第二部 未来編
005 釣針尻尾団
カムクが目を醒ました時、まず目に入ったのが頬を撫でる赤髪だった。
瞬間、カムクの脳裏に映し出されたのは銀剣を持つ青年――と、血と、炎だ。
反射的に背負っている木剣を掴もうとして手を伸ばし、そこにないことを思い出す。
……っ、森に、置いてきた……ッ!?
頭に血が上った反面、武器がないことに顔面を蒼白にさせる。
だが、それによって丁度、思考が冷静になった。
……あいつとは、違う。
確かに同じ赤髪だが、同一人物ではなかった。
「おはよ」
振り向き、なんとも軽い感じで挨拶をしてきたのは、同い年に見える女の子だった。
プラムとは真逆の雰囲気を持つ。
髪色もそうだが、睨みつけられている視線に、攻撃的な彼女の性格が窺える。
それにしては、かけられた言葉も声も、柔らかそうな印象を抱いたものだが……。
露出が多い、というよりは、ところどころ破けて穴が空いている黒い服装を身にまとっている。
……のだが、肌を気にしていない、わけではなさそうだ。
カムクの視線に気付いて僅かに身じろぎをした。
「これは……こういうデザインなだけ」
「誰だ」
カムクがじろじろと見ていたのは別に服装に限ったことではない。
見覚えがないのならはっきりさせるべきは目の前の少女が敵かどうかだけだ。
敵でなかったとしても、味方とは思えない。
少し低い位置に左右で結ばれた赤髪や、イヤリングをつけていたり、薄っすらと化粧をしていたり……と、飾らないプラムとは正反対だ。
彼女の服装は既に見ているのでその先……両手に握られているのは、手綱だ。
遅れて気付いたが、カムクと少女が乗っているのは、巨大な象の背中だった。
「うおっ」
と思わず少女の肩を背中から掴んでしまったのは、移動している象の上から真下を覗き込んでしまったからだ。
大きな、とは言っても一般的な象よりも少し大きいくらいだろう。
上から見ると高く感じるだけで、下から見たら大したことはないはずだ。
「アンナ」
「は?」
「……だよ、名前」
少女が最後に付け足した。
「私の……」
「……最初から全部、まとめて話せよ」
「できたらやってる。バカなの。カムクは」
「バカってお前……っ、って、待て。なんでおれの名前を――」
「教えてくれたの」
だから誰からだよ、と思わず問い詰めそうになって、一人しかいないと気付く。
「プラムを知ってんのか!? どこにいるんだ!!」
肩を掴んでいた手に力が入り、動揺した少女が手綱を離してしまう。
バランスを崩した二人が、『あ』と声を重ね、象の背中から落下する。
カムクを下にして、少女が覆い被さった。
「あ、ありが――」
「上!!」
カムクの声に少女が振り返るが、その時にはもう、象の後ろ足が避けられない距離まで迫っていた。
「おい、あんた止まってくれッ!! おれたちは真下に――」
「『モンスター』に話しかけたって止まるわけないじゃん」
その時、横から割り込んできた二人の人物によって、象の足が弾き返された。
バランスを崩した象が、低い悲鳴を上げながら横に倒れていく。
ずずんっ! と大地が揺れた。
「あれ? 意外と軽かった?」
「一緒に持ち上げたんだから当たり前でしょ」
手足に特殊な防具を身につけた(逆にそれ以外は無防備とも言える軽装だ)金髪の少女と、女の子が持つには似合わない太くごつい剣を背中の鞘に収めた、黒髪をカチューシャで持ち上げた少女。
線も細くスタイルが良くて、細部を見ても筋肉がついているわけでもない。
……二人がかり、と言った。だとしてもだ。
――身の丈、三倍も大きな象を、ひっくり返せるわけがない。
「ねえ二人とも、その子、もう歩けないってことはないよね?」
今度は三人目、と、気付けば後ろにはもう一頭、象がいたようだ。
最前列にいたため気付けなかったのか……、ともかく、象を倒した二人を責めるように言って近づいてくるのは、緑髪の少女だ。
彼女に抱えられているのは、意識はあるものの満足に動けない様子のプラムだ。
