第四部 近未来編

036 三人のホムンクルス

「クーくんっ!!」


 飛びついてきたプラムをカムクが受け止める。


 時計台を崩壊させる拳の威力に自分でも驚いたし、勝因となった右拳も指先が少し触れるだけでも激痛が走る。

 が、それをおくびにも出さず、全身が震えて立っているのもやっとな笑っている状態だったが、それでも倒れることはなかった。


「……モンスターの問題が残ってるけど……ひとまずあいつの支配はもうないと思う」


 死んではいないはずだ。

 瓦礫の中から彼を探し出し、手足を縛って自由を奪うことで、これ以上の悪化を防げる。


 彼がなんとしてでも阻止したかったモンスターとの共存は、人々の反対意見が多いために難しいだろうが……、アンナたちに頼んでおいたゴーシュの救出と治療が上手くいっていれば、彼が種族の橋渡しになってくれるだろう。


 バロックが危惧した問題点も、無視はできない。

 そのあたりは、人間側が多少のがまんをすればいいだけの話だ。


 そうなるとバロック以外のトップが必要になってくる。

 順当な後釜で言えば、プラムになるだろうが……しかしレベルが周回してしまっているために、数字至上主義の都市では支持を得るのが難しい。

 そこも含め、変えていかなければならないことがたくさんだ。


 都市を囲む壁も、今すぐではないにしても、取り払うべきものである。


 すると、足音が三つ。

 アンナは時間がかかっているのだろうか? 見えたのはベル、ダリア、ステラだ。


「ありがとな。みんなのおかげであいつの意識が上手く散ってて助かった」

「どーかなー。あたしたちがいてもいなくても関係なさそうだったけどー」

「あ、さっきのモンスターさん、だけど、一命を取り留めたので安心してください」


 ベル、ステラが話しかけてくる。

 その後ろで、ダリアが背中の剣を握ったのが見えた。



 そして一切の躊躇なく、太くごつい剣を振り下ろした。


 その狙いは一人。


 ――カムクの手を握る、プラムである。


「……え?」

「お前がいるから。……お前さえ、いなければ……ッッ」



「あーもうっ、早いよ、ダリア」

「成功率は30パーセント……防がれますから今はやめましょうと言ったはずですが」


 ベルとステラが呆れる。

 つまり、プラムを狙ったのがダリア個人の裏切りを示しているのではなく、三人合意の上で決行された作戦だということが分かってしまう。


 片腕でプラムを抱きしめ、

 重たい剣の刃を、カムクが腕を受け止める。

 刃を受け止めるほどの防御力を、カムクが持っていることの証明だ。


「なん……の、つもりだ――お前らっっ!!!?」


 バロック・ロバートを倒し、ハッピーエンドになるつもりが、

 そうは問屋が卸さないとばかりに、釣針尻尾団が牙を剥いた。


 面白半分でふざけているだけなら、悪趣味だがその方が良かった。


 しかし、

 ベルもステラもダリアも、真剣そのものだ。


 プラムを殺すことで別のなにかが解決するとでも言いたげな――、



 新たな足音にカムクが警戒をしたが、姿を見せたのはアンナだ。

 やっと追いついた彼女は、状況にまでは思考が追いついていなかった。


「なにを、してるの……?」



『アンナのため』



 三人の声が揃い――そして。



「あたしたちは未来で完成したホムンクルスなんだよねっ」

「アンナ様に作られた私たちはあなたの後悔を修正するために、過去にきました」

「プラムを殺せば、アンナがカムクと結ばれる……でしょ?」



 三人からの突然の告白と、胸に秘めていた感情を暴かれ、アンナが思考を飛ばす。

 ぼんっ、と顔どころか全身を真っ赤にさせてぷるぷると震え出したアンナが一言。


「…………っ、――――え、ちょっ、えぇっっ!?」



 過去からきたカムクとプラムが、今を生きるアンナと出会うことは、偶然ではなく必然だった。

 なぜなら出会いの裏には未来からきたホムンクルスの三人娘がいたからだ。


 ベル、ステラ、ダリア。

 彼女たちの目的は最初から、プラム・ミラーベルという少女を殺すことにあった。


 それは早ければいいというわけではない。

 目的を果たそうと思えば呪いがかかったままの段階で見殺しにする、もしくは直接、手を下してしまえば簡単だ。


