020 vsカンストランカー

『黒鼻外道』のピエロ・ブラック。

 特徴的な丸く大きな黒鼻を持ち、大仰な黒いマントと王冠の形をした帽子を被る。


 世間に知られている情報だが、彼のクラスはガンナー。

 弓やボウガンよりも強力な銃器を扱う上位ライセンスである。


 つまり、遠距離型だ。


 懐に入ってしまえばレベル8のカムクにも勝機があると踏んでの奇襲だったが――、


 銃身の長い銃器を取り出したピエロ・ブラックが引き金に指をかけるでもなくガンナーとは思えない雑な扱いで、銃器をまるで剣のように振り回した。


「……っ、おわっ!?」

「カンストランカーの、踏んできた場数を舐めるな」


 近距離戦ならカムクも得意だが、今に限って、握る武器は短刀である。


 間合いを広げたら終わりだと思え……この状況を整えるために手を貸してくれた釣針尻尾団の三人がくれた助言を守るためには、武器を変える余裕もなかった。


 間合いを広げなければ銃撃されることもないが、カムクも致命傷を与えられない。

 それに、時間をかければかけるだけ、奇襲作戦の意味が薄れていく。

 やがて度肝を抜かれていた見物人が正気を取り戻して参加してくるだろう。


「やっぱりあの剣じゃやりづらいんじゃない?」

「でも、カムクの剣は折れてるし」

「背中に持ってるじゃん。そのでっかいの、貸してあげれば?」


 顔にしわを作って嫌な顔をしたダリアの許可も取らず、ベルが抜き取って投げた。


「カームークー、投ーげーたーっ!」


 全部を言い終える前に、太くごつい剣が高速回転してカムクの元に届いた。


「ちょっ、うおあ!?!?」


 不意を突かれた死角からの助け船に、殺されかけた。

 避けなければ今頃、大量の血が舞っていたに違いない。


 致命傷どころか即死である。


「おま……ッ、くっ、でも、確かにありがたいことには変わりねえよな!!」


 短刀を放り投げて、柄を握り締めて気付いた――剣を持ち上げるにも適正レベルというものがあり、こうして受け取ったはいいが、果たして持ち上げられるのか……?


 しかし、杞憂だったようで、カムクでも問題なく持ち上げられた。

 不思議と、大きさは倍以上もあるのにいつも使っている銀剣と同じ取り回しやすさだ。


「これなら……」


 しかし、時間をかけ過ぎたツケは大きく、百戦錬磨のカンストランカーは当然のように距離を離していた。

 数メートルどころではない。

 薄暗い洞窟のような空間の、どこにいるのか、まったく目視できないほど遠くへ、だ。


 声が反響する。


『単独で攻めてきた度胸は褒めてるやる……と思ったが、ここまで手招いたそこの三人が裏切ったわけか。釣針尻尾団、見事に全員が嘘吐きだったわけだ』

「裏切る? おかしなことを言うね、マスターは」


 三人の中でも一番、ピエロ・ブラックを慕っていたベルが気持ちの良い答えを言う。


「いつ、マスターの仲間になったの? 別に最初から、本当のことを言ってないし」


 ベルは最初から、嘘ばかりを吐いてきたのだから。

 外道に向けて放つ言葉はただ一つ。


「というか、そっちに言われたくない」


 パァンッ、と連続する弾けた音が聞こえた瞬間、カムクが大剣を構えた。

 金属同士が衝突する音の後に、銃弾が宙を舞った。


「剣に傷がついたらカムクには体で払ってもらう」

「だからっ、今はそれどころじゃねえだろ! 守ってやったんだぞこっちは!!」


 無表情だが言葉に怒気があるダリアの隣で、ステラが天井付近を見つめながら、


「カムク、マスターの居場所を捕捉しますか?」

「できるならやってくれッッ! お前らおれが困らないと助けてくれないのかっ!?」

「そりゃそうでしょー。カムクがアンナを助けないと意味がないんだから」


 ステラの眼球が昆虫の動きを想起させるように、気味悪く動く。


「捕捉完了。北西の天井にへばりついています」


 居場所の特定は可能……しかし、天井まで到達する術がない。

 方向が分かるだけでも、銃弾を避けやすくなるので、無駄というわけでもないが……。


「マスターを南東へ誘き出せるなら、手はあります」


 距離二十メートル。

 ……短いだろうか? 


 相手がカンストランカーでなければ容易だったかもしれない。

 しかし、僅かな企みにも敏感に気付く相手を対象にしたなら二十メートルが膨大な長さに感じてしまう。


 それでも、それしか打開策がないのならやるしかない。


 カムクが移動すると円形の白光がカムクを追ってくる。

 常に逆光を目にしているため暗闇にいつまでも目が慣れない。


 光の周囲は照らされているため見えるも、奥となると完全な闇となって目視は不可能。

 ピエロ・ブラックの姿など見えるはずもない。


「マスターが移動、十メートル西です」


 ……気付かれたか?


