただろ……ッ」


 懐に潜り込んでいた彼の拳がバロックの胴体を捉える。

 言葉の真意を確かめる前に、バロックの意識が明滅した。


 

 見えている世界が上下に大きく揺れるような爆音が響く。

 バロックの体が百メートル以上も先の時計台まで吹き飛ばされた。


 一度も地面に落ちることなく、頑丈に作られているはずの時計台の外壁に大きな亀裂を入れながら、やっとのこと、バロックの体が止まった。

 呼吸が止まり、苦痛に顔をしかめるも、それよりも意識が一つの数字に吸い込まれた。


「……私の、レベルが……」


 下がっていた。

 ユニークスキル『レベルダウン』の影響だろう。


 伏兵として潜んでいた四人の中にはアンナ・スナップドラゴンが含まれていると考えていい……さらに言えば他の三人は釣針尻尾団のメンバーと言える。


 伏兵から突発的に仕掛けられるには厄介なユニークスキルだが、とは言え、レベル99が70付近まで落ちただけのことだ。

 二周目ということも考えれば、まだ一周目であるカムクに対して差が縮まるとはとても思えない。


 にもかかわらず、

 カムクの一撃がバロックの体力を大幅に削っていた。


 ……レベルダウンがあるなら当然、同じように『一時的なレベルアップスキル』も存在するだろうが……、だが予想に反して、カムクにスキルが使われた形跡がない。

 相も変わらずレベルは50にも及ばなかった。


 なのに、だ。

 拳が、重い。


「……待て、なんだ、その数値は……?」


 時計台の壁に埋まっているバロックは、ゆっくりと近づいてくるカムクを見下ろしている状態だが、逆に、彼に見下ろされている気分だった。


「君、は……二周目か……?」

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