 だが、それでは目的の先へ続かない。

 プラム・ミラーベルを殺すことが目的とは言ったものの、求めているのはその先の展開である。


 アンナ・スナップドラゴンが、カムク・ジャックルと結ばれること。


 彼女が幸せになること――それが、


 自分たちを生み出してくれた『親』への、最高の親孝行だと信じて疑わなかった。



「ちょ、ちょっと! 私は、べつに、カムクのことなんか……っっ」

「あー、そういうのいいから。未来からきたあたしたちに言い訳なんてしたって意味ないじゃん。ぜーんぶ、知ってるし、飽きるほど聞いてるし。アンナは七十年後まで、ずっとカムクへの恋心を引きずったままなんだよ」


 それを一途と取るか引き際が悪く粘着質と取るかは人によるだろうが。


「七十年後……、おれは?」


 カムクが聞いた。

 アンナからの好意よりも、気になったのは未来の自分である。


「死んでる。うんと前に。だからアンナの気持ちはもう届かないんだよ」

「ちなみに――」


 と言いかけたベルの口を、ステラが手で塞いだ。


「あまり、未来のことを言い過ぎないように」


「それで未来が変わるから? 未来を変えようってつもりでここまできてるんだから、変わっちゃえばいいじゃん。それこそ、待ってましたって感じでしょ?」


「そうですけど、余計なことは言わないようにしてください。私たちが未来からきたことでこの世界は私たちが生まれた世界とは別の世界になっていますが、だからって壊していいものではないはずですよ」


「まじめー」


 と文句を垂れるベルも、未来人が与える影響の大きさを知っているため納得したようだ。


 前例がある。

 未来人が未来の知識を不用意に与えたことで、世界が壊滅した事例は多くある。


 それは意思疎通が可能なホムンクルスたちによる、平行世界を跨いだ共通の知識だ。


 ベルが「うんとねー」と逸れた話を元に戻す。


「七十年後のアンナもね、あたしたちの前で死んじゃったんだ。あ、殺されたとかじゃないから安心して。普通に病気。魔法で治してもすぐに発症しちゃってね。人間が作った薬を飲んでもよくならなかった……だからもう、寿命なんじゃないかなーって」


 彼女たちにとってはアンナの……生みの親の死は悲劇ではなかったようだ。

 ただ、彼女が最後にこぼした無念だけが心残りになっていた。


「アンナ、死ぬ前に言ってた。あの時、プラムに負けるって分かっていても、挑戦しておけば良かった……って。気持ちを伝えず、押し殺した後悔が、死ぬ寸前になってもまだ残ってた……って」


 だから。


「決して、あの方の生き様は、悲劇ではありません。私たちを生み出した功績は計り知れませんから。……アンナがいなければ救えなかった人がたくさんいました、だからこそ彼女はたくさんの人に恵まれ、愛されて、亡くなった後も誰もが知る偉人になっています。なのに……なのにですよ!? 幸せ者のアンナの最後が後悔で終わるだなんて、納得がいかなかったっっ!」


 だから。


「死んじゃったら仕方ないよ。でも、別の世界のアンナは?」


「同じ後悔を迎えることが分かっていて、見て見ぬ振りはできない」


「後悔をしないために気持ちを伝える……でもそれで満足でしょうか? 私たちはやっぱり、アンナには幸せになってほしい。たとえそれで私たちホムンクルスが生まれなくなったとしても――あの人には欲しいものが手に入って幸せになる、そんな世界が一つくらいあってもいいんじゃないかって……っ」


 だから、だから。


「でもアンナに勝ち目なんてないしねー。カムクがプラムからアンナに切り替えるなんて想像できないよ。ここまで一緒に付き合っていれば嫌でも分からされるし。確かにこれは挑むだけ無駄だよねって思っちゃうよね」


「カムクもアンナと同じで、そう簡単に諦められない性格。他の全てを捨ててでも守ろうとするんだから、好意が裏付けされているもの」


「だとしても、可能性はゼロではないはずですよね?」


 だから――だから!!



 三人が出した結論が、こうだ。


『プラムがいなくなれば、ゼロパーセントを一パーセントにできるかもしれない!!』

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