035 グリガラの発明

「それ、師匠にも言われたけど、一周目だっての。こっちは簡単なスキルさえ一つも会得してないただの筋力バカでしかない」


 彼は不満そうに口を尖らせる。

 相手のレベルを視認できるスキルは一応、会得できているみたいだが、彼の口ぶりから察するに、各項目の数値までは見えていないのだろう。


 だから自分の数値がおかしいことに気付かない。

 振り返ってみれば、バロック・ロバートだけが彼とこれまで接点がなかった。


 ライト・メアリーもピエロ・ブラックも、彼を一度でも師事したことがあるならその異常さに気付いたはずなのだ。

 違和感を持つだろう……普通なら、誰もが。


 順調にレベルが上がっているにもかかわらず、上がるのが遅過ぎる、と。


 だが、密接に触れ合わなかったからこそバロックは彼の特異な状態に気付けなかった。

 単純に、彼には才能がないのだと思考停止していた。


 プラムと真逆と言えば分かりやすい。

 プラムは各項目の数値の上昇が極端に少ない代わりに、多種多様なスキルを得た。


 しかしカムクは、簡単なスキルさえも会得していない――その代わり、

 彼の各項目の数値は、二周目に匹敵するほどの成長を見せていた。


 カムクは自覚していない。

 この力が今でもレベルに合った数値だと認識している。


 ……慢心がなく、彼はこれ以上をさらに求めるだろう。


 全てが数字に依存するとは言え、その時の精神力も僅かながら影響を及ぼす。

 絶体絶命の危機に数値以上の実力が出たり、逆に数値以下の実力しか出せないこともある。


 数値の裏に隠れた数値とも言われている。

 バロックも酒場で聞きかじった程度であり、実を言えば信じていなかった。


 だが、数値としてはバロックと拮抗しているにもかかわらず、数値差から考えたらあり得ないダメージを喰らったことに、つまり、そういうことなのだろうと理解した。


「……思えば君もプラムも、いくら調べても出自が明らかにならなかった。ただの孤児だろうと深くは詮索しなかったが……、君たちは、なんだ……? 何者なんだ……?」


 バロックに動揺が広がる。

 彼が初めて、余裕を崩した。


「……何者って聞かれても……おれはカムク・ジャックルだ」


 彼は、冗談交じりに。


 生まれた時代だけを考えるなら、彼はバロックよりも、遙か上の先輩と言える。


「なんでもかんでも知った風に振る舞っても、知らない知識はあるもんだよ、若造」



 かつての釣針尻尾団の形を取り戻した彼女たち四人にカムクが頼んだことは、一切の攻撃をせず、ただその場にいてほしいということだけだった。


 支援を頼んではいない。

 だからアンナがバロックにレベルダウンを使ったのは、カムクの指示ではなかった。

 彼女の独断専行。


 ゆえに口を突いて出た「お節介」だった。


 散らばった彼女たちは、各自決められた持ち場で戦いを眺めていた。

 結果にハラハラしているのはアンナくらいだろう。


 他の三人は、バロックを圧倒するカムクが当然だとでも言いたげに冷静だった。

 元々知っていたのだから、驚くはずもない。


 驚いたとすれば、支援を頼らなかったことだろう。


 プラムを守るためなら使える手段は片っ端から使い、多少やり過ぎでもバロックを徹底して潰すだろうと思っていた。


 釣針尻尾団を結果的に壊滅させたとしても、数人の犠牲が出たとしても、己の実力に自覚がないカムクなら一言、手伝えと言っていたはずなのに。


 彼は言った。


『手は借りるけど、やっぱり、これはおれがやり遂げないと意味がないんだよ』


 伏兵を置くことでバロックの意識を散らすという小手先の技術を使っているのは、自分でやらなければ、と自覚していながらも不安が残るからだろう。

 気合いでどうにかなる相手ではないと覚悟していたからだ。


 プラムのお願いに感情が高ぶっている中でも、そういうところは冷静である。

 支援をしないでほしいというのも、戦闘に加われば彼女たちにも危険が及ぶからという心配ではなく、もしもカムクがやられた場合のプラムの避難先として保険を張っている。