 すると、カムクを狙わない銃声が響く。

 ……潰れた銃弾が地面を転がった。


「マスターなら、この状況で理由はないけどとりあえずアンナを狙うだろうと思ったよ。わっかりやすいよねーっ」


 ベルの拳が、銃弾を弾いていた。

 カムクが移動すれば、当然、ピエロ・ブラックの視線がカムクを追うものだと思い込んでいたが……、相手がまともだと勘違いしていた。


「外道……ッッ」

『褒めても出てくるのは銃弾だけだぜ』


 迂闊だった。

 アンナから離れてしまったカムクに、彼女を守ることはできない。


 ベルがいなければ、今の銃撃でアンナが死んでいてもおかしくなかったのだ。


 アンナから過度に離れられない。

 ベルがついてくれている、と言っても完璧とは言えなかった。

 相手は黒鼻外道……なにをしてくるか分からないのだから。


 ……戒めによる鎖。

 それをカムクに与えるための銃撃だとしたら。


 ベルの予想はてんで的外れだ。


『結局はガキの企みだ』


 声が移動する。


『俺を誘き出そうってか? まあ、即席で尚且つ行き当たりばったりの状況では上手いこと作り込んだと賞賛する出来だが、多分、俺でもそうするぜ?』


 つまり、


『てめえらの意図なんざ読める。だったらかいくぐることも可能だってことだ』

「…………ッ」


 カムクが歯噛みした。

 ――笑みを押し殺すために、だ。


「マスターを捕捉。……指定ポイントへ――いけるよ、カムク!」

「策を真っ直ぐに仕掛けてもそりゃ読まれるだろうって分かってたよ――だからこっちもこっちで、ひねくれてやったんだ!!」


 誘き出すために、ゆっくりと、気付かれないように、相手が移動できる進路を狭めていった――そう、選択肢を削っていったのだ。

 誘き出したい場所へ通じる道だけを残して他の道を塞げば、当然、相手はそこへ進むしかなくなる。


 セオリー通りならば。

 だが、カムクたちは誘導しようとした場所に、嘘を含めた。


 そこにはなにもない。

 ピエロ・ブラックが、見抜いた上で避けた方角――そここそが。


 カムクたちが誘導したかった場所である。


 ……出来過ぎているが、運も関係している。

 策を見抜いて逃げた場所が、誘導したい場所でない可能性もあるのだ。


 そっちの方が断然多い。

 にもかかわらず上手くいったのはやはりアンナを近くにいさせたからだろう。


 人質にしやすいように、ピエロ・ブラックなら逃げるにしても、保険を張ると思った。

 彼の外道さは、とても利用しやすい指針だった――。


 カムクが、ピエロ・ブラックに向けて大剣を放り投げた。


 回転する太くごつい剣が黒鼻に吸い込まれるように――しかし、ピエロ・ブラックの首が横に倒れ、大剣をひょいと避けた。

 天井に大剣が突き刺さる。


『――で? この一撃のために、か?』


 失望が混じった眼差しを受けながら、カムクが答える。


「間違いなく、当たったぞ」


 天井に亀裂が入る。

 やがて、枝分かれした亀裂が伸びていき……ずずっっ、と。


 ――天井が崩れ落ちた。



「……このちょうど上が、カムクがモンスターを叩きつけた場所だったんだ」


 ダリアが見上げ、その場を動かずとも、落下する全ての瓦礫に当たっていなかった。


「よく気付いたね、ステラ」

「気付いたわけじゃなくて、知ってただけだよ」


 こんこん、と、ステラが指でこめかみを叩きながら、


「すぐに引き出せるのが、うちらの強みでしょ?」



 天井が崩れ、日の光が地下世界を照らしていた。

 ピエロ・ブラックの姿も見えている。


 崩れる瓦礫を飛び移りながら、一人の少年が、大剣を掴んだ。

 ――レベル8が、レベル99を見下ろしている。


「お前のレベルじゃ……俺を斬ることは、できねェ!!」

「…………ッ」


 ――だろうな、と思ったからこそ。

 カムクがくるん、と、大剣を半回転させた。


 そして。


「アンナを傷つけたお前は絶対に許さねえ。まずはその根性を、叩き壊してやるッッ!」


 振り下ろした大剣がピエロ・ブラックの脳天に落ちた。


 ごッッ、おうんッッ、という鐘のような音と共に、彼の体が地面に突撃する。


 大の字で倒れる彼の黒鼻が、ぽろっと…………取れて地面を転がった。



 マスターの敗北に、ざわざわと周りが騒ぎ出す。


 仇を討つため、ギルドメンバーからの追撃を警戒したが、意外にもカムクに近づく者はいなかった。

 拍子抜けしたが、仮に攻撃されていたら防げなかっただろう。


 猪のモンスターから、カンストランカーへの連戦。

 アンナが攫われたことによる怒りが体を無理やり動かしていただけで、今にも倒れそうなくらい疲労が蓄積しているのだ。


 騒いでいるだけで近づいてこないなら、わざわざ自分から藪をつつくこともない。


「泥、すぐに落とさないとな」


 アンナの元へいき、指で彼女の頬の泥を拭う。


「鎖は……鍵じゃないと無理か。ベル、そこで転がってる外道は持ってないか?」


 ベルから投げ渡された、リングにぶら下がっていた大量の鍵。

 その一つ一つを試すために、順番に鍵穴へ差し込んでいく。


「…………どう、して、助けてくれたの……?」

「仲間だろ。当たり前だ」


「だって、相手は、カンストランカーで……。普通なら、挑もうとすら、思わないのに」

「それはこの世界の人たちの常識だろ。おれは二百年前からきたからな。相手のレベルが自分よりも上だろうが関係ない。諦める理由にはならないんだよ」


 がちゃり、と。


「おっ」


 手枷がはずれた。


「怪我……」


 アンナが手を伸ばし、指がカムクの肩を這った。

 弾いたように見えた銃弾が、いくつか、カムクの肉を抉っていたようだ。


 服に滲んだ血が、アンナの目を引いたらしい。

 今になって……いや、今だからこそ、気付いてしまうと、痛みを思い出した。


「っ……」

「もう……っ、無茶、しないで……ッ」


「…………無茶しなくちゃ助けられなかったんだから、仕方ないだろ」

「だったら私のことなんか見捨てていい。だって、カムクには――」


 その先を言う前に、アンナが口を閉じた。


「本気で言ってるならそれでもいいけど……今のお前じゃ、無理」

「え……?」


「構ってほしいって顔に書いてあるぞ」

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