「――大丈夫か!? プラム!!」
覆い被さっていた赤髪の少女を押しのけて、プラムに駆け寄った。
「体調は……っ」
「大丈夫、慌て過ぎだよ、クーくんは。自分の足では立ってられないけど、呼吸ができないってことはないみたい」
症状は軽くなっているようだが、原因そのものが取り除かれたわけではない。
やはり、急いで呪いを解く必要がある。
「……カムクさん、ですよね。くん? 呼び捨てでも構わない?」
段階的に近づいてくる距離感は、一気に飛ばしたのとそう変わらない。
「お前らは……」
すると、ぐっ、と鼻をつままれて、言葉が途切れる。
手を伸ばしていた犯人はプラムだ。
「助けてくれた恩人に『お前』はないでしょ、クーくん」
「あのなあ、こいつらがまだ味方だって決まったわけじゃ」
「こいつぅ?」
プラム一人からの非難の目に、堪えられなくなってカムクが折れる。
「あんたらはさ、おれたちを助けてくれたのか?」
「今だってそうじゃんか。踏み潰されそうになったところを助けてあげたじゃん。なのにステラの方に駆け寄るんだもん。普通、まずはあたしらにお礼を言うべきじゃない?」
再び、金髪の少女が横から割り込んできた。
表情は笑顔だが、不満を訴える笑みだ。
逆に、遅れて顔を出したカチューシャの少女は表情が変化していない。
こっちは逆に、お礼なんかいらないとでも言いたげだった。
「…………助けてくれて、ありがとう」
「ん、分かった」
「なんであたしじゃなくてダリアに言うの!!」
付け入る隙を与えたくないというのが建前で、本音としては、確かに助けてもらったことは事実だが、恩を着せるように威張って言ってくるのが気に入らなかっただけだ。
それに、分けて言ったつもりはない。
カムクは二人に向けて、言ったのだ。
「納得いかなーい!!」
「ベル、もういいでしょ」
そんな二人の後ろから、伸ばされた指がカムクの服を掴んだ。
赤髪の少女が小さな声で、「……ありがと」と言った。
それきり、彼女が会話に参加することはなかった。
横倒しになった象を立ち上がらせて、四人と二人は移動を再開させる。
出会った少女たちは似ていない姉妹、かと思ったが、違うようだ。
似ていないのは、それもそうだ。
だって赤の他人である。
みんなを引っ張るムードメーカー的な存在が、金髪の少女、ベル。
おとなしく見えるがベルと同様に大胆な行動を起こすカチューシャの少女がダリア。
一歩引いていて、三人とは距離がある赤髪の少女がアンナで、
彼女たちを一つにまとめている(成功率は低いが)のが、緑髪のステラである。
彼女たちは自分たちのことを、『
ベルの胸元には、猫の尻尾が釣針のようになっているエムブレムが刻印されていた。
他の三人も同様に、ダリアはへその横に、アンナは肩に、ステラは首元に。
「……猫?」
さっきと同じく、アンナの後ろに座るカムクが彼女の肩のエムブレムを見て思い出す。
平原で目を醒ます前、最後に覚えているのは、肩に乗った猫の姿だった。
体内が透けて見える(そうは言っても内臓などが見えるわけではない。宝石を見ているようなものだ)綺麗なエメラルドグリーン色に目を奪われたのが印象強く残っている。
アンナにその猫のことを伝えると、
「見たことないよ、そんな猫」
と言う。
「ベルに聞いてみたら、いいかも。釣針尻尾団って名付けたのはベルだから」
気にはなったものの、ベルが名付けたのなら深い意味などない思いつきだろう。
猫については、あまりにも幻想的な姿なので極限状態で見た幻覚の可能性もある。
優先させて探すほどのことではない。
まずは、不幸中の幸いにも、村を出れたのなら最優先するべきはプラムの呪いを解くことだ。
その後、村へ帰る手段を探せばいい。
その途中で、機会があれば猫のことも調べてみることにしよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます