002 森の中の覚醒者

「プラムの症状はさすがに長引き過ぎてる。病気なら波があるだろ。改善するにしても、悪化するにしても。なのに、一定だ。外に出たら呼吸ができないほどに苦しむ、自室に戻れば、綺麗さっぱりに症状が消えてしまう……境界線がそこまではっきりしているとなると、病気と考える方が不自然に思ってな」


 当時は鍛錬を始める前だったが、カムクは彼なりに、独自に体を鍛えていた。

 主に果実の収獲の際に大木を木剣で打ち続ける、など、基本的に鍛錬と変わりないが、的が動かないので大きな進歩は見られない。

 果実の収獲そのものが体を自然と鍛えるが、技術は身につかない。

 無駄、とまでは言わないが、もったいない時間の使い方ではあった。


「もしも呪いなら、病気よりも厄介だろ……」

「そうか? 病気は不治の病があるが、呪いは絶対に解けないものはない……その分、病気よりもマシだと思うけどな」


 賢者や魔導師による浄化をおこなえば、一瞬で呪いが消える。

 薬を使ってしばらく様子を見る病気に比べれば、手間はない。

 ただし、病気も呪いも度合いによるし、比べるようなものでもないだろう。


 軽度な呪いがあれば深刻な病気もあるし、その逆もまた然り、だ。


「結局、村の外に出なくちゃならないよな……。もしもプラムの症状の原因が呪いなら、薬よりもさらに金がかかる――賢者? 魔導師? だっけか? に依頼して、村まで案内しなくちゃならないんだろ……? 旅費や食費を考えたら、金がな……」


 病気だろうが呪いだろうが、障害はようするに、金だ。


「そこはカムク次第でどうにでもなるだろ。金で依頼するのが一番簡単だが、無償で請け負ってくれる人間もいるはずだ。見返りが金に限らないように、だ。お前がプラムを助けようとして、プラム自身から金を要求しないようにな」

「…………」


 彼女の笑顔が最高の報酬だ、とは、さすがに言わなかったが。


「東の王国までは――」

「馬車で一週間くらいか? 森を進んで山を越えて……洞窟を抜けるでもいいが、どうせ今のお前じゃ辿りつけずに死ぬだけだぞ」

「そんなの、分から」

「間違いなく死ぬ。プラムを残してな」


 プラムを助けるために積極的に動いているのが自分だけだと自覚しているためか、カムク自身、途中で倒れてしまえばせっかくの光明も再び闇の中に閉じ込められてしまうことを予想した。

 ――可能性は高い。

 確かに今のままじゃ……、確実に死ぬ。


 村の外には獣の民がいる。

 その彼ら全員が、テナガザルのように良好な関係を築けているわけではないし、話し合いをしようと持ちかけたとしても、相手にされない場合の方が多い。

 人語が通じると言って、必ずしも和解するとは限らないのだ。


 獣の民が友好的に見えるのは、友好的な一部分しか見ていないからだ。

 善人に囲まれ育った子供が悪人を知らないように。

 人間という種族が善であると思い込んでいると、痛い目に遭う。


 痛い目に遭って学習するならまだいいが、大半がその場で終わってしまうのが現実だ。

 良い人に出会えたと思い込んだまま最後まで生きられたなら幸せかもしれないが……。


「……もしも、おれを鍛えたとしたら、何年で、安全な旅ができるようになる?」

「何年じゃなくて、何十年って感じだな」


 冗談でなく、それくらいは見積もるべき年数だ。

 安全に、と言われれば、そう答えるしかない。


「ま、いくら鍛えても危険は付きまとう。オレたちが持つ技術と自然界の知識をお前に叩き込んでもまだ足りないが……それでも五年……半分くらいだろうな」

「一年じゃ無理か?」

「無理に決まってんだろ、一時間だって寝る暇がねえ過密スケジュールになるぞ。それでお前が倒れたら本末転倒だろうが」


「だったら――二年だ」


 親友がすぐに否定しなかったのは、戦闘技術と自然界の知識を、東の王国への道順に絞って教えるくらいならば、不可能ではないと計算できてしまったからだ。


 それでも睡眠時間は大幅に削られ、休む暇なんてほとんどない過酷な鍛錬になる。

 そうと知ってもなお、


「頼む。おれを、鍛えてくれ!」

「…………本気か?」


 言葉を重ねないカムクは、ただ真っ直ぐに親友の目を見るだけだ。

 しばらくの沈黙の後……ちっ、と舌打ちをして、彼が折れた。


 動機が分かるだけに、門前払いにもできなかったのだ。

 彼からしても、カムクと同様にプラムとの付き合いが長い。


 プラムが苦しんでいた姿を、この目で見ている。


「……………………弱音を吐いたらその時点でやめるからな」



 こうして始まった鍛錬の合間に、よく親友と他愛のない話をした。


「覚醒者?」


 呪いを解くことができる賢者や魔導師に限らず、天変地異に似た現象を意図的に引き起こしたり、素手で全長三十メートルを越える大木を引っこ抜いたりすることができる人間が東の王国にはたくさんおり……彼、彼女らをそう呼ぶらしい。


「詳しいことはオレも分からねえけど……有名な奴は大体がそれだ。見た目は普通の人間と変わりないらしいしな……気を付けろよ、喧嘩を売った相手が覚醒者だったら、剣の技術を究めたところで意味なんかないんだからな」


 他にも、引き起こされる超常現象を、スキルと呼び、呪いのような肉体に影響を及ぼす状態にさせることをデバフ、とも呼ぶらしい。


 本当にただの雑談であり、講義ではないため、カムクも今の今まですっかりと忘れてしまっていた。

 だが、こうして走馬燈のように思い出したのは、一度、死にかけたからなのだろうけど、それ以上に、その知識が今になって必要だと本能が悟ったからだろう。


 生き抜くために力尽くで、記憶の奥底から手探りで引っ張り出してきた糸口。



「お前が、覚醒者……?」


 突如起きた、事件の渦中にて。

 燃え上がる森を背にし、炎よりも赤く、長い髪を持つ青年がいた。


 上半身が裸(最初は長い髪と顔立ちから女性かと思ったが、筋肉質な肉体を見て男のそれだと判断した)だが、肌色が見えないほど、宝石をじゃらじゃらと身につけていた。


「覚醒者ってのは、あー、ようするにアンロックされたってことだよな? そーだぜそうそう、オレは覚醒者だ」


 彼らと敵対したなら挑まずに逃げろ、そんなアドバイスをくれた親友を始めとしたテナガザルたちは今、赤髪の青年が立つ足場として利用されている。


 全身に複数の矢が刺さったまま、積み重ねられた死体の山。


 ついさっきまで目の前で一緒に鍛錬をしていたのに……。カムクを、青年たち襲撃者から守るために、死体になることを見越してテナガザルたちが数十人で下敷きにした。

 死体の山の中に、生きている人間がいるとは思わないだろう……思惑は上手くいきそうだったが、しかし、寸でのところで青年が勘付いたのだ。


 戻ってきた彼と鉢合わせてしまったのは、村を心配するあまり早めに死体の山から抜け出てしまったカムクの落ち度だ。


 ……とは言え、だ。

 もしも、最初から最後まで隠れていろ、とあらかじめ指示されていたとしても、カムクなら外に出ていただろう。


 死体の山を足蹴にした時点で、怒りは頂点に達していた。


 それに、襲撃してきた彼らの目的は、たった一人の獣の民であり――狙われている者に心当たりがあったからだ。


 ……ゴーシュ、だよな……?


 もしも、カムクの予想が当たっているのであれば。


 さて、彼と一緒にいるのは誰だった?

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