 四人もいれば、一人くらいはプラムに辿り着けるし、守ることができるだろうと思っている――優しい言葉と表情で言外に死んでも守れと言うところは、彼らしいとも言えた。


 現在、プラムは都市の人たちが集まる避難場所で、人々の治療に励んでいる。

 今、彼女にできることを率先してやっているためだ。


 彼女の近くにグリガラがいるため、釣針尻尾団の三人と連絡が取れる。

 そのため危険が迫ればすぐに分かるようになっていた。



 二百年前、カムクはプラムを守りたいがために鍛錬を続けていたが、彼女を苦しめている呪いを解く力が、自分にはなかった。

 守ると誓った、と何度も自分に言い聞かせながらも結局、最後のところは人任せであることを気にしていた。


 目的のために手段は選ばない――その考えに今更、後悔などはない。

 力がなければそういう結論に至るのはおかしくもなかった。


 でも、彼にとってそれは、あくまでも妥協でしかない。

 自分の力で守ることができたならそれが一番良いし、憧れもする。


 ――本当なら、プラムと自分の仲に、誰も介入させたくなかったのだから。


 勝てると思ったわけじゃない。

 根性論でどうにかなる相手ではないと分かっていた。


 でも、

 欲が出た。


 もしもここでカムクが自分の力でバロックを撃破したなら――言えるかもしれない。


 そう思った。


 胸に秘め続けていた感情が彼の裏の数値を一気に回し始める。

 意図せず彼の歯車が、いつも以上に勢いを増し始める。


 熱気が彼の体と心を柔軟にさせ、自壊を促すほどの力が溢れてくる。


 限界がなくなる。


 ……誰かが言った。


 それは過去か、未来か、今となってはもはや分からない。

 歴史がねじ曲がり、もはやどこで発明されたのかも誰も分からない。


 当人さえも自覚なく、きっと恐らく、遺伝子が本能に訴えた言葉だったのだろう。


『彼女』ならきっと知っているかもしれないが――ともかくだ。


 数字の下で変化した数値の裏を動かす原動力は、間違いなく、恋に違いない。



 やがて、


 時計台が崩壊する。

 瓦礫の山の中から這い出てきたのは、一人の少年だった。


 拳を握り締め、空に突き出す。

 それは、彼女たちに知らせるために見せた、勝利のポーズだった。



『カムクが勝ったみたいですよ』


 緑色のガラス瓶がプラムの背に声をかけた。

 時計台が崩壊した音は、遠く離れた避難場所にも届いていた。


「……うん。でも、みんなの治療を――」


『いいから、いきなさいよ。いてもたってもいられないくらい、そわそわして、ばればれよ。そんな浮ついた状態で手伝われても新しく怪我人を出されたらたまったものじゃないですからね。……ここの管理は任せてください』


「…………ありがと、グリガラ」


 そして、プラムがカムクを求めて走り出す。


『…………』


 彼女の背を見届けたグリガラが、治療が間に合わなかった少女の死体に目を向ける。

 どうしたって動かない、綺麗な人形。


『あの……すみません』


 通りがかった女性にグリガラが、


『私の瓶を開けて、この子に飲ませてください……多分、成功するはずです。人道的なことを考えてメアリー様はしませんでしたが、今は私に、どう足掻いても手足が足りないのです……だから、お願いします。この子の体を使って、みなさんを助けます!!』


 この時代ではまだ液体でしかなかったホムンクルスが、今後、人と見分けがつかない完成品に至ることになるのだが、そのきっかけが、ここだった。


『この子の体に馴染んではいるようですけど……やっぱりどの部位が損傷しているのか、動きにくくて動きやすいのか、液体の時には気にしませんでしたが、分かりやすい目安があると助かりますね……』


 そう、たとえば。


 ……数値、とか?

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